26.鶴橋サラダボウル ~薄いレモンサワーとFANTASTIC BABY~


 

 

その駅前商店街は元は闇市。
今はきらきら、でもちょっと暗さも残る観光地。

「よし、答えてあげよう」
 路上でいきなり声をかけられたにも関わらず斎藤さんが飄々とでも毅然と言った。
 悪質なキャッチ? いや、ここは繁華街でも夜の街でもない。
 わたしたちが歩いていたのは昼から夕方になるまだ明るい頃。
 そして、たぶん、このあたりは夜になってもそんな怪しいキャッチが居る街じゃない。
 明るいのになぜかどこか明るくなりきれなさも感じる街で声をかけてきたのは、ギラギラスーツの軟派なニイサンではなく清楚な雰囲気のお嬢さんだった。
 面倒くさがり屋のわたしは通りすぎようとしたのだが、
 我が「酒場と酒」の相方である斎藤さん(仮名)は突然立ち止まって言い放つ。

「え、やるの?!」
「ありがとうございます!」

 笑いながらわたしがツッコんだのと目の前の真面目そうなお嬢さんの御礼の言葉が同時。
 どうやらフィールドワーク中の学生らしい。
(大学名もちゃんとおっしゃったがここでは伏せる)
 道行くひとに声をかけ、アンケートに協力してもらいデータを集めているのだ。
 声をかけてきたときの約束は「1分で終わります」。
「えー」「ほんまに1分で終わるんかなあー」と我々。
 お嬢さんは懸命に「終わります」とおっしゃる。
「よし」
 斎藤さんはバインダーに挟まれたA4用紙の項目に向き合った。
 飄々とでもゆるゆると答えてゆく。
「え」「知らんのかい」
 ツッコミを入れながらわたしは見守る。
 また二人とも呑む前だった。呑んでいたら答えていなかったかもしれない。
 これも縁? せやな、すべての出来事は一期一会。

 質問は正直どうにもこうにもわかりやすいというか、出来上がったレポートと発表が見え見えだと思った。
「ここに来た理由・目的」「ここに昔から住む人たちのことを知っていますか」
 んー、誘導質問っぽい。
 斎藤さんはそれらのいわゆる「いかにも」な質問にも、全部素で「知らない」「興味がない」「わからない」と答えている。おい。

 

 

 

 

 

 

 近鉄&JR「鶴橋」駅前から続くディープな商店街。
 昔は闇市だったそこは今いわゆるニュートロ、つまり韓国ネオンの装飾なども増え、SNS映えを狙った店や通りも目立ち始めた。BTSをはじめとするK-POPをBGMに、韓国グルメやグッズを売る店も増え、若者たちも結構来ている。
 そんなTHE観光の街のようにもなっているけれど、でも「生活」感もありながら、どこか薄暗さも残る街。
 長い長い商店街の真ん中位、昼と夜のあいまの時間の不思議な1分。
 やはり1分では答えられなかった感もあるが、無事に1名様分のデータを提供したわたしたちは呑みに向かう。

 今日のさくっと呑みは勿論、韓国グルメだ。

 気分はなんだか、『梨泰院クラス』というより『東京サラダボウル』。

 二人してハマっていた1年前のドラマである。
 多種多様な言語や文化が共存する東京を舞台に、過去ある元刑事の通訳と現役破天荒人情刑事が、「こぼれかすヒーローズ」としてさまざまな事件に巻き込まれる。
 文化や価値観は違うけれど同じ「人間」、なのに、育ってきた環境や文化が故にすれ違ったり、わかり合えないようになってしまったりする現実、それぞれの人生と事件、悩みや葛藤、歪みと向き合いながら、二人は成長してゆく。
 登場する人物たちはさまざまな国の人たちの風土と文化から生まれた食を、共に食べることを通して次第に心を通わせていく。
 食べて、笑って、泣いて、悩んで、相手とも、過去の自分とも向き合いながら、「皆で皆と生きること」を考え、仕事と日々を過ごしてゆく。
 いいドラマだった。役者も役もよかった。
 いや、二人とも松田龍平と三上博史のファンってだけなんだけれど。

 この日わたしたちが鶴橋で呑もうと決めた理由は「なんとなく」だ。
 お昼までの用事をお互いに終えて会える、ちょうど中間のような時間と場所がここだっただけ。
 辛い物がわりあい好きなわたしとK-POPに「今更すぎますが」ハマっている斎藤さんが、思い立ってノリで。
 そんなときに声をかけられたのも、やはり「何か」なのか。
 なんとなくいいなと思った駅近くのポチャ風の一軒に入ると、店内のスクリーンにはやっぱりBTS。

 

 

 

 

 

 

 夜の仕事のオネエサンだとかが、けだるくもげらげら笑って呑んでいて、店員さんたちもいい意味で商売っ気がない。お世辞にも上品とかそんな雰囲気ではない。粗野で雑でごった煮。
 頼んだキンパは小指サイズ。でも食事じゃなくてアテとしてだからいい。チヂミも薄めに焼いたカリカリしたやつ。お腹にたまらなくていい。
 サービスで出されたキムチセットの中にあったのは、あれ、何だったんだろう。海藻? いまだにわからないが初めて口にしたものだった。
 斎藤さんは「ヒジキってなんかテンション上がらんくないです? 見た目がなんか地味というか、なんかアガらんくて。食べる気にならない」という、わかるようなわからないようなことを言いながら、つついていた。
 マッコリは好きでも嫌いでもないから韓国グルメなのに二人ともレモンサワー。爆音の『FANTASTIC BABY』の中で。古い。でも劇場や芝居小屋でいまだによぉ聴く。

 

 

 商店街はもっと奥へさらに奥まで続くらしい。
 暗さと賑やかさ、うるささと静寂とじっとりとした影のようなもの、すべてが同居するようなそこは、どこまでも明日へも明後日へも続きそうな不思議な雰囲気。歩くと一駅分ほどあるらしい。この日は断念したがまた歩いてみよう歩きたい。
 時代は変わってゆく。あたらしい時代になってゆくし、いろいろな形は時代によって時代と共に変わってもゆく。
 でもそれでも街は続いてゆく。誰かの生活の場所で皆が生きていく街、そこが、利用されたり搾取されたりではなく、いや、それはあるのかもしれないし「0」というのは不可能なのかもしれないが、誰も取りこぼさず、形を変えながらも、しんどくない街としてあり続けますように。すべての人びとが生きていけますように。
 暗さと爆音の中のレモンサワーは甘すぎず人工的な香りもそんなにせず、でも「ちゃんと果汁ですよ」感は一切なく、それでいい。

 今日は酔う前にさくっと解散。お会計をしたら、お店のニイサン、どちらがお釣りを受け取るかとわいわいしている私たち二人の掌に50円玉を一個ずつぽろんと渡してくれた。
「やさしー!!」
 思わず同時に声を上げるとはにかんだように笑う。我々も笑う。
 薄暗くもまだ暗くならない。爆音はまだ鳴りやまない。まだ笑っている。


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