1、いつも二人で半分こ~女ふたりのはしご酒


 

 

 いつも1本と一品ずつを半分こ。何軒梯子かはその日の気分。
 女2人、心はだかの立ち飲みの旅が気づけば半年続いてる。
 月1回、もしくは2回、日だけを決めたら後は風の吹くまま気の向くままに立ち呑み、つまり下町の大衆酒場をはしご酒。
 いつからなぜこんな旅が始まったのかと問われると実はぜんぜんハッキリしないが、知り合って半年ちょっとしか経たないのになぜか〝ぴったんこ〟にノリが合い、どちらが決めた訳でもなく自然と「マイルール」も出来ている。

 1、とりあえず瓶1本と一品ずつ…を半分こ
 2、なんか歓迎されてへんな~と思ったら瓶1本で出る
 3、どこに行くかはその日の気分と勘とノリ……ほんと、ノリ!!!

「ねえちゃんらいつから呑んでるんや」
「昼ー」
「何軒目?」
「忘れたー」
 時におっちゃんたちに絡まれ……もとい、仲間にしてもらったり。
「楽しかったー。てゆーか私ら最後の店でお金払いましたっけ?」
「私も覚えてないー」

 翌朝ラインで反省会。
「昨日の店におったおっちゃん、めっちゃええ感じでしたよね」
「顔の皺めっちゃ深いのにニコニコしてて人生滲んでた!」
「また会いたいなー!」
 大好きな〝おっちゃんウォッチング〟(&考察)も欠かさない。

「ここは私が払う」
「いや私先に払います」酔っぱらって勘定を押し付け合い、
「あんたらそんな押し付け合うならその千円私が預かるわ!」
と、出会って2回目の常連ねえさんに強制的に千円預かられ……。
 その後再会してホントに返してもらったこともあった。2人とも全く覚えてなかったけども!

 

 

 最近は梯子するためちょっとしたテクニックも身につけた。
 ビールを呑みたい、梯子したいがため、はしごの合間に喫茶店に行く。
「やっぱお茶挟むとラクですよねー」
 なんでこんなことしてるんか? なんでここまでせなあかんのか?
 わからない。なにしてるねん。わからへん!

 2人とも他にも呑み友達は居る訳で、しかも物理的距離は近くない。実は年齢も10ほど違う。
 私は大阪。彼女は某地方で実家が大阪。私アラフォー、彼女アラフィフ。なので彼女が帰省した際の1~2日で会う訳なのだが、気づけば半年。
「今月いつ空いてます?」
「ほなその日に!」
「うわーごめんなさいー、今月無理やー」
「えー、呑みたいー」
「私もー!」
 毎月恒例の旅? 巡礼? お遍路? そんなええもんでは絶対にない。
 でもこれが楽しい。いや楽しいとかではもうなくて。恒例行事?
 そんなたいそうなもんでもない。けど、いつもいつも〝なんかある〟のが面白い、もとい、「おもろく」て。遠く離れているにも関わらずまた今月も旅に出る。
 

 

 

 主に行くのは大阪の、中でもちょっとディープな「西成」という街だ。
 歩いてすぐには観光名所「新世界」。
 大阪のエッフェル塔(ほんまかいな)、「通天閣」のまわりはなんだかすっかり観光地と化した。作られた大阪像丸出しにコテコテきらめく街。
 串カツ、タコ焼き、お好み焼き、吉本グッズ……更に最近はマクドにくら寿司まで出来た。くら寿司では、大阪道頓堀〝ひっかけ橋〟のグリコ! づぼらや! かに道楽! の大看板をあきらかに意識したデッカい皿寿司のオブジェが店頭で回る。

 もはやなんの街だかわからない。地方や海外からの観光客、特にアジア系の集団が急激に増え、「串カツ安いですよ~」のチャラい客引きが飛び回る。美味しくもない串カツ店にはガードマンが出動するほど行列だ。
 しかし信号一つわたった西成はおっちゃんの街……。
 実はあまり興味だけでは足を踏み入れてはいけない街かもしれない。

 すぐ近所には「男の極楽・女の地獄」今も残る飛田新地や、職にあぶれたおっちゃんたちが全国から来る西成のあいりん労働福祉センター(現在は求職部分のみ移転)と、ドヤ、つまり簡易宿泊所。
 道端ではおっちゃんたちが寝てるし、怪しい露店や怪しい売人(以下略)、某反社会的組織の事務所も数軒ある。
 串カツとタコ焼きのソースの匂いではなく据えた臭い、おっちゃんの立ち小便の臭いやごみの臭い。反対側がどれだけ明るく今風になろうと、なぜだか絶対変わらないし変えられない。
 なんとかイメージアップ? させようと、外国人観光客用にドヤを安心安全なホテルとして利用してもらう流れもある。中国系韓国系カラオケ居酒屋も増えてきた。けれど相変わらず薄暗く貧しく、反対側とは光と影。興味本位では近寄れない街であることは間違いない。

 ここには共通の趣味である旅芝居(大衆演劇)の劇場が数軒あることから足繁く通うようになったのだが、酒場巡りなんてしたことはなかった。互いに行きつけの店が一軒ずつあったけど。
 しかしこの旅を始めるようになったら、この街がなんだか〝ホーム〟になった。
 時に寝ているおっちゃんのギロリとした視線も感じるし、歩いているだけで、
「ここはねーちゃんらの来るとこやない」
と罵声を浴びせられることもある。
 近年は流行りのユーチューバーやインスタグラマーが「ネタづくり」のために「#西成呑み」なんてやるのが流行りらしい。うーん、ちょっと感心しない……。
 いや、私たちも似たようなものか?

「よそ者」という意味では本質的に一緒だろう。反省と自覚は持っておきたいし持っている。実際に「いかにも」なインスタグラマーと遭遇し「他人の振りみて我が振り直せ」を感じさせられたりもした。

 

 

 けれどなぜこの街に行くかというと、――朝から呑める! ――のと、チェーン店ではない「私の人生」みたいな小さな店とお客さんが愛しくおもろく、なんだか無性に肌に合うから。
 人情なんて言葉は軽くてあかんが、私たちの大好物のおもろいおっちゃんたちが居る! ウォッチングしながらリスペクト! みんなの人生に興味とリスペクト!
 出会って半年たらずだが、この精神は2人とも根っこにあって、だから互いに信じ合えるような気がしてならない。

 ホントは入りづらかったり、ドキドキも(酒が入る前は)しているのだけど、魔法の言葉は「エイヤーッ!!」だ。からだが動く。頭じゃない。
 体と心が一致したとき、自覚はなしに「エイヤーッ!!」となる。酔っているから? タメ口だから? 2人だから?
 お店もお客のおっちゃんたちも構ってくれて、話してくれると、また行きたくなる。
 大衆酒場が多いほかの下町にも行くけれど、なぜか西成、やっぱり西成。
 この〝ホーム〟がなんかおもろいし肌に合う! 

 

 

 例えばある日はこんな感じ。
「モーニング2つ!」
「はいよ。ビールかチューハイどっちがええの?」
「ビール!!」
 新世界ジャンジャン横丁のモーニングにはビールがある。
 コーヒーとトーストとゆで卵じゃない。ビールまたはチューハイに、塩昆布とゆで卵。
 この店だけだと思うけど、なかなか体験できるものではない。知っててもなかなか入る勇気出ない、が、2人ならオッケー。
 午前11時15分に駆け込んで乾杯! モーニングビール。塩昆布はゆで卵と合わせて食べるのが正しいらしい。
 

 

「でもこれ全然インスタ映えせぇへんなあ」
「せんけどええ感じの半熟さですね」
「家呑みでもやってみよう」
 そして、サクッと〝キメ〟たら店を出ちゃう。

 

 

 西成名物・ぎらぎらネオンのパチンコ屋みたいなスーパーで缶ビールを買い、大好きな旅芝居・大衆演劇の劇場の最前列で「かんぱいー」「わーい」
 時間は正午。舞台にはコテコテに白塗りしたみたいな座長が登場し、映画「トラック野郎」の主題歌『一番星ブルース』でキメキメで踊る。
 

 

 ヤンキー丸出しの視線とキメ方に笑いを噛み殺し、互いをツッツキ合いながらぐびりぐびり。
 朝から2軒目(?)なのでご機嫌モードで「近いー」「かっこいー」に、ヤンキーおじさんはニヤリのサービス。
 騒ぐだけ騒いで写真を撮ったら、
「よし。呑みにいこ」
 メインのお芝居は観ずに外出。結局この日は4軒行った。
 お互い夕方で帰らなあかんかったから4軒だけ。もっと行きたかったなーと翌日ラインで反省会をした。

 知らんおっちゃんと意気投合することもしばしばだ。
 実は気になって仕方がない店があった。そこは西成のど真ん中。戦前から売れない芸人や漫才師が住んでいた「てんのじ村」と呼ばれるあたり。
 上方芸能界の雄、下町人情派の作家・難波利三先生の同名著書でもお馴染みの場所……なんて飲み歩きの時は思いも考えもせず歩いてる訳だが。

 

 

 そこにあきらかに綺麗ではない、大きくもないオレンジのビニール屋根に、入口はビニールシートの店。
 やばいなー。でも興味はある。どんな人が、おっちゃんたちがいるんだろう。どんな話をしてるんだろう。けれどやっぱり勇気は出ない。
 2軒はしごをして店の前、やっぱりあかん。また1軒行ってからの、
「じゃんけんしましょう」

 なんでそこまでして。今となれば自分でもツッコむが、あの時はなぜか真剣だった。負けた私が恐るおそるシートをめくると、
「あ、お姐さんたち、お昼間会いましたよね!」
 なんと1軒目で会った若いカップルが居た! どうやら彼もインスタグラマーで「#西成呑み」のため来たらしい。が、若いにいちゃんには興味ない。

 

 

 膝突き合わすような店の絶対に清潔ではない瓶ビールと不揃いのコップで乾杯し呑むうちに、私たちの眼にとまったのは狭いカウンターでわいわい言う2人のおっちゃん。
「安室奈美恵ええ女よなー、抱きたいわー」
 思わず吹き出してしまったのがきっかけで声をかけられた。
「ねーちゃんらよぉこの店入れたなー」
 面白がられて他の西成の飲み屋を教えてくれた。
「ほな今からいこやー」
 そうして行った店(5軒目?)で私たちは互いに酔っ払い超〝本性〟を出し、周りのおっちゃんとねえさん方を巻き込み、心配させるもご機嫌で、最後は駅で2人はぐれた……。
 まさかの友情崩壊?! しかし翌朝のラインでお互いすっかり誤解であるとわかり、また2日後「おかわりの旅」をすることに……この話はまたのお楽しみに。

 ひとりじゃ行けない。なんでだろう。ひとりだといい店を見つけても「ちょっと呑みたい」と思ってもなんだか足が向かない。
 下町や大衆酒場は常連のおっちゃんらの「家」。
 いわば小さなコミュニティが出来上がっている気がする。家族のような身内のような。そこに〝ヨソモノ〟が入り込むのは勇気が要る。興味はあっても、
「いいんかなあ?」
「誰やお前」「何の用や」
な視線を入る前や入ってから感じたりすることも少なくはない。入るも放っておかれたりあきらかに歓迎されない時だってないことだってある。
 けれど2人なら。2人だから! ビニールシートだって開けられる!

 シートの向こう側には出会いがある。名前も知らんおっちゃんたちの本音。
 若僧……とは言えない私たちが経験したことのない、たくさんの人生と味のある顔。
 普段の人間関係ではできない話、耳にできないような濃い話と、素敵なくらいほんましょーーーもない話。

 後から振り返るとあきらかに失礼や生意気も言っているが、人生の先輩方はあたたかく、そして、やさしい。だからついつい飲みすぎる。
 馬鹿笑いしたりほろりとしたり。そうして今まで会えんかった自分に会える。いや、自分でも気づいていない〝ほんまの自分〟か?!
 普段の生活では出せへんような〝はだか〟の自分。
 世間体とか嫌われたらあかんとか、アホやと思われんようにせなあかんなんて〝イキってる〟自分やなくて、脱いで、脱いで、脱がされて。
 ほんまはきっと酒なしにそないなれたらいちばんいい。
 でも中途半端に若くはない私たち、そのくせ人生の先輩たちみたいにはなれていない私たちにはまだまだで。
 だからちょっと(?)のお酒とともに〝はだかんぼ〟で夢うつつの旅をする

「一緒におるとイキらんでええからラクです」
「それ、本命じゃなくて〝2番目の女〟都合のええ女ちゃうん?!(爆笑)」
「いや、本命です!」
「わしも本命」
「アベックですね」

 

 

 時代は令和になったけど、なぜかこの昭和感ぷんぷんの〝アベック〟という言葉も合言葉にして女ふたり、ノリと勘と「半分こ」。
「自分ら仲ええなあ。好きな男は? タイプはどんなんや?」
「2人とも竹内力!」
「あのな! そういうのいらんから!(笑)」。

 今何軒目か、さっきの店ではどちらが払ったか(でもなんやかんやで、会計も結構ちゃんと半分こ)忘れるくらいになっても「財布携帯カギだいじ」を1日最後の合言葉にして、
「来月はどこ行きますかね?」
「楽しみやー!」

 アホな話8割、真面目な話2割。
 旅は今月も続くのだ。
 
 
 
★文中のspot紹介!★

◆お茶挟む……を覚えた京橋の純喫茶「スワン」

JR大阪環状線「京橋」駅徒歩2分にある。
酒場たちの中にぽこんとある時間が止まったような純喫茶。
「はしご酒」の合間に挟んで来るなんて人おらんやろうなあ。
しかしモーニングの値段! すごい! 算数の勉強みたい。

◆モーニングビールが飲める店「福政」

新世界「ジャンジャン横丁」の中にある店。
ちなみにジャンジャンは三味線の音かららしい。ジャンジャン呑めという意味ではないみたい。瓶ビールがないので生ビールを一杯ずつ。
塩昆布は大阪人の隠れたソウルフード。半熟卵はまだ家で試してないけれど。
あ、なぜかテキーラの貼り紙もあった。新世界おかしい(褒め言葉)。

◆ほろ酔いで向かった「オーエス劇場」

西成にある劇場。
関西には大衆演劇場が多く、また近年増えている。
新世界から西成にかけては「大衆演劇の下北沢」と呼ばれる(嘘)ほど。
その中でも結構ディープな場所にあるディープな劇場。元は浪曲小屋からストリップ劇場を経て今に至るのだそう。
場所柄敬遠する大衆演劇ファンも少なくないが、この劇場は花道がとても長く、花道を歩きライトに照らされる役者はグッとくる美しさ。
缶ビール片手に笑い泣きと、ドキドキ色っぽさの舞台。最高。

◆オレンジのビニール屋根に、ビニールシートの店「かんむりや」

てんのじ村にあるディープ居酒屋。西成呑みにハマる若者やネット民にも人気らしい。
とにかく何からツッコんでいいかわからない店だが、マスターはめっちゃええおっちゃん。瓶ビールの蓋をポーンッとあける技は名人芸。
入るのにホント勇気がいった! 出されたグラス、2つバラバラだけど素敵すぎる隠れ家店。
 


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