3、〝お家〟に帰ろう ~ホーム・スイート・ホーム~


 立ち呑み・大衆酒場って〝お家〟やなぁ。
 月一度の梯子旅をする内に思うようになった。
 おっちゃんたちの「もうひとつのお家」?
 「お家に続くお家」かなあ。
という訳で、3回目となる今回は〝お家〟な話をあれこれとしたい。

◆ただいま、じゅんちゃん!

看板に偽りなし

看板に偽りなし

「じゅんちゃん元気ぃ~?」
「今日はどこ行ってたんや」
「新世界で芝居観て。あ、昨日も新世界行った~」
「新世界好っきゃな(笑)」

 漫才師並みのツッコミを返してくれる「じゅんちゃん」は大国町は木津市場の向かいにある「みつわや酒店」のオーナー。
 日曜日以外の夜中3時からお昼12時までと夕方5時から夜の8時半まで開店している。
「じゅんちゃん、『いつ寝てるねん!』って営業時間ですよね(笑)」
と笑う、斎藤さんの若き日からの行きつけのお店である。

 斎藤さんは今、とある地方に住んでいるのだが、実は若き日に大国町で働き、住んでいた。
 仕事終わりは勿論、ライブハウスや梅田のクラブで遊んだ帰りに足繁く通っていたのがこの「みつわや」だ。
 私も「心はだかんぼ立ち呑みツアー」のかなり初期に連れていってもらったのだが、今思い出しても笑ってしまう。

「じゅんちゃん今日なにが美味しい~?」「なんでもおいしい」
「じゅんちゃん何でも作れるもんな」「ああ。一応、酒屋やからな」
「やっぱり粕汁やなあ」「そこに並んでるからとったらええやん」
「あ、Instagram投稿していい? 宣伝」「勝手にして」「はーい」

きちんと丁寧な粕汁たち

きちんと丁寧な粕汁たち

しっかり揚げてくれる紅生姜天

しっかり揚げてくれる紅生姜天

 引っ越して遠くなってからも何度も顔を出しているそうだが、息がぴったりなのである。
 みつわやはカウンターだけのちいさなお店。最初は私たちふたりだけだった夜の部にもちらりほらりお客さんが入るまで居たのだが、じゅんちゃんは何の愛想もせず、けれど仕込みながら的確なツッコミを連発し、私たちが帰ると言った時もスペシャルな言葉はかけなかった。
 斎藤さんにはもちろん、私にもええ意味でフツーにスペシャルでなく接していた。
 でもね、粕汁も紅しょうがの天ぷら(共に大阪名物!)もきちんとしっかりええ味やった。
 思い出すたびにニタリとする。

 いつもそこにある〝お家〟。素の自分……「はだかんぼ」に戻れるお家。だからみんな、ふらっと寄りたくなるんかなあ。気づけば足を運ぶのかなあ。
 でもいつもあるお家がひょんなことからなくなっちゃう?!
 そんな体験も何度かしてきた。

◆嗚呼、難波屋

 西成は「難波屋」。
 グルメ雑誌の立ち呑み特集などでも取り上げられる有名店、西成のまんなかで立ち呑みと音楽ライブが楽しめる店である。
 西成警察の近くにあり、朝から夜遅くまで営業をしていた。
 ライブスペースは店の奥にあり、様々なミュージシャンがステージに立ったらしい。
 ジャズライブは特に名物で、「西成ジャズ」なんて言葉も生まれたそうだ。
 朝から呑みたいおっちゃんたち、音楽好きな若者たち、下町好き酒場好きの老若男女、様々なお客さんが集まるこの西成の名物酒場には、斎藤さんとのこの「月一回心はだかんぼツアー」の初期に訪れた。

この暖簾!

この暖簾!

味がしみしみの肉豆腐

味がしみしみの肉豆腐

 ふたり、なんだかんだで道に迷いながら辿り着き、暖簾の前に立った瞬間ゾクゾク!
 暖簾! この暖簾! すべてを包み込んでくれるような、年季と人々の情がこもったような!
 初めての私も久々の斎藤さんも「エイヤッ」と気合いをこめずともスッと暖簾をくぐれた。チーズフライがうれしかったなあ。
「ごめん、大葉今切れてて。なくてもいいなら作れるよ?」
 見慣れぬ女ふたりに気遣ってくれて、揚げてくれた。忘れられない。
 再訪した時も私たちにしては珍しくいっぱい食べた。名物の肉豆腐に麻婆豆腐、ハムエッグ。
 飾らないのに、お店のこだわりが感じられるような、あったかい味。
 隣り合うおっちゃんたちも妙に絡むことなく、でも、にこにこ優しく接してくれて、「また通いたい」「毎月ここは絶対」と思っていたのに……。
 しかしこの7月でいったん閉店となったらしい。ライブは「ライブ店舗」として別場所で営業を続けるのだが、改装のため一旦閉店。私たちは4月に「仮店舗」として元の店舗のひとつ隣で営業をしていた店に訪れたのが最後だ。

 あの暖簾はなかった。
 戸惑う私たちの気配が伝わってしまったのだろうか、仮店舗難波屋は私たちに優しくなかった。
 唐揚げとビールを頼むととても無愛想に「銘柄は?!」ん? 「だから銘柄は?」意味が分からず「鶏?」と返すと怒られた。「ビールの!」あ、アサヒです。
 そそくさと出た。あれ以来行っていない。そして、一旦閉店を風の噂で知った。今思うとお店側もきっと色々あったのだろう、あるのだろう。
 うん、お客の私たちにはわからないいろんな事情が。もっと早くに知っていれば訪れていれば……。
 私たちはあの店の常連さんにはなれなかった。ちょっと寂しい思い出だ。

◆おかあちゃん! 元気ですか?

劇場の近くにひっそりと。昔は繁盛してたんやろなあ

劇場の近くにひっそりと。昔は繁盛してたんやろなあ

 さらにもう一軒。お次は寂しいではなくちょっと心配な思い出だ。
 西成の芝居小屋・オーエス劇場近くにある「山本酒店」。正確には「山本酒店 直売所」と書いていた。
 一度だけ「エイヤーッ!!」と飛び込んだ。
 年輩のおかあちゃんがひとりでやっていた。

 カウンター奥はまるでおばあちゃんか、おかあちゃんのお家みたいな様子。年季の入ったお皿たちと、ちいさな遺影。おそらくご主人のものなのだろうか。
 昼前から元気すぎる私たちをおかあちゃんはびっくりしながらも、とても自然に迎えてくれた。嬉しくなって頼んだアテは味噌汁。ビールと味噌汁。卵入り。
 ビールモーニングした日(第1回連載参照)だからもうシメ気分だった? いや、おかあちゃんの顔を見たらなんだか頼みたくなったのだ。
 注文をしたら、冷蔵庫からハナマルキだったかマルコメだったかお味噌のパックを出して溶きだした。
 思わずふたりで顔を見合わせた。「そっから?!」

 特にたいした話はした記憶がない。
「このあたり(飛田本通りに続く道)で一番古い店なんよ」ってこととか。
「昔は夜の飛田に行くお客さんがよぉ来てた」とか。
「もう歳やからね、今は店あけてるけど昼寝するからちょっと閉めるねん」とか。

おかあちゃんの味でした

おかあちゃんの味でした

 味噌汁? ハナマルキだったかマルコメだったかのあの味。にほんの、おうちの味。話に夢中になっていたあまりか? おかあちゃんは肝心の卵を入れ忘れた。
 しかし、あれから何か月。私たちはこの店が開いているのを見たことがない。

「おかあちゃん、昼寝してるんかなあ」
「あれ? 今日も昼寝? 定休日?」
「うーん、でもちゃんとゴミは出してるから休みではないような」
 月1回のツアーの度、何度か通ったのだが……。たまたま私たちが通る日だけの話だろうけど。うん、Instagramに載せている人も居たし。
 でも気になって仕方がない。

 ……ってなことを考えると、肉豆腐の出汁の旨みや、味噌汁の味と共に沁みてくるのはやはり「一期一会」の4文字で。いつもそこにある当たり前のことは、当たり前ではないのかもしれないのだ。
 だからね、行こう。行っておこう。行ける時に、会える時に。
 行きたいな、会いたいなと思った時に、〝お家〟に。

 初めてなら、行ってみたいな、入ってみたい気持ちと共に「エイヤーッ!!」っと。
 お馴染みさんや、お馴染みさんになりかけているなら、なおのことひょいっと。いつものお家、もうひとつのお家、隠れ家なお家に。
「ちょっと行きづらいな」とか「会わす顔がないわぁ」とかそんなちっさい気持ちは捨てて。
 捨てられないなら、一杯ひっかけてから会いに行こう。お家に帰ろう。いつもの自分と違う自分になれる場所? いや、ほんまの自分になれる場所?
 立ち呑み・大衆酒場って、ただ呑む楽しみもあるけれど、きっとそんな〝お家〟なんだ。

◆お恥ずかしいけれど、初恋の人?!

 酒場話じゃないけれど、書くのも照れて恥ずかしいけど、「はだかんぼツアー」であった私の恥ずかしいお話もしておこう。
「ひさしぶり!」
「おおおお! どうした!(笑)」
 とある梯子酒の途中、私は「エイヤ!!」っとある人に会いに行ったことがある。

「帰ってきてるんですよねえ……クラブに。でも行きませんよ」
「えー! 行くべきですよ! エイヤーッ! しましょうよ?!」
 朝から何軒梯子したかな。そして劇場。そう、劇場へ。
 最初は斎藤さんと彼女のお気に入りの劇団を観に行っていた。しかし心がざわついた。気づけばビャーッと、途中で抜けて走っていた。
 西成の劇場から横断歩道を渡り、動物園前「新世界」へ。ここにも劇場がある。走った先は通天閣の真下にある「釜ヶ崎の新歌舞伎座」こと「浪速クラブ」。

写真は以前に撮ったもの。この日はそれどころじゃなかった(笑)

写真は以前に撮ったもの。この日はそれどころじゃなかった(笑)

 旅役者や旅芝居の劇団というのは1か月ごとに全国の小屋と温泉センターを回る。旅芝居を観始めた学生あがりの頃、お熱だった最初の役者さんがその月ここに帰ってきていた。
 家族が中心となる旅芝居の劇団構成にあってフリーとして旅回りをする一匹狼。旅芝居を観始めて〝お熱〟だった頃、よくこの劇場に出演していた。通ったなあ。ハマってたなあ。

 お昼の舞台の終演後、お見送りの際にぽつんと立ってたマイ・スーパースター。酒の力もあってつい言ってもた。ほんま、無駄にべらべらよぉ喋った。
「いろいろ見てきたで! 見んでええもんも。旅芝居って夢でもキラキラでもないよな。現実! 生活! よな!」
「わはははは! だから俺はお前にあんまり近づいたらあかんぞ! って言うたやろ(笑)」
「近づきすぎたわー。けど、スターはやっぱりきれいやな。かっこええわ」
「馬鹿なことを言うな。相変わらず口が悪い(笑)」
 でもな、だから旅芝居が、しんどいけど、笑い泣きで、好きやねん。旅芝居だけちゃう、酒場とか、人間とか、舞台とかが……。あかん、ちょっと酔うてたなあ。

 斎藤さんはいつもの「酒の穴」で待っていてくれた。
 彼女は今の〝推し〟である、20代のぴちぴちイケメン若座長を観てご機嫌だった。私は柄にもなくボーッとしてた。
 公私共に旅芝居に関わるようになって16年ほど。ただ舞台というものが好きだった、頭でっかちで甘ちゃんな私は、劇場や舞台に育ててもろてきた。そうして今があるんやなあ。

コテコテな思い出の味

コテコテな思い出の味

 たぶん「はだかんぼ」になってへんかったら行ってなかった、会えてなかった。旅のおかげ、相方・斎藤さんのおかげ。
「がんばれよ」
「うん」
だなんて握手もしてもて、今思い出しても格好悪いが、あの日の「酒の穴」のビールは特に沁みた気がした。
アテは何食べたんやっけ。あ、お好み焼きや。コテコテや!

 会いに行こう、何度でも。会いたい時に。会える時に。ふらっと。「エイヤーッ」と。
 お家――酒場で会えるのはいろんな人々、そしてもしかしたら自分自身なのかもしれないと思ったりする。忘れていたはずの自分、いや、なんやかんやで、トホホなまでに「自分な自分」。
 旅、人生、若くないけど、まだまだまだまだ途中。道に迷っているばかり。

 
 実は先日、私たちはまたあの「フレッシュマート」を再訪した。

紅生姜めっちゃ多い焼きそば。ミッキーありがとう

紅生姜めっちゃ多い焼きそば。ミッキーありがとう

 ビニールシートを開けると、あの優しい妙齢おねえさんが「あ、今日はまだ来てないよぉ!」
 2か月ぶりにも関わらず!
 ご機嫌で瓶ビールをいただいていると……「あ!」「お? おお? おお! お嬢たち……」
 素面で入店したミッキーは静かな人だった。が、すぐに陽気なおっちゃんとなって下ネタ全開。
 数日後どこぞのスナックのおねえちゃんとデートするから、ガンバらなあかん話を繰り返していた。
 でもね、無法松さんは居なかった。
「二日酔いでな。まだ寝てるねん。困った奴やであのナイスガイ」
 ミッキーは何度も電話してくれたけれど結局会うことは叶わずだった。でもまた会いに行こう。
 ありがとうミッキー、ありがとうフレッシュマート、ありがとうみんな。ホーム・スイート・ホーム。

 次回の旅ではまたおかあちゃんの店を覗いてみよう。今度こそ卵入れてもらおう。
 そして難波屋のあの暖簾! どうかまた見れますように。
 


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