8、コロナと酒場とおでん鍋 ~「新世界」への祈りはヒョウ柄で~


 

 

 

 

 9月中旬、ある日の夕方。
 大阪・梅田、さまざまな飲食店がひしめく梅田の地下街のトイレ前にて。
「momoしゃんひさしぶり! わー! 似合ってる!」
「電車ん中でめちゃ見られました!(笑)」
「わても持ってきたので今から着替えてきますね。ちょっと待ってて~」
(※しばらくの後※)
「うわー!」
「ヤバいー! アホやー!(笑)」
「よっしゃ、行こー!(笑)」

 きっかけは偶然目にしたネットニュースだった。
「ヒョウ柄の服を着て来店した女性のお客様に1年間ワンドリンク無料券を提供!」
 大阪のお好み焼きチェーンの「ゆかり」が9月限定で開催したキャンペーンである。
 いわく「ヒョウ柄を着た大阪のおばちゃんは、大阪の景観(けしき)である」とのこと。
 ドリンク券だけではなく、ヒョウ柄アイテム二つ以上で食事代が10%オフ、全身ヒョウ柄だと30%オフらしい。
 これもコロナの影響でちょっとしんどい飲食店や大阪を盛り上げようという企画なんやろか?

キャンペーンモデルさん、キマってます

キャンペーンモデルさん、キマってます

 別にドリンク無料も割引もどっちゃでもええねんけど、面白かったのでちょうど帰阪の車内である斎藤さんに連絡をしてみた。
 即返事が来た。「今日ヒョウ柄で大阪に向かっています!」
 え?! 「全身ならオカンのヒョウ柄コレクション借りてきますよー!」
 ほんまにやるつもり?! いや、ネタ振ったの私やけど!
 待ち合わせは夜。面白くなって近所の商店街に自転車を走らせた。
 私はヒョウ柄を持っていない。でもこれ、買わなあかんやつやん。おもろいやん。
 無事GETして夜待ち合わせ場所に向かってのやりとりが冒頭のもの。
 こうして、3か月ぶりの〝はだかんぼツアー〟こと女ふたりの立ち呑みの旅は二人揃ってヒョウ柄ファッションでお好み焼きを食べることから始まった。

 皆さん元気ですか。元気であってほしいです。
 いつまで経ってもアフターコロナにはならず、まだ色々ちょっと考えてしまうウィズコロナの御時世。
 県を越えての移動はやはりちょっと悩むことが多いし、呑み歩きや大勢の呑み会もちょっと考えてしまう。
 相方・斎藤さんも同様のようで、私たちのぶらりはしご酒の旅はしばしお預けとなっていた。6月に〝遠足〟と称してあまり密でない地方の食堂で肉天と串カツで呑んで以来である。
 会えなくなると寂しくなんだかテンションが上がらないもので、しばらくは密に連絡もとり合う回数が減った。
 嘘。お互い何かと忙しくてお互いを放置していた。
 7月中旬、私的にめちゃくちゃ落ち込んだ出来事があり、ひさしぶりに電話してみたら電話は繋がらず、でも、すぐにLineが来た。
「すみません! 今めっちゃハイボール呑んでて!」
 なんやねんそれ! でも私もこの日はしたたか呑んだ。
 こういうとこ、なぜか、やっぱ、〝ぴったんこ〟! うん、二人共、変わらず元気。

 ヒョウ柄前夜祭を経て、久しぶりの〝はだかんぼツアー〟で「元気」を確認しに行きたかったのは、私たちが〝home〟と思っている新世界~西成の酒場たちだ。コロナ自粛の際も、訪れていなかった間も、ずっと気になっていたのだ。
 大阪の観光地として人気の新世界、国内外からの観光客が激変した今は……?!
 数か月前に通った際、通天閣の下では、あんなに元気に客引き合戦をしていたチェーンの串カツ屋さんの客引き兄ちゃんたちが所在なさげに立っていたのを見た。お客さんが来ないから苦肉の策かそれともやけっぱちなのか。激安ハイボールの飲み放題プラン看板が掲げられていたり、元気なようでも、きっと大変なんやろなあ。
 店たちの前にある偽物のビリケンさん(※本家は通天閣の上)も皆マスク姿。
 見慣れたようで、やはり、慣れない。

 さらに、動物園前から道路ひとつ挟んだ西成は……?
 ただでさえ、生きるのにちょっと苦しいおっちゃんたちの街である。そんなおっちゃんたちの心の支えとなるちいさな居酒屋たちは……?
 動けない間もふとした時に両の地域でこれまで出会ったお店の人たちや常連さんらの顔が浮かんでいた。やっと会える。会いに行こう!

ガード下の名店

ガード下の名店

 まず向かったのは、JR新今宮駅ガード下にある「岩田屋酒店」だ。私たちがよく待ち合わせ場所に使う、「とりあえず喉を潤して」なお店だ。
 驚いた。ドア、全開に開放! 懐かしい立派な暖簾が風に揺れている。もうグッときた。
 この店のカウンターの向こうにはいつも数名のおばちゃんがPTAか婦人会かのように居て、せわしないくらいに今日のオススメを薦めまくってくれる。
 いつぞやはセンターに仁王立ちする女優・キムラ緑子似のおばちゃんオススメの粕汁を注文したら魚の目玉がごろりと入っていた。
 しかし、この日、おばちゃんはひとりしか居なかった。緑子さんではなかった。やはりコロナで人数を減らしてるんやろか?
 おばちゃんは慣れていないのか会計を間違ってそろばんを持ち出ししばらく悩んでいた。
 でも、店を出てから斎藤さんが一言。
「おばちゃんひとりやったけど、オススメのアテめっちゃ薦めてくれるん変わってなかった……」
 あ、魚の目玉もあった。今回は、遠慮したけど。

 続いては、通天閣の下、「酒の穴」。
 この連載にも何度も登場している私たちの正真正銘のhomeである。

すっかり〝穴〟の常連になりました

すっかり〝穴〟の常連になりました

 ガラス戸をあけるとカウンターの向こうから作業の手を止めていつものお兄ちゃんが迎えてくれた。
「いらっしゃい! はい! まずコレねー!」
 消毒液を私たちの手のひらに向けてシュシュッ!
 珍しく奥のテーブル席に通されたのでカウンターを見渡すと、「あ!」
 カウンターには〝ソーシャル・ディスタンス〟、しっかりと同じカウンターに座る人々を隔てる仕切りが立てられていた。
あ! ディスタンス!

あ! ディスタンス!

 座ると同時に飛んでくるお兄ちゃんのひと言「今日は何しよ?」が懐かしく嬉しい。勿論、ポテサラ、そして串カツ!
 紹介をし忘れていたが、この店のカボチャの串カツは煮物のカボチャをそのまま揚げる。なんとまあ珍しい出汁のきいた煮カボチャの串カツだ。この日も頼むと、んん? ごろりとデカい。
「これ、さっき冷蔵ケースに入れてたやつ、そのまま揚げましたよね」と斎藤さん。
 お兄ちゃんは忙しそうにしていたので私たちにかまってはくれなかったが、デカすぎるカボチャも、「ひさしぶり! 元気でよかった!」の気持ちやんね?! ね?!

 西成では2軒の酒場と1軒の〝癒しスポット〟を訪ねた。
 ここでも嬉しい人が出迎えてくれた。
 以前、私たちが行きつけにしていた「立ち呑みフレッシュ2号店」(別名「フレッシュマート」)で働いていた笑顔のかわいいおねえさん〝華ちゃん〟だ。

華ちゃんの〝華〟

華ちゃんの〝華〟

 フレッシュマートはコロナ前に工事による休業や改装などがあり、華ちゃんは半年ほど前から別店舗で名前と同じ「華」という店を持たせてもらっていた。
 っていうか、この店に来るおっちゃんらは、以前出会った常連さん〝ミッキー〟なども含めて全員華ちゃんの笑顔目当てなのだけど。
「華」があった場所に向かおうとする道中、近くに、同じ「華」の貼り紙がある店があった。思わず立ち止まる。と、ドアが開いた。
「あー! おねえさんたち!!」
 ドアをあけてくれたのは華ちゃん! 春からまた移転した新店舗らしい。しかしなんたる偶然!
「おねえさんたちの姿が見えた! 元気でよかった!」
 訊けばずっと休みはせず店はずっとあけていたのだと言う。そう、お惣菜を売るスーパーを兼ねてのこの酒場は西成のおっちゃんたちの台所。休めない。休まない。そんな店に咲く笑顔。
 残念ながらおっちゃんたちには会えなかったけれど、またの再会を祈りつつ。いつも注文する華ちゃん特製の「ハムエッグ」もこの日は特に笑ってた。
おしゃべりなハムエッグ

おしゃべりなハムエッグ

 酒場の梯子をするとちょっと休憩もしたくなる。
 昨年からお気に入りの店が出来た。

見て! この店構え!

見て! この店構え!

 西成、南海電車「萩之茶屋」駅のガード下にある「甘党 喫茶ハマヤ」。昭和26年創業以来ずっとこの地で労働者のおっちゃんたちの体と心を癒してきたお店だ。
 まるで当時にタイムスリップしたかのような店構え。近所の常連さんが生活の一部としてお赤飯や甘いものを買いに来ては世間話をしていく自然な空気感もほっとする。

 冬に訪れた際はお餅を食べた。
 二人して散々迷った挙句、決めたのはぜんざいとつけ焼きの醤油餅。どちらも美味かった。
 今回は冷やし白玉ぜんざいをいただいた。この店のぜんざいは冬場はお餅、夏場は白玉なのだそうだ。9月、ギリギリセーフで白玉にありつけた。

いとしの冷やし白玉ぜんざい

いとしの冷やし白玉ぜんざい

どれも食べたくていつも悩む

どれも食べたくていつも悩む

 甘すぎないぜんざい。素朴なのに上品な白玉。
 時が止まったかのような空間でいただくと、こんなご時世だということも日々のストレスもふわりふわりと忘れ、ええ気分になる。おかみさんの「席、広く使って下さいよ」と言ってくれるやさしさも染みた。
 コロナコロナでも、なにも変わっていなかった、空気も、時の流れ方も。こんな空気のこんなお店もあるねんなあ、二人してなんだかしみじみ。
 ちなみに、この「ハマヤ」、私たちの大好きな「じゃりン子チエ」にも登場する。チエちゃんのお父ちゃん「テツ」とお母はん「ヨシエはん」がデートをした店だ。
 そんなところも私たちのお気に入り。

 癒されたあとは、西成のど真ん中、三角公園すぐ傍にある「成り屋」にも行ってみた。
 いつぞや訪れた際、公園でギターを弾きながら長渕剛の「純恋歌」を歌うおっちゃんに合わせて、大勢のおっちゃんたちが合唱していた……のを横目で見ながら一杯やった店。

好きです好きです心から

好きです好きです心から

 ほんま、立地も、雰囲気も、お客さんの層も、嬉しいくらいにコテコテである。髪の毛をレインボーカラーに染めた「若井小づえ・みどり」のみどり師匠似のおばちゃんが迎えてくれた。
「はい、消毒! それと、うがい!」
 渡されたのは小さなプラスティックカップに入れられたイソジン。
これ、ちょうどイソジン騒動の頃……

これ、ちょうどイソジン騒動の頃……

「うがいした後のんはコップの中にでもそのへんの外にでも吐き出し~!」
 二人で顔を見合わせ笑ってもうた。「すごいな!」
 みどり師匠はすかさず「せやろ。今イソジンなかなかないでぇ。ウチは安全やでぇ。宣伝しててやぁ~」
 イソジンが効くか効かないかとか政治的なあれこれは置いておこう。

 隣り合ったおっちゃんは呑みながら「金があったら仕事するわぁ」と謎の発言をしていた。
 ふと見るとカウンターに盛られている茹で卵たちは金色。ゴールデンボール。これ、西成の元気玉?!

縁起物なのか? ネタなのか?

縁起物なのか? ネタなのか?

 みどり師匠は「縁起ええやろ~?」とやたら薦める(※下ネタ付きで)。つられて若いお客さんがお土産に5個購入してた。私たちは横目で見ながら塩気の多いきゅうりの一本漬けでちびちび。
 いい風が吹いていた。隣のおっちゃんがまたポツリと大声で「風が生きてるねや~!」
 今日は長渕やなく、ボブ・ディランやなあ。おっちゃんがまた言うた。
「ごめんなあ、汗かいてるから服臭いねん。風で乾いたら臭なるわ」
 笑いながら、ジィンとした。ああ、逞しいな、ええな、西成やな、人間やな。
 でもごめん、乾く前に店を出た。

 コロナは怖い。コロナは憎い。
 この頃はまだ甘く見ていたが、秋冬、感染者も増加してきて、「第三波」などと言われ出した!
 けど下町の店と皆は今、出来ること、自分や自分たちにやれることをやり、日々楽しんでいる。
 新世界名物「づぼらや」のフグは撤去されたけれど、通天閣は光ってる。

「ほな! さいなら」でも! またいつか!

「ほな! さいなら」でも! またいつか!

 コロナもインフルエンザも怖いけど、うん、上を向いて歩くしかない。
 大阪は元気、地方は元気、日本は元気……であれるよう、みんなで一歩一歩一日一日やっていこう、笑っていこう、気を付けながら。出会いとちょっとのお酒と共に。
 新世界。あたらしい世界。どうぞ皆がちょっとでも笑っていられますよう。願いをこめて。この日のツアーでは通天閣のてっぺんにも上ってみた。
ミラーボールが迎えてくれた

ミラーボールが迎えてくれた

 嘘。願いなんてカッコつけたがすべては後からのコジツケで、いつもの「ノリだけ」で行ってみた。
 地上94.5mの「特別屋外展望台」、その先端部分のシースルーフロア「天望パラダイス」。ギャー!! 「ほろ酔いで良かった、めっちゃ呑んでたら絶対危ない!(笑)」
どうです?!

どうです?!

ギャー!!

ギャー!!

(泣笑)

(泣笑)

「わて高いとこ苦手なんですー!」「わしも無理ですー!」 なんでやねん!

 ちなみに冒頭のヒョウ柄お好み焼きキャンペーン。
 夕方6時の店内、ヒョウは私たち二匹だけだった。
 合言葉の「私、ヒョウ柄が好きなおばちゃんです!」を多少照れながらもほんまに言うと、店員さんはテキパキと、
「あ、はい。上と下とでお二人2点ずつですね。はい、ではドリンク無料券と2割引きで……」
 ネームプレートに「主任」と書かれた店員さんが、ノリも笑いもせず、きっちり対応してくれた。なんでやねん!
 さらに! なんと! この時は想像もしなかったけど! この後、「都構想選挙」のポスターやチラシにリアルな豹や「ヒョウ柄」が使われることになった。賛成派と反対派で「大阪のおばちゃんをバカにしている!」「いや、リスペクトしている!」みたいなちょっとした騒動にまでなったりも……。
 びっくりするやら、なんやらもう。笑っていいのやら、いや、ちょっとちゃんと考えなあかんのか。いやいや、でも、ここは笑っておこう。

 これからの大阪は、どないなるんかな。日本は、世界は、どうなるんかなあ。
 偶然にもかぶってしまった「ヒョウ」のせいか、政治も経済も皆の元気も、とても気になってならない。とりあえず、ビビり、いや、いろいろ考え、私のお酒の量は実は結構減っている。斎藤さんも、そうらしい。
 ほんま? ほんま! そう考えると、不思議な偶然であるこの悪ノリからのヒョウ柄「かぶり」は何かのきっかけだったのかもしれない(笑)と、言いつつ、私と斎藤さんはこの翌月には「健康ランドで憧れの館内着を着て呑む」イベントを行ったし、西成の名物である闇鍋みたいなおでん屋にも行った。
 土日しかあいていない、地元のおばちゃんたちが地獄の窯のような大きな鍋で炊いているおでん屋は、なんだかちょっと素敵だった。

愛と平和の極楽おでん

愛と平和の極楽おでん

甘味とやさしさの味

甘味とやさしさの味

 コロナの影響で店内のちいさな飲食スペースは閉じられ、外に数人だけ立って食べられるカウンターのみになっていたが、皆、さっと食べ、さっと次へ譲る連帯感があった。地元のおっちゃんたち、おもろいもん探してうろつくYouTuberたち、職業も年齢も不明のおねえさんたち、腕や首の鮮やかなお絵描きが格好いい謎の兄ちゃんたちも、等しく、さっ&さっ。元々鍋やタッパーを持ってきて持ち帰りするお客さんも多いのだが、とあるおっちゃんが「6000円分鍋に入れて」と言うと店のおかあさんは「あかん。他の人の分なくなるっ!」とピシャリ。鍋の前では皆平等で、皆仲良し。そんなことにも、なんだか、ジーンとしたり……。

 思うねん。世界は、たぶん、おでん鍋。
 卵や厚揚げやこんにゃくやじゃがいも。ありとあらゆるいろんな種類の美味しいもんが同じ鍋の中で一緒に居てる。いろんな考えや生き方の人が大阪・日本・世界……同じ鍋の中に居る。一人として同じ人は居ないけれど、せやから、ややこしいけど、面白い。そして、どんな意見の人も、どんな考え、どんな人生を送ってきた人も皆、酒場という「劇場」では〝はだかんぼ〟!
 ちなみに、あれ以来、ヒョウ柄はちょっとクセになってきた。ヒョウやら虎やらのアニマル柄、なんで大阪のおばちゃんは好きなんやろか? これまで全くわからなかったが、着てみたことでちょっとわかった。なんか、テンション上がるねん。元気なるねん。
 がんばろう大阪、がんばろう世界!……新世界! でも、「がんばろう」ってなんかしんどい。だから、「ぼちぼち」。ぼちぼちでええやん、ぼちぼち行こう。おでんつまんで、距離は気にしながら、ちょっと呑んで。いろいろほんまに不安は多い。でも、日々、アホなことして、アホなこと言うて、元気にちょっとでも笑えますよう。
 さて次の旅は、二人でどんなアホなことをしようかなあ!(笑)


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