9、おでんで花見 ~春夏秋冬・関東煮~


 

 

 

 おでん、好きですか?
 あなたはいつも何食べますか?

 私「momo」と相方「斎藤さん」、女2人のぶらり気ままな散歩酒。
 外食や飲酒の強敵たるコロナは一向に収束の気配がないが、3月は久々に旅に出た。

 友には会いたし、酒は呑みたし。
 あたたかくなる前に食べたいものもある。
 おでん。そう、今回のテーマは「おでん」やで!!

 大阪はJR環状線「玉造」駅、改札を出て東側すぐの公園前に面白い店がある。
 旅芝居に出てくる股旅姿の旅人の三度笠のような屋根に昭和感たっぷりの紫色の暖簾と赤提灯。
 屋根の上に掲げられた看板にはどーんと名物と店名が書かれている。
「関東煮」「きくや」。そう、ここは大阪でも有名なおでん屋さんのひとつなのだ。

店内はスマホ厳禁

店内はスマホ厳禁

 ん、ちょっと待って、「関東煮」?!
 関西でおでんはよく「関東煮」と呼ばれる。
 由来は実はよくわからない。
 ほんまはおでんとは違う食べ物だという説もあるし、関東から来た食べ物だからだとか、広東(中国の)から来た食べ物だからだとかいう説もある。
 上方落語、今は亡き桂米朝師匠もよく笑いにしていた。

「東京の学生さんが『哲学風の食べ物がある(カント煮)』と感心して帰ったことがある」
「関西風関東煮」
 とにかく、皆が頭の中に浮かべるおでんらしいおでん、としておこう。
 ちなみに読み方は「かんとだき」だ。

 私たちがこの店を訪れたのは2回目だ。
 前回は冬。コロナなんて気にもしていなかった2019年11月のこと。
 きっかけは当時2人してハマっていたドラマの撮影スポットとなっていたから。
 流行りの「聖地巡礼」気分で訪れた。
 ヤクザ役の北村一輝と経営コンサルタント役の濱田岳がカウンターに座り、ワルい算段をしながら熱々のおでんを頬張る。
 昭和の活気あふれる店内の様子、画面越しからでも伝わってきそうな出汁のにおい。
「絶対行きたい!」
「一輝の席に座りたいっ!」
 さすが人気店、でも店内はカウンターだけ20席ほど。
 順番待ちの紙に名前を記入して約15分。
 傍の公園でわいわい喋っていたら待ち時間はあっという間に過ぎた。
 一輝の席(なんで呼び捨てやねん)には座れなかったが、同じ店に来られただけでも大満足。
 銀鍋の前に立ち、客の注文を次々にさばいてゆく店のおっちゃんは、おでんを炊いて装うために生まれてきたような貫禄と職人技で圧巻やった。
 しかも注文のタイミングがちょっとでも悪いと鍋から顔を上げ「きっ」と睨む。
 私は注文後に鍋に入れるという「春菊(の、ベーコン巻き)」を頼むタイミングが悪く、「今忙しいっっ!!」という風に睨まれた。
 斎藤さんは「シュウマイ」(これも注文してから鍋に入れてくれる)を頼んだのに、炊けているのに鍋から出してもらえなかった。
「シュウマイ……」
「忘れられてる……」
「訊くん、ちょっと怖い……」
 意を決して「あの……」と声をかけ、やっと皿に入れてもらえたシュウマイは、ずくずくに溶けて、てっぺんのグリーンピースが鍋の出汁の中に消えていた。
 それでも、だから、「THE職人」ぶりに惚れ惚れとし、私たちは秘かに名付けた。
「あのおっちゃんって……」
「おでんロボット」!!
 あの職人ロボにもまた会いたい。しかし再訪の機会を逃したまま時代はコロナ。
 でももう待ちきれない! これからまた、更に出歩きにくくなるかもしれない!
 ということで、この度、決行を決めたのだった。

 ところで……。
 おでんといえば「何を食べるか」、この話題、めっちゃ楽しくないですか?
 なんといっても味が染み込んだおっきな大根。おでんの座長!(※個人の見解)
 何個でも食べられる気がするのは私だけ?
 こんにゃくや糸こんにゃくも欠かせない。ヘルシーな女子の味方。減量中のボクサーじゃなくてもたくさん食べたい。

 しかしおでん屋のこんにゃくってあんなに味が濃いんやろ? 家で炊くとなかなか味が染みないから一度ゴマ油で炒めてしまうのに。
 厚揚げに焼き豆腐もマジで大好き。私と斎藤さんの好物だ。狐でも僧侶でもないが、厚揚げがあれば肉いらんかも(嘘)。
 ごぼ天、ひら天、煮込みちくわ、練り物たちもおでんの友。関西人にとってはやっぱ「カネテツ」と「別寅」!
 中島らもの「啓蒙かまぼこ新聞」でお馴染みの「カネテツ」の「てっちゃん」というキャラクターは心の友だ。
 ちなみに私はてっちゃんとお父ちゃんのLineスタンプを愛用中。
「別寅」は謎のド演歌が流れるテレビCMが強烈だ。
「♪海の資源に限りがあるが、かまぼこ作りに命をかける~」
 某動画サイトでも見られるこの歌は今鳥羽一郎が歌っている。是非旅芝居の舞踊でも踊ってほしい。
 卵も、絶対、欠かせへん。私と斎藤さんは「卵大好き同盟」、現在会員2名のみ。
 餅巾着やロールキャベツにウインナーなど王道ではないかもしれないが華やかなメンバーも居ると嬉しい。
 出汁を吸ってほくほくに溶けるじゃがいもも、食べるとお腹がいっぱいになるとわかっているが必ず食べたい。
 斎藤さんにはこだわりがある。「おでんのじゃがいもにはマヨネーズ!」

 先程の「関西風関東煮」ではないが、おでんの「東西の差」の話題って、盛り上がる。
と、思うのはきっと私だけではないだろう。
 出汁、具、炊き方、食べ方、盛り付け方。この原稿を書くにあたって、試しに地方在住の友たちに話を振ってみると超・食いついた(笑)。中でも具についての話題はつきない。
 関東のちくわぶ。関西のタコ。牛スジ、コロ(鯨)。
 それから特筆すべきアレ。梅の形をしたアレ。ご存じだろうか?
 一輝も食べていた「梅焼き」という存在を。

スーパーで買って撮ってみた

スーパーで買って撮ってみた

「梅焼き」については、「知っているか・知らないか」「食べたことがあるか」「そもそも梅焼きって何」?!?!
 実は今回の私たちの目的はこの梅焼きだった。
 旅の前日、なぜか梅焼きの話題で長々とLineが盛り上がった。
 だって、一輝が食べていたのに、こないだの私たちは食べてへん!! 
 ちゅーか白状、ずっと関西で生きてきたのに、わし、これまでに1度も食べたことがない!!

 いざ、店に入り、鍋にその姿を見つけると、きゃっきゃ! うふふ!
「大根と厚揚げと卵と、梅焼き!」
「厚揚げと卵とじゃがいもと、梅焼き!」
 注文はまとめてではなく1人ずつ言うというルールに合わせて、仲良く注文。
 梅の形をした練り物、卵入りの梅型はんぺんのようなそれは、スイーツのような形だが、味もなんとなしにスイーツっぽかった。
 いわば、出汁のきいた和風スフレ?
 斎藤さんに言わせるとフレンチトースト?! 
という味の感想は後から思い出してのことで、食べている最中は2人共味わうどころか、全く違う世間話ばかりをしていた。
 ちなみに梅焼きは鮮度や賞味期限の関係で関西圏にだけしか流通していないとのこと。インターネットサイトにはいろんな食べ方も書かれていた。
「炊かずにそのまま食べる」「うどんに入れる」「クリームチーズを添えてオードブルに」
 いつか試してみたいと思う。

 ちょっと早い食のお花見。
♪梅は食べたが、桜はまだかいな♪
 おかわりでお互いに頼んだシュウマイも今度はいい感じで取り出してもらえ、頭のグリーンピースが目に眩しかった。
 うん、やっぱり、お花見やった。

 花見嬉しや、銀鍋の中は賑やかや。
 鍋の中に負けず劣らず店の客層は個性豊かで、なかなかどうして皿に盛られた具材以上に「アテ」となる。
 今回は昼に訪れたからか、客層も穏やかで落ち着いていた。
 店内で食べているお客さんはほぼサラリーマン。
 皆、白飯とおでん、もしくは、うどんとおでんで、「ランチおでん」。
 さくっと済ませて、さっと出てゆく。
 皆、慣れてはるねんな。仕事の合間も美味しいものをうまく食べてはるんやな……と眺める我々は、正午過ぎから中瓶「半分こ」でちびちびと。

 しかし、思い返せば前回、夜に出会った客層は濃かったのだ。
 入店待ちの列を横目に、持ち帰りのタッパー片手に自転車で帰っていったおねえさんは元モダンチョキチョキズの濱田マリ(風)。
 いざ入店をしたら「俺、マスコミ系でっせ」風、仕立てのよいスーツ姿に白髪のダンディー氏がお連れさんたちを相手に「大阪のおでんとは」の講釈をたれていた。
 一方、カウンターの端で黙々とおでんをたいらげていた中年の女性は歌手のりりィ似。
「私はおでん食べてます」と歌ってほしい。
 彼女は「おでんロボット」への注文のタイミングも完璧だった。これぞプロ。
 逆側の席の、訳ありげな男女カップルは超香ばしかった。
 男性はちょっと稼いでそうな、でも、どこかくたびれたスーツの「オジサン」感のない「お兄さん」。
 ぴったり寄り添うおねえさんが羽織って脱ぎもしなかったのは、めっちゃ値の張りそうな毛皮のコート。あんなコート、武藤敬司のガウンしか見たことがない。
 後から斎藤さんがぽつりと漏らした。
「あのにーちゃんのパンツは、絶対「CK」ですね」
ん、CK?!
「カルバンクライン。パチモン(偽物)の」
 私もぽつり。
「きっと煙草はパーラメントですね」
「あるあるですね」
「ちゅーか、おでん屋に〝ギラギラ〟は似合わない」
 皆、元気かな。一期一会のおでんやなあ。
 出会う人も皆、出汁のにおいのように味わい深い。

 出汁の中にはいろんな具が居て、店の中にもいろんな人が居て。
 おでんって、なんか、カオスやけれど、平和の象徴みたいやなあ。
 具もいろいろ、炊き方もいろいろ、食事でもええしアテでもええ。
 夜、赤提灯の下、燗酒できゅっと。正午すぎ、瓶ビールでわいわい。
 春夏秋冬。東西南北。朝昼晩。

 あなたはいつも何食べますか?
 店で、家で、誰と、何を?
 コロナはまだまだ落ち着かないけど、もう桜も散っちゃったけど、たまには、おでんで、ホッと一息、こんな時代だからこそ、つけたらええな。

 実は気付いたことがある。
 私と斎藤さんの「酒場旅」が始まって3年ほど。いろんな店でいろんなものを食べてきた。でもどの店でも欠かさずおでんを食べていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある店では注文をすると女将さんに怒られたこともある。
「おでんなんか、最後に食べ!!」
 店からしたら「最初にお腹の膨らむようなアテ食べたら勿体ない」ということだろう。
 でもその後もやっぱりなぜか頼む。なぜか、いつも、食べている。
 特に好物ということもないのになあ。

 でも、きっと今年も呑み歩く度に食べるんやろう。
 それすら意識せず、なんてことない話をして頬張って、「お腹いっぱいなったー!!」とか言って梯子酒の合間の散歩をするんやろう。
 どうぞ、早く、皆がなんの心配もなく呑み歩きが出来ますように。
 おでんの鍋の中のように、東も西も、平穏平和に、なりますように。

 さて、この日、「きくや」の後は環状線に乗って新世界に行き、毎度おなじみ、旅芝居・大衆演劇のショーを冷やかした。
 そして、観劇後はいつも安定の店「酒の穴」へGO! 頼んだのは勿論……。

花は咲く

花は咲く

「かわいー! 梅焼きめっちゃかわいー!」
「ヤバいですね。かわいすぎる!」
 あまりのはしゃぎっぷりに、もうすっかり仲良くなったいつものにーちゃんが、カウンターの向こうから不思議そうな顔をした。
「何?! 何が?」
 2人して元気よく答えた。
「梅焼き!」
「かわいー!!」
 凄まじい勢いでツッコミが来た。
「意味わからん!!」
 わからんかもやが、今日もふわふわ、明日も花丸!
 にーちゃんは、首をかしげながら笑っていた。
 皿の梅焼きもなんだか笑っているように見えたりもした。


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