10.心の劇場・旅の途中 ~いつかチューハイばあちゃんになる日まで~


 その日斎藤さんはイケてるばあちゃんを見たと言う。
「缶チューハイ片手にめっちゃノリノリで踊ってたんですよ」
 ストリップ劇場の客席で、だ。

「おばあちゃんなんです。派手とかじゃなくて、ふつーにそのへんを歩いてそうな感じの。
 めっちゃノリノリで踊ってたんです、うえーい!!って」
 うえーい、ではありながら、静かに観るところでは静かに観て、盛り上がるところではご機嫌さんで、いわゆる「酔っ払いの迷惑客」ではなかったそうだ。
 ん、それ、もしかして元・踊り子さん?!
「いやぁ~……そんな感じではなかったんですよね」

 常連さんっぽい感じでもなかったらしい。
「もしかして幻?!」
「劇場に棲みついてる何か?!」
と、 まさかの変なオチで終わったのだけど。

 

 

「劇場と酒」
 両者が「セット」という人は少なくはないのではないか。ストリップや旅芝居・大衆演劇の劇場、寄席など、気の張らない大衆の芸能の客席では鑑賞しながら飲み食いが出来るところも多い。
「観る時は集中するから吞みません!!」
 いやいや、呑むのは観ながらだけじゃない。
「ながら」でなく、「前」や「後」も多いだろう。私もそう。
 終演後のファン仲間内での語らいの呑み会や、「遠征」に向かう道中や帰路の新幹線などで呑む酒。
 または現地での美味しいものと酒。
 今時の言葉を使うと「推し活と酒」が日常の中の楽しみや活力だという人は多いのではないか。

 

 

 この夏、我が相棒〝斎藤さん〟との呑み歩きもコレだった。
 彼女の推しである旅芝居の若座長を観よう! と、7月、我々の旅が始まって初の尼崎の地へ。
 大阪と兵庫の間、厳密には兵庫、甲子園へ電車で10分もかからない♪はーんしーんタイガーース色強めな地。
 虎党とだんじりと旅芝居で有名だ。勿論、安くていい酒場も多い。
(昨年と今年はコロナ禍でだんじりは中止)
 かつてはたくさんの劇場があったらしい。
 今も2軒の劇場(「千成座」と「芝居小屋・遊楽館」)が残る。

 

 


 

 


 

 

 競艇場もある。
 阪神尼崎駅から2駅の「尼崎センタープール前」。

 

 

 賭けはしない。が、近くの酒場「中島南店」に行ってみた。
 ショーケースもとい冷蔵庫は空っぽで、「この時期やからねえ」と申し訳なさそうなご主人。全然大丈夫。梯子酒の基本はお腹にたまらないアテを「半分こ」!
 奴と小松菜煮、シンプルな菜は美味かった!

 

 

 気さくな御店主には我々のにおいがわかったみたい。
「次、どこ行くの?!(笑)」
 勿論、酒場のことである。
「阪神沿線立ち呑みマップ」なるものを下さり、おすすめのお店をたくさん紹介してくれた。
「せやけど、ウチ、何で知ってくれたん?」
「雑誌の立ち呑み巡りで見て!」
「あれ、おっちゃんの読む雑誌とちゃいますん?!(笑)」
 残念ながらこの日、競艇場はお休みだった。店内が私たち貸し切り状態だったのもそのせいか。
 また来よう。次は、ボートを見ながらの外呑みもいいな。青空の下、すかーんと走る船たちを見ながら、ビール!
 熱と空気と、場外で打っているタコの入っていないたこ焼きをアテにしたい。
 賭けに敗れたおっちゃんたちの「救済めし」6個100円。名前は「多幸焼」らしいso happy!

 続いては阪神尼崎駅前の大きな商店街へ。
 お目当ての劇場もこの中にあるのだが、夜の部に備えてまだ呑みます。
 おっちゃんたちが止まり木に止まる鳥たちのようにひしめき合っているいい店があった。ストリップ劇場で知り合った立ち呑み通の紳士が薦めてくれた「得一」だ。
 自動検温と消毒という関所をくぐり、私たちも止まり木へ。
 メニューを見るとすべてのメニューが「嘘やん!!」とツッコむほどに安かった。
 ここでは無難にキムチと枝豆を選ぶ。

 

 


 

 


 

 

「キムチの汁で皿の猫の柄が真っ赤になった」
「枝豆の猫は無事や」
 相変わらず会話の内容がナカミゼ~ロ~。
「ちゅーか、これ! 100均の皿ですよね」
 安く美味くが実現できる秘訣かもなあ。
 で、この後、我々は2人共、同じ皿をセリアで買う。

 大好きなチェーン店「正宗屋」も尼崎にあった。
 映画のセットみたいな味わい深い外観と、惚れ惚れするような木のカウンター。行くしかない。

 

 

「お腹すいてへんねんけど」と言いながらもいそいそと入店。
 濃いパイセンたちが夕方のひと時をまったりと過ごしていた。
 出勤前のお姐さんと手に数珠をいっぱい巻きつけたサングラスのイケおじの2人連れや、わぁわぁ笑い合っている美魔女姐さんたち。
 テレビは大相撲の夏場所、からの、やはり阪神戦! 阪神が点を入れると、あちこちから「お!!」「よっしゃ!!」の声が上がり、同時に食欲も刺激される。
「おでんある、食べたい」
「どて焼きも美味しそう」
両方ともいっといた!

 

 

 外はいい風。試合は気になるけど、さて、夜だ、劇場へ。
 斎藤さんはひさびさに観る「推し」の若座長(写真)にご機嫌だった。
 私といえば、呑んでから行ったからかなあ、ド派手なパタリロ顔の役者が踊る「サンサーラ」が妙に沁みた。

 

 

 この後、またまた、緊急事態だのマンボーだのの影響で、飲食店や劇場での飲酒が制限をされ、私と斎藤さんもワクチンだのなんだのでしばらく会えなくなった。
 我が勝手に〝Home〟と思っているストリップ劇場でも常連さんたちの様々すぎる声を聞いた。
「劇場で呑みたいよなー」「打ち上げ(終演後の呑み会)したいなー」
「場内やらロビーで呑めへんからな、入り口でロング缶をきゅっ、とやってから来るねん」
「劇場近くの自動販売機で呑んでから来るやつもよぉ見かけるわ」
 地方の劇場でもきっと同じような会話があちこちでされていたのだろう。
「新大阪駅の構内でビール売ってないんですよ! 車内販売だけじゃなく! 駅弁売り場とかにノンアルドリンクしか置いてないんです!」
とはこの時期の私の持ちギャグだった。いや、ギャグになってへんし。
「酒の缶を入れたクーラーボックスを担いで劇場に来てたおっちゃんもおったのにね、以前は」
 なんて共感と共にエピソードまで教えてくれた優しいお客さんも居た。

 仕方なしに家での「ながら呑み」、2021夏のお供は東京オリンピック?!
 いや、私的にはプロレスの生配信を観ながらの方が多かったのだが、いろいろを楽しみながらも痛感した。
「なんかやっぱりおもろない」
「なにか観ながら呑む」から楽しいという訳でもないのだ。
 いや、楽しいよ。でも、でも。外で、皆で、気の置けない友と呑む。名も知らぬ皆と、空気や熱を共有して呑む。
 そんないろんな〝劇場〟で呑むのが私は楽しい。
 時にやらかしすぎもする。でも、また〝劇場〟へ行く。
 そんな想いを感じたり、似たような体験をした人はきっと私だけじゃないはずだ。

 緊急事態が明けてから多くの声を聞いた。 
「やっとやー!」
「これこれ、やっぱり楽しい!!」
「乾杯――!!」
 この先どうなるかはわからない。でも、でも。
 あの日の帰り道、斎藤さんが言った。
「においがしますよね、劇場で観ると。ネットの配信じゃ、においがせぇへん」

 

 

 そうなのだ。旅芝居なら化粧のにおい、香水のにおい。旅芝居だけじゃなく、どんな劇場でも感じる、さまざまな人間のにおい。舞台上の、そして客席のそれ。雰囲気がにおう。
 このにおいが、なにより嬉しく笑い泣く。やっぱり「みんなで」がめっちゃ楽しい。

 ストリップ劇場に行き始めて間もないある日のこと。劇場で、肩をとんとんと叩かれ振り返ると、常連のおっちゃんが笑いながらビールを差し出してくれたことがある。
「呑めるんやろ~?」
 いつも片手にビール、踊るようにしながらステージを観ているその人が、ニコニコと。
「こう見えてね、ボクも人見知りなんですよ」
 マジで?!
「マジで。いひひひひひひ」
 後に彼は素敵な言葉もくれた。
「おっちゃんたちはね、劇場で心が裸なんですよ」
「肩書とか名刺とかええべべ(※関西弁で服のこと)とか、みーーんな脱ぐみたいなな。でも、なかなか出来ないやん。だからね、憧れと酒、いひひひひ」

 思う。ちょっとの酒、楽しいお酒って、きっと、人生にあっていいんじゃないか。
 特に、私たちのような〝開放下手〟な者たちにはきっと。
 性別、年齢、どんな〝劇場〟でも、関係なく。
 下手な開放しすぎ状態となり、翌朝消えてしまいたいと思うほど自己嫌悪などもして、もうやめよう呑まんでも楽しい、真面目になろうと思ったりもする。
 ホントは絶対、「酒なし」で、自身の心や皮を自由に、もっと楽しく脱ぎ着出来るようになると一番いい。それがいい。でも。
 酒が入ったり抜けたりの頭でそんなことを考え、笑ったり。

 斎藤さんとの不思議な縁にも思いを馳せる。
 2018年、Instagramに突然メッセージが来た。
「昔から桃さんの大衆演劇ブログを見ていて。近く劇場に来てくれてびっくりしました嬉しいです」
 やりとりが弾み、会うこととなり、「劇場と酒」。重ねるうちに、気付けば、なぜか毎月のような相方となり4年。コロナ禍で、酒や人付き合いが難しくなったご時世でも、おもろい縁が続いている。
 毎度おなじみの珍道中、皆様今後もお付き合い下さい。
 宣言明けの10月、11月も「劇場と酒」、しっかりばっちり出来ました(笑)

 

 

 さて、チューハイばあちゃんはその後どの劇場でも見かけない。
 斎藤さんが出会ったのは何年も前だが、その後、一度も見ないという。私も一度も遭遇しない。やはり幻?!
 いや、でも、酒場や劇場、さまざまな〝劇場〟でいろんな皆との出会いがある。さまざますぎる「におい」がある。この秋、とても、感じた、呑んだ。

 いつも思う。まだまだ私も、私たちも旅の途中。
「憧れやなあ、チューハイばあちゃん」
「おばあちゃんになるまで劇場行き続けて、呑み続けましょう」
 皆さん、もしかしたらいつか、いろんな芝居小屋や劇場で、踊るおばあちゃんに遭遇するかもしれません。時に1人、時に2人?!」
 てゆーか、もうなりかけてるかも!!


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