酒場には大抵〝主〟が居る。
マスターや看板娘? うん、確かに。
でもそうじゃなくて、
毎日来ているような常連さんで、
なんだか「主」感のある人を見かける時ってないですか?
以前梅田の地下街にある昭和な立ち呑み「大御所酒房」で出会ったことがある。
「ハイボール。ホットで」
「はーい」
私と酒場巡りの相方〝斎藤さん〟は顔を見合わせた。
レンジがチンと鳴り、白い湯気をもくもくと上げた飲み物が登場。
シルバーカーにボルサリーノの老紳士は満足そうに啜り出した。
店を出てから斎藤さんがぽつりと言った。
「あれ、ウイスキーのお湯割りですよね」
「いや、あれはホットハイボールなんでしょう」
主にはスペシャルドリンクさえ通用するのだ。
昨年夏、芝居小屋訪問のついでに「お初」の酒場に入った。
阪神「千鳥橋」駅の商店街内にある立ち呑み屋「小林商店」だ。
「なに食べよ~?」
私たちが先程観た芝居の酷さを語り合いながらメニューに目を通していると隣から声が飛んできた。
「何でも美味しいよ~」
ニコニコ顔のオジイがこちらを見ていた。
野球帽にポロシャツ、煙草はラーク。なんだか伊丹十三映画に出てきそうな。
私たちに矢継ぎ早に質問を投げかけた。
「ここ初めて?」「どっから来たん?」「ふたりはいくつ?」
答えると、またにこにこと
「あれやね、流行りの「二軒目どうする?」とか「ワカコ酒」みたいやね」
思った。この人、毎回、店に来る一見の女性客にこないして声をかけている。
だって声かけ慣れ過ぎている。なんか漫画とか詳しいし。
悩んだ末にハムエッグを注文する。
出てきたのはなんと……
「ぎょにそ!?(※魚肉ソーセージ)」
「なんかこれ曼荼羅みたいですね」
盛り上がる私たちの横でまたオジイがそわそわしているのが横目で見えた。
どうやらまだ声をかけたいみたい。
「よく来るん?」「立ち呑み好き?」
ひたすら話しかけてきたのでまあそれなりに返事をする。(ごめん)
オジイは突然大きな声で「あー、ごめんごめん」。ん?
「あんまり喋りかけると、(2人で)お話出来ひんね~」
お! 紳士! ちゃう! 慣れてるねや! 声かけ慣れてる! そして邪険にされることにもきっと慣れてる!
この日はあまり時間がなかったため瓶ビール1本でさくっと帰ることにした。
オジイは結局最後まで話しかけてきた。
お会計している間もなんか喋っていた。
「また来て来て。ボク、毎日ここに居るから」
お前は店の主か。いや、ただのお客さんや。
「ごちそうさまでした~」
を告げて、外から店の中を見てみると、カウンターにもたれかかって、遠くの方を眺めていた。
帰りに見た千鳥橋駅の空が綺麗だったからかなあ。
コロナ禍で続く何度目かもうわからなくなった緊急事態やマンボー。
「主」たちのことをよく思い出した。
店が休みになったり時短になったりの状況で「どないしてるんやろ?」って。
止まり木で一度すれ違っただけなのにも関わらずだ。
時に「うぜー!」と思ったにも関わらずだ。
黄昏オジイだけじゃない。
この連載にも何度も書いた、通称「フレッシュマート」こと「立ち呑みフレッシュ2号店」で出会ったおっちゃんたちのことも気になっていた。
「Hey、Hey、お嬢たち。呑んでるかい?」
「おそ松君」のイヤミ氏?! いえいえ、常連のミッキーこと、みきおさんだ。
かつては東京でサパークラブを経営してモテモテだった。
という話は耳にタコが出来るほど聞いた。今もモテ伝説は健在だ。
嘘。西成の大衆酒場やカラオケスナックで店のおねえちゃんをナンパするも失敗続きの日々らしい。
なるほど、酔うと会話の8割は下ネタと昔話である。
私は途中から話に合わすのが面倒くさくなりつい真顔で無視してしまうのだが、THEおっちゃんキラーの斎藤さんは毎回「そうなんやー」と笑顔で接し、互いに肩を叩き合うからミッキーは毎回ご機嫌になる。
3年前にふと訪れた「フレッシュマート」で縁が出来たミッキーとそのお仲間たちは月に1度の我々の訪問の際にいつも歓迎してくれた。
店は数年前から改装などを経てリニューアルをし、元々厨房に居た笑顔がフレッシュなお姐さんは近くに自分の店を持つようになった。
しかし、彼らは基本「どちらか」もしくは「どっちも」に居る。
かなりの確率で会える。
なぜなら「朝からもう4時間くらい居るわ~」
そうしていつも「あんたたち、好きなものを食べなさい」と言う。
我々は「大丈夫やから!」と遠慮するのだが、キープボトルと空になった缶チューハイが散乱するテーブルには勝手に、もとい、優しさから頼んでくれたよくわからないメニューが並ぶ。
紅生姜かかりすぎの焼きそば、鰻っぽいけど鰻なのか謎な鰻、トマトを切っただけのやつ、なぜかメロン……。
どれも美味しくいただくのやけどね。
ミッキーのお連れさんは出会った頃とは変わった。
最初に出会った時に一緒だったおっちゃんの姿は見かけなくなった。
北九州は小倉出身、
カラオケ十八番は欧陽菲菲の「ラブ・イズ・オーヴァー』の〝無法松さん〟(私が勝手に命名)こと、〝猿のおっちゃん〟(斎藤さんが命名)だ。
酔っ払ったミッキー曰く、
「あの人ね、ちょっと来なくなってね」
え?! 嘘?! なんで?!
「病気みたいで。電話に出なくなってね」
なんで?
「それはね、あの、おちんちんの病気でね」
なにが本当かはわからない。
代わりにお連れとなったのは〝カバのおっちゃん〟と斎藤さんが名付けた常連さんだ。
いつも大きな顔と大きな口でマッコリを水のように呑み大きな笑顔で笑う。
他にもいろんな人が居たり消えたりしたなあ。
四国出身で西成に来たというおっちゃん。
私が「坂本龍馬やな」と言ったら「何言うてるねん」と言いながらも、遠くを向いてちょっとニヤニヤしていたことは忘れない。
彼らの下ネタを笑顔で華麗にスルーする店のお姐さんは
「おっちゃんたち、ややこしいね。下ネタ嫌ね。でも友達。いいね」と笑ってくれる。
主たちに逢いたい。いつもの店も、まだ見ぬ別の店の主たちにも。
年が明けてから「酒場はしご旅」が出来ていない。ご時世柄、遠慮して。
そもそも年が明けてから私たちは会えていない。
いや、会うのを互いにやめているというのが正しい。
互いに思いやってのことなのだが、げらげら笑いながらつつく謎の紅生姜焼きそばが恋しくてならない。
あちらこちらでのカオスな様と、胃もたれと二日酔い、嫌やねんけど、やっぱりおもろい、なくてはならない、体が欲する。
我らがhome、通天閣下の「酒の穴」にも顔を出したい。
お店の「主」、すっかりお馴染みとなった店のお兄ちゃんにも会いたいなあ。
何度目かの緊急事態宣言だのマンボーだのの後、11月に訪れると、私たちの顔を見るなり鋭いツッコミを飛ばしてきた。
「ちゃんと自粛してたか?!」
「してたー!!」
「してへん。その顔は絶対してへん(笑)」
年末12月、斎藤さんと最後に呑んだその日も飛ばしてきた。
いつもより早い時間に訪れると、
「昼から呑んでええ身分やな!」
「今日は朝から!」
「へー! はー!」
「月1回この日だけやからええねん」
「絶対ちゃう。絶対月1回とちゃうわ君らは!!(笑)」
そんなやりとりをしながら揚げてくれる煮物のカボチャは絶品なのだ。
新世界にはたくさんの串カツ屋が立ち並ぶ。
元ボクサー・赤井英和プロデュースの有名店「だるま」をはじめ、老舗やお洒落な店や入りやすいカジュアルな店など選びたい放題だ。
でも私たちにはここ「酒の穴」の、タメ口にーちゃんの揚げるそれが「新世界一うまい」。
どこの店に行っても「南瓜の炊いたん」をそのままドボンを揚げている店はないと思う。
リメイクなのか、こだわりなのかは謎だけど。
定番ルートも、新規開拓も。また、「瓶1本を半分こ」で。
きっと「もうすぐ」。この「もうすぐ」はそう遠くない。
季節は春。そろそろ動き出してもいいかなあ。で、今月3月からは始動予定!
実は斎藤さんの元にはたまに電話があると言う。
「なんか知らん番号からかかってきて。知らん番号の電話は基本出ないんですけど、出たら、なんかべろべろに酔ったおっちゃんで」
え?!
「覚えてるかー、西成のおっちゃんやでー」
カバのおっちゃんだ! てか、いつ連絡先交換してたん?!
でもね、「元気してるか。またおいでや」って。
酒場で逢う主たちは逞しい。コロナなんかじゃへこたれない。
どうか酒場に通えなかったり、店に居られる時間が短かったりしても、どうぞ元気にずっとずっとお店のマスコットボーイ、いや、福の神で居て下さい。
私たちも会いにいきます。いろんな街のいろんなhomeへ。
主たちをはじめとする酒場で出会うお客さんたち皆は我々の憧れ、そして、口にするアテ以上に心満たされるアテなのだから。