「どたぬき」
その日、我々が最初に行った店の名前である。
「大衆酒場・十三村どたぬき」
ああ、2つほど説明がいるかもしれない。
ひとつめ!
≪ど≫とは「超(super)」を意味する大阪弁だ。
例、「ど厚かましい」「どてらいやつ」「ド根性」。
つまり、どたぬきとは「めっちゃ狸」ってことで、なにそれ?!
ふたつめ!
≪十三≫とは地名だ。梅田から阪急電車で1駅、正確には2駅のところにある。
昭和歌謡「十三の夜」をご存じだろうか?
「ねぇちゃん、ねぇちゃん、十三~のねえちゃん~♪」
昭和46 年にテイチクレコードから発売された、「必殺仕事人」の中村主水でお馴染み・藤田まことが歌った1曲なのだが、え? そんな曲知らん読み方わからん? 「じゅうそう」だ。
昭和! 下町! 歓楽街! キャバレー! 風俗店! 呑み屋! 旅芝居の劇場!
でも、どこかに似ているようでどこにも似ていないこの街は、最近、私と、相方〝斎藤さん〟の〝Home〟となった土地である。
阪急十三駅西口を出てすぐの〝ど昭和〟な飲み屋街、「しょんべん横丁」の中の1軒、めっちゃ狸な店に初入店をしたのは午前11時だった。
旅芝居の劇場の昼の部に向かう前なので早いのである。でも店内は盛況。昼前だと思えないくらい、皆が思い思いに呑んでいる。
カウンターではひとり呑み、テーブル席ではふたり呑み、おっちゃんふたり、おっちゃんとおねえちゃん(仕事は何?)、ランチのついでに1杯ではない、ド・ナチュラルに「呑み」モードなのが濃い。
店内のBGMは昭和歌謡の有線。ああ、ド・昭和や、って、もうそろそろええか。
入店した瞬間から水谷豊の「カリフォルニア・コネクション」が耳に入ってズッコケた。
「ひさびさに聴くとヤバいですね」「どうやったらこんなに下手に歌えるんやろ」
案内されたレジ近くのテーブル席の横には来店した有名人とお店の人との記念写真が飾られていたのだが、このメンバーもまた相当濃かった。
お相撲さんと、漫才師「ザ・ぼんち」のぼんちおさむ師匠と、吉本新喜劇の故・島木譲二師匠だ。
斎藤さんは呑む前からもうご機嫌になった。
「おさむちゃんの写真と写真を撮りたい!」
「昔、難波で島木さんにサインもらったら「今から呑みにいこー」って言われたことあるんです!」
しかし私は店の入り口近くに貼られているポスターが気になった。
演歌歌手のポスターである。恰幅の良いすごい貫禄のあるおじさんだ。
タイトルと歌手名もドンッと大きく書いてある。でも誰?! 全然知らない歌い手さんなのだ。
どこぞの取締役か偉いさんのようなどっしり感に目が離せなくなりしばらく眺めてしまった。
氏もポスターの中から私たちを見つめていた。なんだか落ち着かない。
でもとりあえず乾杯だ。大瓶を頼み、何のへんてつもない空豆の塩茹で390円とポテトサラダをつつくことにした。
「このポテサラ、芋感ある」
「業務スーパーのじゃない(笑)」
そこにひとりのおっちゃんが、店の奥から歩いて来た。悠々と。どうやら清算をしてお帰りになるみたいだ。
風格のあるおっちゃんやなあ。どっかの社長さんとか会長さんかなあ。
やっぱりド狸ド十三な店では常連さんの顔も濃いねんなあ。
グラス1杯でまだ酔ってもいないのにぼぉっとそんなことを考えた。
って、ん? え? 隣のあのポスター! 本人じゃない?! え、本人やんな?!
頭の中で「自分会議」をしているうちにおっちゃんはもう店を出てしまった。
気になって仕方がなかったので、店を出てから、斎藤さんに聞いてみた。
「このポスターの人、さっき、居ましたよね?」
「え? ええ?!」
おさむちゃんとパチパチパンチに気をとられていた斎藤さんは全く覚えていなかった。
「まあ、でもとりあえず、記念にこのポスター撮っておきましょう」
次に気付いたのはお目当ての公演のご挨拶が終わり、芝居が終わり、の頃だったろうか。
いや、芝居の幕替え(場面転換)の際だっただろうか。
「あれ?」
あの人だった。客席に座っていた。そんなこと、ある?!
私は隣の席でイケメン役者君に見入っている斎藤さんをつついた。
「前の席。あの人。あの人って、さっきの」
「え? ええ?!」からの「ほんまや!!」
スマホでさっきの写真を確認。
でも待って、今日のコース一緒?! 店まで一緒?! そんなことって、あるやろか!
しかも氏はちょっと素敵なマダム風、ちょっと、いや、めっちゃいい女風の姐さんと一緒で、しかも距離がめっちゃ近かった。
な、なんだ、この濃い劇場の濃い2席は。艶なるムードにクラクラした。舞台の内容よりも、だ。
さらに舞踊ショー中、私は隣のご婦人にとても絡まれた。
もとい、お話を聴かせていただくことになった。
なんでもこの日ゲストとして出演していた役者のうちのひとりの応援さんらしい。
気の良いおばあ様風の方かと思っていたら「推し」への愛と愛ゆえの苦言と自慢が止まらない。
仕立ててあげたというお着物のお話(スマホを取り出して写真を見せて)も止まらない。
「この子、最近はお客が減ったのよ」
厳しいことを言いつつも、愛が、溢れだしている。
この日は下座である劇団の創立何周年の記念の公演。応援さんたちにも力が入っていた。
見ながらご婦人は「あの着物の形は変わっているわね」と目を光らせ、私に意見を求めてくる。
またプレゼントをされるのだろうか。大丈夫か。内心複雑。
斎藤さんはやはりお目当てのイケメン君をいかに綺麗に写真におさめるかに集中していた。
でも後から心配してくれた。
「なんか、めっちゃ話しかけられてましたね」
「なんかこういうこと多いんです。まあ、慣れてるし、おもろいんですけど」
さらに劇場のママも突然客席の私の元に来て突然言った。
「その席な、見やすいやろ!?」
めちゃくちゃ久しぶりに行ったのにこの距離感何?! 濃いよ十三。
旅芝居の客席はかくしてとても、濃い、もとい、恋。
隣りのご婦人は勿論夜の部も応援をされるらしく、ご丁寧にご挨拶をし、我々は帰ることにした。
劇場を出て、先程の芝居の悪口(笑)を言いながら駅まで向かうことにした。
しばらく歩いていたら、「嘘やん」
別のルートから来たのは、どこかで見た2人連れ……、演歌氏と先程のお姐さんだった。
別の道から現れた2人は肩を寄せ合って私たちの前を通り過ぎて行った。
十三のコテコテの空気と、その空気。気にアテられて、ちょっとバテてしまった。
「もう十三はいいっすかね今日は」
「うん、移動しましょう」
逃げるように阪急電車に乗って向かった先は……。
大阪が誇る「食の祭典」、阪神梅田駅直結の阪神百貨店。
大衆酒場で隣り合うおっちゃんたちの雰囲気を感じるのが大好きな私たちだが、たまにはフードコート呑みもいいやんね。
〝ド・昭和〟な十三から2駅で〝THE都会〟な梅田、なんだか不思議な感じ。
スナックパークは今年改装して綺麗になってしまったとはいえ、大阪名物をはじめとする様々なグルメが気軽に楽しめるデパ地下フードパークだ。
イカ焼きやたこ焼き、お好み焼き、とんぺい焼きをはじめ、寿司屋、ラーメン屋、台湾料理、天ぷら屋、数々の店がちょっと小綺麗な屋台的に建ち並ぶ。
壁一面の絵本作家・長谷川義史氏が描いた壁画もとても楽しい。
若い頃に好きだった小劇場劇団のチラシをずっと描いていた作家さんの絵なのだが、大阪感あふれるモチーフが賑やかに描かれていて見飽きない。
この壁画のもとで、昼は、サラリーマンのおっちゃんを中心にワンコインランチ処、
夕方以降は「サク呑み」呑兵衛横丁として親しまれている場所なのである。
ここで一緒に食べたいアテがあった。
「天ぷらの山」さんのちょい飲みメニュー「だし巻き天ぷら」。なんやそれ!!
大阪人としてはツッコみたくなるメニュー。もうツッコみ疲れてるけど。
以前に見かけてホンマにツッコみ、試してみたことがある。
で、ようやっと今日共有だ。実は私たちは2人揃って大の「卵系のアテ好き」なのだ。
この連載にも度々ハムエッグで呑んだエピソードを書いてきたが、ハムエッグだけでなく、出し巻きもほぼ必ず注文をしている。
例え、「あ、ここの居酒屋の出し巻き、「業務スーパー」の出し巻きですね」だとしても。
しかし……。なぜ揚げようと思ったのだろうか。
溶いて、巻いて、揚げて、(ネギとタレを)振りかけて。
手間じゃない? あ、天ぷら屋さんだからか。でもなぜ数ある中でも出し巻きを。
他にこのメニューを出す店は日本に存在するのだろうか。わからない。
でも卵ファンとしては絶対に押さえておきたいメニューであることは間違いない。
少々時間はかかるも、揚げたてを提供してくれる。
初対面となった斎藤さんの第一声は「めっちゃ可愛い!!」だった。
そうなのだ。なんか、かわいいのだ。巻いて揚げたこの1品は。
揚げられて、舟におさまり、薬味でお化粧をし、微笑んでいる。
まるでどたぬき、ならぬ、子狸、いや、黄色いから、子狐か。
サクッ、じゅわっ、出汁、ネギ、ソース。お好み焼き感? いや、天ぷらだ。
卵なのか、天ぷらなのか。出し巻きが先か、天ぷらが先か。あ、狸が狐に化けたのか!
そんなこんなで、思い出したことがある。
新国劇を中心に活躍し、「王将」などを執筆した劇作家・演出家の北条秀司の作品、「狐狸狐狸(こりこり)ばなし」という喜劇芝居のことをだ。
狐と狸、つまり女と男、いや人間と人間、欲と欲の、まさに〝化かし合い〟の話だった。
最後、我々女子的には(?!)スカッとする、まさに「喜劇」であった。
近年、旅芝居の劇団もアレンジして上演しているようで個人的には「ムムム」なのだが(でもこの人たち、知らないだけできっと知ったらパクるんやろうなあ、とは思っていた)、私は2006年3月の京都南座での喜劇特別公演で初めて観て以来、印象深くって。
当時の配役は主演の〝悪女〟(?!)に山本陽子、脇に松竹新喜劇のメンバー。
重要な役どころに上杉祥三(野田秀樹のところに居た! あの!)、本当に良く出来た〝人間〟を描いた作品だと感じ、面白かった。
なんだかね、この十三コテコテツアーを終えて帰宅し、なんか、めっちゃ、思い出してならなかったのだ。
帰宅後、ポスターで宣伝されていた氏の歌をYouTubeで聴きながら、ね。
「73歳でついにメジャーデビュー」
リリースしたCDはこの1曲だけとみられる謎のおっちゃん歌手。
歌は上手いのか下手なのかわからない、というか、それ以前かもしれない。
「しかし会いますかね」
「会うてまいましたね」
斎藤さんとの「Line会談」が止まらなかった。
「大人と昭和のムードでしたね」
「わしらにはまだまだな世界ですね」
私、思い出したのだ。
氏と一緒していたお姐さんも演歌歌手だということを。
しかもちょっと名のある演歌歌手の方だということも。
今はもうないけれど当時よく通っていた「通天閣歌謡劇場」や「キャバレーユニバース」で歌っておられたのを何度か観た。
調べてみると、今は大阪の某所にカラオケラウンジを持ち、ママとして、歌唱指導もされているらしい。
YouTubeにアップされていたPVはどうもこのラウンジ内で撮影された模様。
氏の歌う姿と、カウンターに座り物憂げな表情でウイスキーのグラスを見つめる姿が交互に登場した、それだけの映像だった。
私「おっちゃん、ママのお店の常連で、で、なんか流れでデビュー! みたいになったとか?!」
斎藤さん「ありえます。絶対それや」
勝手な憶測で盛り上がってほんまごめん。
あの時、京都南座で買ったパンフレットに味わい深い言葉が載せられていた。
原作者の北條秀司がこの作品を書く際に語った言葉だ。
「キツネとタヌキを狩り集めてきて、それをツクダニに煮つめたようなものを書くよ」
佃煮は、この日、食べなかったけれど、化けた出し巻きはいただきましたよ。
一期一会、合縁奇縁。
おっちゃんおっちゃん、十三のおっちゃん大阪のおっちゃん。
ねえちゃんねえちゃん、素敵な歌手の姐さんと、幾つになっても素敵に乙女な応援姐さん。
我々2人のねえちゃんは、濃い、恋、出会いに笑い泣き、これからもツッコミながらもジーンとしながら、ジーンとしながらも笑いながら、ほろ酔いの旅を続けます。
街は劇場。街はこてこて! ど・人情!!