14.気付けば隣 ~角打ちとおっちゃんと9%~


 それは本当に偶然の出来事だった。

 十三にある旅芝居の劇場の帰り。
 私たちは例のごとく役者や舞台の愚痴と悪口を散々話しながら駅に向かって歩いていた。
 すると、駅前のアーケード商店街の中に1軒の風情のある酒屋。
○の中に「イ」、「イマナカ酒店」。
 もしかして……。

 

 

 相方である斎藤さんが率先して(遠くの方から)覗いてみると……。
「行っちゃいます?」
 ひさしぶりだ。コロナ禍の影響を受け、このような「THE角打ち」のお初なお店に入るのは。
 でも「……行きましょう!」
 えいやっ!! (このワードひさしぶりに書いた)
 これが、出会いの始まりだった。

 

 

 

 

 あれ? なんだか春なのに海の家に来た感?!
 と、思ったのは、コロナ禍の酒場にはつきものとなったビニールカーテンだから? それとも妙にマッチした懐かしいアサヒビールの提灯たちのせいだろうか?
 入ってすぐの酒屋スペース(?)にはビールケースや段ボールが無造作に積まれているが、猥雑だったり適当だったりという雰囲気はない。
 角打ちにしては広い方だと思うスペースと、広さ故に各テーブルとテーブルやカウンターの距離がいい感じに空いているからもあるか。

 ゆったり広々、酒屋の奥の角打ちなのに、海の家。
 昭和感と開放感と、懐かしさ、入って秒で落ち着くこの感じはなんなんだ!
 瓶ビールを注文し、アテには我々的春の好物「空豆塩茹で」を選ぶことにした。

「空豆って皮ごと食べられるんでしたっけ?」
「え、どうなんやろう」

 隣のテーブルから声が飛んできた。

「どっちでもええねん」
「食べてもええでぇ~」

 和やかにわいわいと呑んでいた、常連さんなのであろう3人のおっちゃんたちだ。
「わからんかったら頼むなよ!」というツッコミではない。
「どっちでもええねん」なんてやさしい!

「おっちゃんら、昔のおやつで豆やらよぉ食べてたわぁ」

「サトウキビって知ってるか?」ん?
「おっちゃんら子どもの頃おやつで豆やらサトウキビやら食べたんやで」
 え? 「かじるねん」
 そうなんや!

 ってこのあたりまでは、よくある「隣り合った常連さんとの挨拶程度」みたいな気持ちだった。
 ちょうといいくつろぎ感から初の店ではちょっと言い辛いお手洗を借りることもすっと言えそうで、斎藤さんがお願いをすると

「そっちや。わかりにくいけど。こっち。こっちこっち」

 カウンターに立つご主人? 若主人? からではなく、こりゃまたこりゃまた隣のテーブルから。誘導までしてくれた。

 斎藤さんが席を立っている間、おっちゃんが話しかけてきた。

「あんたら、ここの店、初めてやないやろ?」
初めてです! 「ほんまか! ものすご馴染んでいるから来たことあるんかと思ったわ!」

 で、どこから来たかや大阪やとか地元トークなどをしていると斎藤さんが戻ってくる。
 私が斎藤さんの地元などを紹介し、またわいわい。
 なぁーんてやっているうちに2人で「半分こ」の瓶ビールはすぐに空になった。

 すると、空になったのを見ても居ないのに、おっちゃんたちのうちの1人がすっと立って、私たちのテーブルに缶チューハイを2本置いてくれた。
「呑み」とか「どうぞ」とか、恩着せがましい言葉どころか、一言もなく、笑顔で。

「いいの?!」
「え、そんなんええですって!!」

 

 

 しかしカウンターをみるとご主人は小さなグラスを2個用意して笑っておられる。
 すごい自然な「あちらのお客様から」!
 not お洒落なバー、but 十三の昭和角打ちで!
 しかもご馳走してくれたおっちゃんはもうそのままお帰りになられた。
 なんて紳士なのだ。これはもうありがたくいただくことにしよう。
 アテは勿論、隣り合ったおっちゃんたちの面白トークだ。

 3人のうち「紳士」はお帰りになったので、残るはおふたり。
小柄なおひとりの服装は、サイクルウェアというのだろうか、体ぴったり、黒のサイクルジャージ姿。
 でもお顔はどこか故桂枝雀師匠を彷彿とさせる、いや、そっくりのニコニコ笑顔、引き締まったアスリート体形と「スビバせんねえ」な笑顔、ギャップがあるのに、親しみやすいムードのお方である。

 もうひとりはちょっと大柄、こちらは故黒澤明監督のような帽子とサングラスの渋いちょいイケおじ風、イケおじい風、か。ちょい悪親父代表ジローラモ氏と一緒に雑誌「LEON」の表紙を飾れそう。
 まさに十三の、真夜中のダンディー(桑田佳祐)ならぬ夕方15:30のダンディーだ。
 枝雀師匠には「自慢の話」がある。

「昔はめっちゃ太ってたんやでぇ。ほんまに。ほんまやって」

 スマホの「以前の僕」の写真を見せて語ってくれた。
 太っていたのを奥様に心配されて運動や自転車をはじめたらしい。
 今は朝早起きしてジムに通って泳いでから呑むのが楽しみらしい。

「昔は朝からどんぶり飯一杯食うてたんやで~」

 そんな風に見えなーい。とか、アスリートやー。という言葉にニコニコ。
 自慢やけど、押しつけがましい訳でも偉そうでもなく、ほのぼのする。
 愛妻家らしく奥さんからのLineまで見せてくれる。
 どれだけ呑んでもきっちり決まった時間に自転車で帰るのだそうだ。

 一方、黒澤監督はやはりLEON系だった。3回の結婚歴があるのだと語る。
 モテるんですね、というと、まんざらでもなさそうだ。
 早速斎藤さんに4回目の結婚を申し込んでいる。
 斎藤さんも「いえーい」とか言っている。おいおい。

 そこでふと私は気付いた。

「これ、9%やん」

 そうなのだ、御馳走になった缶チューハイは「麒麟特製コーラサワー」。
 コーラ味なんて、いや、コーラを飲むの自体一体何年振りなんだ、なんて言っていたのだけれど。

「きゅーぱーや!!」

 先程のおっちゃんもたぶん飲みやすいものを、と気にしてくれて、チューハイにしてくれたのだろう、気付かなかったんだろう度数なんて。
 ありがたいことに我々はチューハイを呑み慣れていないのもあり、ゆっくり呑んでいたのだが、いつもよりノリがよくなっているのはこのせいもある?! コロナ禍を経て、ひさしぶりに知らない店での常連さんとのアホやけど愛すべきやりとりが嬉しいからか!

 さらに私はもうひとつ気が付いた。
 我々が騒いでいるテーブル席ではなく、カウンターに居る一人のおっちゃんが我々の会話を聴き、めっちゃウケているということに。
 肩を震わせて笑ってる。呑んでいるお酒はちいさなボトルワイン。
 新幹線内とかで呑むあのちいさなワインをちびちびと。
 そして、めっちゃ肩震わせて笑ってる。

 こうなるとね、放っておけないのだ、我々は。

「おっちゃん、そんな、遠巻きに笑わんといて下さいよ~、参加して下さいよ(笑)」

 氏は「いやいやいや」とか笑って、でも(こちらの話は聞いているのに)、クールを気取っていらっしゃる。
 斎藤さんも呼応してくれる。このあたり、彼女の凄さというか、感性だ。

「ワイン! お洒落ですや~ん!!」

 おっちゃんは笑いながら、クールに、でも、ちょっとドキッと? しながらも、やはり入って来てはくれなかった。でもでも、ずっと聞いて、笑っておられた。

 さて、枝雀師匠と黒沢監督はお帰りになるらしい。

「ほなおっちゃんと絶対結婚しよなー」
「しよしよー」

 斎藤さん! また酔った時のあかんノリが出てるよ! ちょっと! 斎藤さん!!(笑)
 と、笑う私も、「9%マジック」が効いていたみたい。

「おっちゃん、記念写真撮ろ!」

 店の前で、おふたり、ぴーす!! ええ写真!!

 

 


 うれしくて、たのしくて、その後、十三を散歩した。2人でげらげら笑いながら。

「9%はあきませんよね」
「コーラあかん。コーラもうあと10年飲まん」

 でも、楽しかったなあ。
 酒場での常連さんと、特に女性客とのやりとりや交流は100%200%「良い」ものではない。とは近年とても思うこと、互いにとっても、店にとっても。
 店の中には「奢り奢られは禁止します」とか貼り紙があるところも東西を通して決して少なくはない。その気持ち、最近の私にはよくわかる。

 また「レトロな酒場って素敵」と入門で入った女の子たちが(決して悪気はなかったとしても)危険にさらされるのは絶対に絶対にあってはならない。
 が、我々は少々スレているというか、アホパワーだが、9%パワーでも、どこか、やはり、我々で。
 ジーンとしたり。ツッコんだり。笑ったり。でもやっぱりジーンとしたり。
 あとあと、「踊る阿呆にみる阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」
これは、いや、これも、我々が酒場や劇場で学んだこと。

 あのワインのおっちゃんも「一緒」したかったな、させていただきたかったな。
 あの人、広告マンとかかなあ、メディア系の人かなあ(偏見)とは、我々の推理(笑)
 遠目に「観察」や「良い距離から」より、一緒にアホになる方が楽しいよね。
 いや、でも勿論、それぞれの楽しみ方・呑み方、それが一番良いのは絶対! 9%パワーの悪ノリごめん。

 この連載を始めてから、いや、昔から、言っていただくことが多い。

「〝おっちゃん愛〟が素晴らしいよね」

 でもたぶん違うと最近気が付いた。
 旅を続けるうちに。そして、今lifeworkのひとつであるストリップ劇場通いをしているうちに。
ああ、私は、彼らの姿に「父」をみているのかもしれないな、って。

≪この世にわたしを置いてったあなたを怨んで呑んでます≫

 ちあきなおみは名曲「冬隣」で歌っている。
 1988リリースのアルバム「伝わりますか」に収められた1曲だ。
 2022年、私は相方と、大阪のおっちゃんたちとゲラゲラ笑って呑んでますよ、お父さん。
 あの世でも呑んでますか。もうええ加減呑みすぎは禁物やで。いや、あの世は呑み放題なのか。
 冬隣。おっちゃんたちの隣。相方姐さんの隣。みんなで呑んで笑えるって、いいな嬉しいな。

 後から調べてみると「イマナカ酒店」はなんとなんと昭和3年から続く角打ちとのこと。
 さらに何の気なく十三で勤めている学生時代の後輩に話をしてみたところ、

「え! Momoさんイマナカ行かはったんですか! 僕らの職場の奴ら、皆、あの店、行きつけですよ! 夕方とか夜になったらグループLineで一言だけ「イマナカ」って来るんです。これが集合の合図です」

 ちなみに後輩の職業は十三の某中学校の数学のセンセイだ。なんとまあ。
 でも、皆、皆、〝心はだか〟、皆、阿呆で。
 ……なんて、気取って冬隣とか引用したけど、これ春の話。もう夏、めっちゃ暑い! 隣誰も来んとって! ディスタンス!


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