「エチオピア」というメニューを出す店がある。
数年前から我々行きつけの一軒、大阪は天満の酒場「但馬屋」だ。
気軽に使える朝から開いている大衆酒場で愛想はないがメニューの数だけは多い。
壁に張り巡らされた短冊が壮観of壮観だ。
その中でもひときわ目を引くのがエチオピアという文字なのだ。
初めて行った時から謎だった。何なんだ。
とはいえ、「冒険しない」タイプの私たちは注文をしなかった。
後に知る。エチオピアとは豚足だということを。
豚足 → 足 → アベベ → エチオピア。何。ギャグ?!
さて、同店にはイヤリングとフェイスというメニューもある。もうおわかりだろう。イヤリングはミミガー、フェイスは豚の顔だ。
6月、ひさしぶりに訪れると、これら3つのメニューにちゃんと説明が書かれていた。
「豚足、ミミガー、豚顔」
かっこ書きで。ご丁寧にも「三代珍名物」とまで書かれていた。
元より愛想のない店である。
「すみませぇーん、エチオピアってなんなんですかー」
酔っ払いたちに毎日訊かれすぎて嫌になって書いたのではないか。
相変わらずムスッとした表情で注文をとる店員さんたちを見て思った。笑った。
私たちはこれからもエチオピアは頼まないだろうし、この店でエチオピアが注文されるところは一度も見たことがない。
ひさしぶりに「食べもの」の話を書きたい。
酒場巡りの連載なのに食べ物のことをあまり書いてこなかった。
うすうす気づいていた。
でも、やはり、後回しになってしまう、味よりも人に目が行ってしまうのだ。
そもそも若い頃から「なにを食べているのかわからない」と言われたりもしてきた。
この連載だけのイメージだと「普段からジャンキーなものばかり食べている」と思われていそうな気もする。違います。
大勢での呑み会や会食となると悪い意味だけではなくいい意味で食べられないことも多い。
でも2人(性別は問わず)だとよく喋るし食べる、気心知れた相手だと。
我が酒場巡りの相方・斎藤さんは、不思議なことに、その数少ない相手のひとりだ。
酒のアテの趣味が妙に合うことも大きい。
店に入り、とりあえずの瓶ビールを頼み、お品書きを眺める。「何にしよー?」
1品ずつ選ぶそれが、「あ、それ私言おうと思ってた」と「私もそれがいい」ばかりなのだ。
◆毎日が餃子スペシャル
一緒に食べたものを思いだしてみたら、まず浮かんだのは餃子だった。
好きかと訊かれたら特にそうでもないのだがなぜかあちこちでよく食べている。
餃子といえば王将を外せない。
京都発祥から全国的に有名な「餃子の王将」だ。
名CM「餃子1日100万個」、いろんな街の酒場巡り梯子の際にその100万個の一部となる。
寄る度に斎藤さんは言う。「王将のロゴってAC/DCのパクリですよね」
さらに私たちにはひそかな楽しみがある。テーブル席よりも大店舗のカウンター席派。
なぜなら目の前で店員さんが餃子を焼く姿を見られるから。
「アリーナ席」と呼んでいる。ライブ会場か。うん。
初めて行った角打ちで知らんおっちゃんに王将餃子ストラップをもらったことは以前に書いた。
その後、一時期、2人してスマホカバーを王将にしてもいた。
もう一度言う。好きかと訊かれたら特にそうでもない。
王将以外の餃子屋にも結構行っていた。
いつだったか。
地下鉄四つ橋線「花園町」にある旅芝居の小屋「梅南座」に行った際にも。
劇場の真隣に町中華があった。「行っちゃいます?」
お芝居終わりの休憩時間前にある「口上挨拶」(座長によるお話と前売り券発売タイム)の際に食べた。
持ち帰りじゃない。行って、食べた。
木戸で「行ってきまーす」と外出し、「ただいまー」と戻ってきて、ショーを観た。
時間にして15分なかったと思う。得意の悪ノリだ。
大阪は難波、よしもとの殿堂「なんばグランド花月」近くにある「珉珉」にも行った。
全国展開の1号店。「わたしが本店です!」と誇らしげな顔の特大提灯がたまらない。
私は初・珉珉。スナック感覚の食べやすさに驚いた。
お酒もちょっとフザケたものにした。
その名も「元気ハイボール」。頼まないという選択肢はない。
元気になったかは謎だった。でも、元気になるエピソードを聞いた。斎藤さん談。
私たちが共に好きな歌手のUAも若い頃に珉珉の餃子(心斎橋店の?)を食べに来ていたらしい。古着屋でバイトをして、踊って、歌って、この餃子から元気をもらっていたらしい。
なんかパワーが湧いてくる!
そんな餃子巡りの中でも、印象深かった店は、
大阪の下町・天下茶屋にある餃子専門店「せんや」だ。
講談師の神田伯山(当時は松之丞)がテレビ番組で行っていたことで知った。
ボクシングの亀田兄弟のお父ちゃんが経営するジムが近くにあることも知った。
下町のちいさな店舗のメニューは餃子のみ、老夫婦の醸し出される雰囲気が素敵すぎた。
伯山の座った席を教えてくれたり、土日は大阪より遠くからわざわざ来るお客さんも多いという話をしてくれたり。
亀田〝3150〟オヤジも愛してやまないという下町餃子は、薄皮で細長でにんにくたっぷり、元気でやさしいご夫婦の雰囲気そのもののようだった。
店のラジオから流れる音楽は竹内まりや。
毎日がスペシャル。毎日が餃子で元気。
◆卵焼きとはなんだ
卵の話もしよう。
2人共、卵のアテが好きでならない。
たとえ「朝、ゆでたまご食べてきたのですが」だったとしても。
大衆酒場で食べる焼きたてのだし巻きは格別だ。
なんのへんてつもないハムエッグだってたまらないし、おでんの卵だって欠かせない。
気付けば斎藤さんは卵料理グッズコレクションまで始めた。
私が面白がってガシャポンや100均で見つけた卵グッズをプレゼントしていたことがきっかけ。2人して面白がって集めるようになったら御覧の通り。アホである。
そんな私たちの前に強敵が現れた。
強敵? いや、きっと何かの試験かもしれない。
Is this a 卵焼き?!
【第1問】
【第2問】
①阪急中津駅高架下にある「いこい食堂」の「卵焼き」
②JR環状線「京橋」駅にある「徳田酒店」の「京橋卵焼き」
(写真は私たちが行った「ルクア梅田店」のもの)
「いこい」の方はお寿司屋さんの厚焼き卵を思えばなんだか納得できる。
徳田酒店のコレはいかがなものだろうか。割ってみよう。解剖レッスンstart!
卵好きな私たちはツッコんでしまった。「キャベツやん」「キャベツ焼きを卵でかぶせただけやん」
ある意味、卵だけよりもヘルシーという考えもできるだろう。
が、卵ラバーズな私たちには良くも悪くもムムムである。味は、美味しかった。
両店共に人気の看板メニューとのことなので、行かれた際は是非試していただきたい。
若い頃に師事した亡き吉本新喜劇作家の某ジイサン先生は行きつけの居酒屋でよく店員を困らせていた。
「卵焼き焼いて。だし巻きいらんで。卵を何個かを割ってやな、余計なもんは入れんと焼いて出してくれたらええねや」
忘れもしない、天満橋の、店頭に人間の大人くらいあるデッカい狸の置物がある店だ。二十歳そこそこのクソガキだった私は当時隣でタバコを吸いながら不味い瓶モルツを呑んで笑っていた。
「またですかー。家で食べて下さいよー」
特別メニュー、卵だけの特別メニューって。
でも、今は思う。なんと贅沢な特注だと。
そして今、私は相方姐さんとどこでも卵メニューを注文している。いまだにたまご。
もしかしたら我々もそのうちいろんな店に行って言い出すかもしれない。
「卵だけ焼いて。キャベツいらんで」
いや、たぶん言う。70歳になったら。
ほろ酔いの斎藤さんが定期的に言う名言はこれだから。
「うちら、おばあちゃんになってもこうやって一緒にふらふら呑んでるんやと思います」
と、きれいに終わろうと思ったが、忘れられない食べ物、もうひとつだけ、紹介したい。
◆豆腐、でも、からし豆腐
歳をとってからあたらしい土地やあたらしい人と縁ができたことで知る食べ物がある。
私にとって「からし豆腐」はそのひとつだ。
イメージして頂きたいのは、バジルを散らしたモッツァレラチーズ。
もしくは、レインボーなチョコをトッピングしたサーティーワンアイスバニラ。
まるの中に「練りからし」が入っている。
箸で割り崩しながら豆腐にからしを絡めて食べる。
または、まず割って醤油にからしを溶かしてから豆腐を食べる(と、公式的なものにあった)。
つまり、めっちゃ、まさに、「酒の肴」!
暑すぎる夏の日に瓶ビールと共にいただくと至高!
岐阜、名古屋、京都あたりだけのものらしい。
この連載の4話と7話にも登場した〝秘密の食堂〟で出会った。
夏だけ、ショーケースの中に並んでいたのだ。
浅漬けや、チーズちくわや、ポテトサラダや、明太ロールなどの小鉢と並んで、鎮座ましましていた謎の円形の物体はかまくら? 京セラドーム?
いつもは迷わずチーズちくわを手に取るのになぜか気になってしまった。
子どもの頃から甘いものより酒の肴チックな辛党だ。すぐに気に入った。
しかし、我が大阪にはない。あるのかもしれないが、いや、きっとあるのだろうが、ない。
近所の商店街にあるお気に入りの豆腐屋のおっちゃんに聞いてみた。
「おっちゃん、そんな大層なもんよぉ作らんわぁ」
余談だが「よぉ作らん」は英語で言うと「I cannot 何々」。
そのまんますぎて私のお気に入りの大阪弁のひとつだ。せやけど、ないねんて。
作れもせぇへんねんて、よぉ言わんわ。しゃあないけど。
そんなからし豆腐を、なんだかあまり出かけられなかったこの夏は一度も食べる機会がなかったのだ。あー。また来年。絶対に。ということで、願掛けがわりに書いてみた。
斎藤さんと、ぼちぼちと酒場巡りをするようになって、ある小説のことを度々思い出す。
大好きな川上弘美の小説「センセイの鞄」だ。
後に淡い恋仲となるヒロインのツキコさんと老いた恩師のセンセイが、大衆酒場で何年かぶりに出会い、酒の肴の趣味が合うことで意気投合する。
ツキコさんは後にちょっと気になる同級生とも出会うのだが、素敵なカウンターバーで「ワインのくるくる」(※グラス回すこと)や、美味しいけれどもなんだか気取ったメニューたちを食した後、通い慣れた大衆酒場のマグロ納豆や季節の肴たちを思い出したりする。
読んだときはまさか自分が大衆酒場に慣れ親しむようになるなんて思ってもいなかった。
最近、読み返して、ふふふとなった。
〝半分こ〟で楽しむ瓶ビールと共に、〝ぴったんこ〟に合う食の好みで選ぶ、おもろいもの、美味しいもの。
何より、肩肘張らない気取らないものは、なんだか、嬉しい。
ホントは、しっかりちゃんとしたこだわりの料理や栄養あるものが好きなんだけどね。
でも、げらげら笑いながら、こんな、おかしかったり、体によくなかったりするものを、月に1度、つつくのは、嬉しく、楽しい。
次回はどの町でどんな美味しいものに出会えるかな。どんな常連さんやお店の人に会えるかな。
最高のアテは、酒場に集う人々の様や、店の人たちの様、と、おもろ美味しいいろんなもの。
色とりどりの様は胃も心も満たされる、私たちの、ご馳走だ。