20. 豚まんと万華鏡 ~あるときもないときも~


「551蓬莱」のCMのフレーズをご存じだろうか。
 地方の方は知らないかもしれない。
 No.1大阪土産として皆が新大阪駅とかで買い求めようと長蛇の列をなす赤いパッケージの豚まんチェーンのテレビCMは超シンプルかつ強烈だ。
「551の豚まんがあるとき~!(わっはっはっは)」「ないとき~!(しょぼーん)」
 単純というかノリだけ。だからか、我々関西人のDNAに刻み込まれている。

 いきなり豚まんのCMを思い出したのは、私と酒場梯子仲間の斎藤さんは遂にやってしまったからだ。
 なんだかんだで不思議なほどに毎月飽きもせず続けている恒例の酒場ぶらり1日、その(ほぼ)「酒なし」の日を。
「お酒があるとき~、ないとき~」

 ひさしぶりに阪神尼崎界隈を共に呑み歩こうとしていた。
 酒場と、芝居小屋もひやかしながら、行きましょう。
 しかしお昼、待ち合わせの阪神尼崎駅に現れた斎藤さんは言った。
「ちょっと今日吞まれへんかもしれんくて~」
 訊けば前日ライブハウスで呑みすぎたと言う。
「ライブハウスとかのよくわからんハイボールって結構やられますね。寝たら回復すると思ったんですけどね」

 わかる。ハイボールは、ちょっと危険なことが多い。
「水みたいにいってまいますもんね」いかへんか。せやけどお互い
「うん、うん」
「激安居酒屋とかのハイボールとかね」
「呑んだことないけど50円ハイボールとかの店とか絶対ヤバい」
「絶対よくわからんウイスキーかウイスキー的なものを割ってるもん」
 めっちゃ偏見。それこそ水のように呑んでしまうからというだけかもしれない。
 ひとまず私は鞄の中からラムネの袋を出して渡した。
 気休め程度だが二日酔いに効くのでは?!
 でも無理は禁物。酒なんて無理してまで呑むもんじゃない。

 だから1軒目は喫茶店にした。
 以前も一度だけ「酒と酒の休憩に」と入った外観のステンドグラスが印象的な店「喫茶ジャワ」だ。

 

 

 斎藤さんは「胃によさそう」なバナナジュース。
 呑む気満々だった私はホットコーヒー(勿論ブラック)。
 なにかお腹に入れておいた方が、と注文したサンドイッチは、きちんと整列するように並べられていた。
「あんたら、なにしてんねん」と言われているような気がした。

 その後、芝居小屋をひやかしたのだが、この日はなんだかしょんぼりした印象だった。
 中条きよし似のベテランがもわもわと色気を漂わせながら歌ったり、京本政樹似の謎役者が謎の踊りを披露したり、でも斎藤さんの好みの若手イケメンが皆無だったのである。
 間が持たなくて私は木戸で売っているビールを買うことにした。
「はい、400円ね」 高! でも「ほな、いいです」って言いにくい。
 400円の350ml缶はたいへん微妙な味に感じられた。

 芝居小屋は微妙だったが、この日、見られたものがある。
 ステンドグラスだ。

 

 

 先の喫茶店にて、サンドイッチをつまみながらふと目をやると、レジの横にあった小さなボードの文字が目に入った。
「明日は休ませて頂きます」
 この連載にも書いたことがあるが、私たちはどこの店に行こうとしても必ずといっていいほど定休日にぶち当たる。
 自分たちで「定休日女」と名乗るようにもなった。
「明日でよかったですね(笑)」
 斎藤さんは記念に(?)とボードの写真を笑って撮る。
 ついでに「ステンドグラスも撮っていいですか?」
 お店の娘さんらしき人はにこにこ頷いてくれて、さらにおっしゃった。
「2階も見てみますか?」

 今は使っていないという2階にもあるらしい。
 電気を点けてくれるという娘さんに着いて階段を上ることにする。
 上ろうとする私たちにママさんも「ふふふ」と笑いながら「2階の方がきれいよ~」

 

 

 上がりきると、「ふふふ」の意味がよくわかった。
 ここはどこのお城? 教会? どこの国?
 大きな窓のステンドグラスから光が燦燦と射している。
 まるで映画に出てくる西洋の教会。
 または童話の世界でお姫様が閉じ込められている小部屋。
 今自分たちはどこに居るのか。何時なのか。
 大袈裟ではなく、一瞬わからなくなるくらい、忘れてしまうくらいの空気。
 がやがやとした生活感溢れる商店街のすぐ傍なのに。
 創業から60年以上という一軒家喫茶店の秘密の2階でみた景色は、
 安ハイボールの酔いが見せた幻? いや、さっきのラムネが変身した? そんなことはない。
 しらふだけれど、だから出会えた宝物みたいな秘密の場所と時間だったのかもしれない。

 というこの話&原稿は、実は、約1年程?
 とは言いすぎだが、それくらい前の話で、書いていたのもそれくらいのこと。
 ご無沙汰しています。ごめんなさい。書き直しました。書き足しています。
 でも、こうして、またお目にかかれて、お会いできて、とてもうれしいです。
 1年前って、結構でかい。とっても、前だ。いろんなことを、思い出す。

 実はわたしは酒好きじゃない。
 嫌いではない。嫌いでもない。が、正確かもしれない。
 最近、考えたりするようになった。

 昨年9月、ちょっと体調を崩し、体が酒を受け付けなくなった。
 それでも「呑めへんとおもしろくない」と無駄な負けず嫌い気質で稽古と称して呑んだ。
 ちいさいちいさい缶ビール、お供えでもお馴染みの135ml缶。
「賭博黙示録カイジ」で主人公カイジが地下で「キンッキンに冷えてやがる」と呑んだあれだ。
 あれっぽっちだなのに、おいしいとは思わなかった。のに、酔った。
 酒は百薬の長とも命を削る鉋(かんな)ともいう。
 落語家が酒噺の前にするまくらを思い出したりもして。
 すぐ回復し、呑んだけれど、なんだか(今まで以上に)体に気を付けるようにもなった。

 ところがこの度、春、連休前4月、またまたやらかした。
 朝起きると突然声が出なくなり、駆け込んだ耳鼻科の女医に「アウトやで」と怒られた。
 ただの花粉症だと見くびっていたのがいけなかった。
 花粉や黄砂、アレルギーと、ストレスと免疫力の低下。
 メンタルもやられ、いろんないろんなことを考えた。
 つまり、もう若くはない、ということもあるのかもしれない。

 このたび無事、解禁した・できたときの、まあ、巧さったら!
 そうでもなかった。
 解禁できたとき、じぃんとしたのは、酒よりもコーヒー。
 でも、酒も、ああ、健康で、適度に(!)吞めるって、
「呑めるように戻る」って、うれしいこと、ありがたいことかもしれないなあ。

 ちょっと呑んでいると、呑んでいないときには見えない景色も勿論あるのだろう。
 でも呑んでいないから、できること、みえることも、きっとたくさんあって、あの日の不思議なステンドグラスは、そして、この度の経験は、そんなきっかけや象徴なのかもしれない。
 これは、既に書いていた文なのだが、今も、改めて、とても、思う。

 斎藤さんとは、ほぼ毎月〝ツアー〟をしている。
 でも以前のように「知らない店をたくさん梯子」ということはあまりしなくなった。
 ステンドグラスの翌月には大阪で芝居&町中華ツアーをしたし、互いの用事終わりに地方で落ち合って、呑んだり、花見をしたりもした。

 

 

 

 

 行きつけの新世界・通天閣下の「酒の穴」にも足を運んだ。
 この連載にもしばしば登場する仲良しの店員さんからは「来て偉い」と褒められた。
 足を運ぶも定休日に当たり過ぎていた天王寺阿倍野「正宗屋」にも行けた。
 立ち呑みファンの中では有名な大衆酒場(肥後橋から梅田に移転)「わすれな草」にも行き、斎藤さんはたくさんいる店員さんの中で「あのイケメンの兄ちゃんからジョッキを受けとりたい」とカウンター越しに目を光らせるも、スルーされたりした。

 全国でも珍しい「レトロ肉屋の店内で肉を見ながら揚げ物で呑む、しかもきちんとテーブルを飾ってくれてナイフとフォーク付きで」という〝肉屋呑み〟もした。
 謎の「ちょい呑み出来るクレープ屋さん」にも行った。
 この2軒のことは、追って、また書きたい。

 呑むのも楽しい、会って、呑んで、なんてことない話をつまみにわいわいは楽しい。
 でも酒があっても、ないときでも、そない呑まないようになっても、それもええ。
 お酒が「あるとき~、ないとき~」そして「会えるとき~、会えないとき~」
 どちらもええな、おもろいな。
 呑んでも呑まなくても、ひさびさでも、みえる世界は、みたいように多角的、まるでステンドグラスの万華鏡。
 呑みすぎと安い割りもの、そして体にはほんまに注意しつつ、あるときもないときも、参りましょう。

 さて、この日、バナナジュースとサンドイッチでちょっと回復し、イケメンが居なくてテンションが上がりすぎず穏やかになった斎藤さんは言った。
「なんか食べたくなってきた。ラーメン?」「ラーメン?! マジで?!」
 目についた札幌ラーメンに店に入り、斎藤さんはたっぷりの野菜に胡麻のかかった味噌ラーメン、
 私は真っ赤なスープにもやしと挽肉の担々麺をぺろっと食べた。

 壁にはこの日2度目のステンドグラスがきらきらしてた。

 

 


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