暑い暑い夏のビールもええけど、いい気候の秋の酒場もいいよねえ。
斎藤さんとのひさびさの再会はスポーツの日だった。
たまたまである。
阪神尼崎の集合に先に着いたようでLineが来た。
「立ち食いうどん前に居ますね」
「わかりました。お出汁の辛いうどん屋さん前に行きます」
なんでそこ? なんの会話?
「いやぁ、どっから現れるかわからんかったから」
「確かに。チャリで来ようかとも思いましたが(笑)」
そのまままっすぐ向かったのは、駅すぐの大衆酒場「正宗屋」だ。
ひらひらしている暖簾の下に昼からもう呑んでるひとたちの足が見える。
本日も盛況なり。本日は青天なり。
入れるかなぁなんて言いながら暖簾をくぐると、
「こっち。今、席あけるわ」
「あいてるで。どうぞどうぞ」
お店の人は勿論、呑んでるおっちゃんたちも声をかけてくれる。これこれ、この感じ。
通された席は、料理をする店の人たちや呑む皆さんの様子がぐるっと見渡せる〝アリーナ席〟(我々が命名)の中でもSS席みたいな席だった。
着席すると、目の前のカウンターには、前の人が食べた塩焼きのさんまの頭が居た。
目が合う。こんにちは。お邪魔します。秋ですね。
「何しましょ」
「瓶ビール~」
食べたいものは悩みに悩む。
「ポテトサラダ?」「ごめん。ないねん」「ないかー!!」「なにしよーー」
女将さんはペンと伝票を持ったまま一時停止。
「えええっと、後でまた言います~」
「うん、またじゃあ後でね」
盛況なのだ。わたしたちの前で止まらせていてはいけない。
女将さんは別のお客さんの注文を聞きに行く。
てきぱきと動く姿が気持ちいい。
背中を見送り壁に穴があくほどお品書きの短冊を2人して睨む。
どちらからともなく言い出したのは、
「なすびのからあげって、なんやろ?」
「わたしも気になってました」
天ぷらちゃうねん。からあげやねん。しかもひらがな。なんやろ。これにしよ。
注文の声をかけようとするが女将さんの姿はカウンターの中にない。
他の従業員さんたちは料理に注文ききにめちゃくちゃ忙しそう。
あのお兄ちゃんに言おう。大瓶のおかわりとおでんもね。
「いや、でもあかん」「え?」
「あのひと、さっき刺身のマグロさわってた。マグロの手でビールとってほしくない」「そこかー」
とか言っていたら「よっこいしょ」と入ってきて隣の席に座ったご老人が手伝ってくれた。
呼んでくれたじゃない。手伝ってくれた。
忙しくしている従業員さんを指して「あっち、あっち」
目で追い話しかけるタイミングをうかがうわたしたちを見て「そっち、そっち」
手伝ってくれたじゃないな、応援してくれたか。
結局マグロをさわってからだいぶ経って手を洗ったお兄ちゃんに頼んだ。
「な~す~び~の~か~ら~あ~げ~~」
呪文か。2人揃って言うから効果はきっと絶大。楽しみすぎる。
隣の御老人は「中生」を呑みながら刺身をたいらげ、
続いてアジフライで日本酒をやっていた。ゆっくりゆっくり日向ぼっこするみたいに呑んでいた。
ところで。
我らが、いや、我らも行きつけの大衆酒場「正宗屋」について、長年の謎が解けた話をしたい。
すこし前のこと、酒場巡りのパイオニア井上理津子さんの『旅情酒場をゆく』(ちくま文庫・2012)を読んでいて、「あ!」となった。
関西周辺には「正宗屋」という屋号の大衆酒場が幾つもある。
でも、なんだかチェーン店のようでチェーン店じゃないようなというか、雰囲気も、メニューも、違うし、どこが本店かわからへん。なんでなんやろと思っていた。
斎藤さんとも「え? ここにも正宗屋があるー」とか「本店? 本店ってどこー?」みたいな会話をよくしていた。
チェーン店ではなく、のれん分けらしい。
戦後に始まった本店は生野区にあって、
ここで6~7年修行をした4人が独立をして暖簾をあげた。
「酒蔵」「寿屋」「松屋」そして「正宗屋」4店で修行をした人はその屋号を使ってもいいし、別の屋号を使ってもいいとのことで、ここからまた独立開業をしていったらしい。
つまり、今、関西には本店の孫やひ孫である正宗屋が頑張っている、ということ。
せやから各正宗屋でメニューも味もお店の雰囲気も違うんやねえ。
いつかすべての正宗屋に行ってみたい。
勝手にスタンプなしのスタンプラリー。いや、勝手に正宗屋マラソンをしたい。
同じく酒場巡りの大先輩・大竹聡さんのホッピーマラソンにも敬意をこめて。
呑んでからふらりと入った芝居小屋では役者たちが運動会をやっていた。
歌と踊りと芝居ではない。芝居と踊りの時間終わりのファンサ的イベントだった模様。
化粧した顔で赤白帽をかぶり体操服姿の役者たちにファンらがきゃーきゃー言っていた。ぐるぐるバッドだの縄跳びだの。なんだこれは。でも、皆楽しそう。
歌や踊りが観たかった我々は申し訳ないが途中抜けをして近くにあるもうひとつの劇場に行ってみた。
気力も体力もMAXに使って踊る座長が目を向いて踊っていた。
運動会以上に運動していた。
メニューも味も看板も雰囲気も、それぞれ、いろいろ。
でも、どこも熱く、どこにも熱心なお客さんが居て、楽しんでるんやねえ。
2種の運動会を応援した後は、気になっていた劇場近くの角打ちに入った。
店の人は常連さんたちと競馬中継に夢中で、一見の私たちなんて放ったらかしで観ており、スポーツ新聞を持ってきて「せやから言うたやろ」とか盛り上がっていた。
でもそれもなんだかいい。なんだかとってもスポーツの日。
「ニャー」と鳴き声がしてふとみると白い猫が店の中をゆらゆらと歩いていた。
さっきの酒場に入ったときにあったさんまの頭をあげたかったなと思った。
運動してへんけどお腹がすいて帰りにラーメンセットまで食べたこともスポーツの日ということで。
なすびのからあげはただの素揚げ。でもそれもなんだかいい。
たぶん他の正宗屋にはないんやろな。本日も青天なり秋深し。