5、下町にある〝空豆のお布団〟 ~ひとしく、やさしく、あったかく~


 

 

 

 あるお洒落な酒場で素敵なサービスをしてもらったことがある。
 斎藤さんの隠れ家のひとつ、
 まるでジブリ映画に出てきそうなちいさなお店でのこと。
 チーズ盛りと自家製パンとビールで騒いでいたらママさんがニコニコと一皿出してくれた。
「これ良かったら食べて。季節ものだから」
 目にも鮮やかな空豆だった。

 空豆はサヤをひらくと豆が白っぽいワタに包まれている。
 皆様は御存じだろうがアホな私たちは初めて知った(笑)
 斎藤さん曰く「ワタワタ!」、私も口を合わせて「わぁワタワタ!」
 ママさんはにっこり笑って教えてくれた。
「ワタワタも食べられるよー!」
ということでお洒落なスプーンでワタワタとワタワタ掬っていただいた訳なのだけど。

 翌朝私は恒例のライン反省会で思い出した。
「そういやピーターラビットのシリーズに、空豆の中でねずみが寝てるイラストがあったなあ」
「まちねずみジョニーのおはなし」の田舎ネズミ・チミー。
 キュートなイラストを覚えている方も多いんじゃないかなあ?
 早速斎藤さんに画像を送って伝える。めちゃくちゃ食いついてきた。
「お布団!」

 そこからだ。私たちの合言葉となったのは。
「立ち呑みはお布団! 空豆のお布団!」
 毎月の旅を進めていて本当に思う。飾らない立ち呑みや大衆酒場ってまるでお布団みたいだと。
 さまざまな人、年齢や性別、さまざまな想いや人生を等しく包み込んでくれるワタワタのお布団みたいやなあと。

 ◆憧れの〝ホット師匠〟

キマってたなあ。釘付けでした

キマってたなあ。釘付けでした

 まだ暑さの残る秋の昼過ぎ、強烈な老紳士に出会ったことがある。
 きちんとした背広に身を包み杖がわりのシルバーカーを押しゆっくりと入店し注文をした。
「ハイボール。ホットで」
 私たちは思わず顔を見合わせた。
 しかしカウンターの向こうの女将さんは何食わぬ顔。ジョッキにウイスキーを注ぎ、上からお湯をどぼどぼと注いで、
「はーい。ハイボールねー」

 梅田の地下街「ホワイティ」の中にある時が止まったかのような立ち呑み屋でのこと。
 老紳士は名物の冷奴を頼んだ。
 女将さんはまた自然に「温めよかー?」
 頷く紳士。女将は奴をレンジでチーン。「はーい」えー?!
 しかし後から別のお客さんが「湯豆腐ない?」と訊くと女将さんはきっぱり言った。
「ないねん。明日くらいから始めようと思ってるんやけどねー」
 背広姿の老紳士は知らぬ顔でホットハイボールを啜っていた。煙草の灰を両隣2つの灰皿に落としながら。
 女将や大女将はかわるがわる彼に挨拶に来た。
「こないだお芋ありがとう。美味しかったわぁ」
 紳士はうんうんとおざなりに頷き、なぜか途中でネクタイをはずして腰に巻き直し、オナラをひとつして帰って行った。なんかわからんけど最高だった。
 だから私と斎藤さんは決めた。
「いつかあんなタチノミストになる!」
 きっと毎日来てはるんやろなあ何年も何年も同じように。
 私たちにはまだまだ先や~。

 ◆美魔女と桑田と長渕と

まさに人間交差点

まさに人間交差点

 お次はお馴染み西成でのカオスな出会いのお話。
 私たちが酒場を通してのふれあいや人情を最初に感じたのはやはりこの地西成に入り込んだことが大きいと思う。
 忘れもしない謎のオレンジ色のビニールシートの迷店「かんむりや」(第1回目参照)で、
「ねーちゃんら、よぉこの店入れたなあ!」
と、声をかけてくれたのは対称的な2人のおっちゃん。流れでそのまま次の店へと案内をしていただくことになった。

お世話になりました

お世話になりました

 連れ行っていただいた店は西成でも若者が集うことの多い店だと後に知る。芸人やYouTuberも集う店のようだ。
 2人のうちの陽気なおっちゃんはこの店で毎月イベントをやる仕掛人らしい。80年代アイドル歌謡をかけるイベントを開催するのだそうだ。
「キャンディーズとか?!」
「アホか。キャンディーズはもっと前やろ(笑)」
「おっちゃん、なんか桑田佳祐みたいやな」
「え?」
「ほんでもひとりのおっちゃんは長渕剛」
「ええ?!」
「いや、顔が似てるとかやなくて、曲が好きとかじゃなくて、なんかさっきから話しててイメージで」
「物書きの言うことは変わってるなあ。けどわかるわ。おぉ桑田かぁ」
 こんなアホな話からグッと距離が縮まった。
 しかし斎藤さんは途中から離脱した。今回も〝おっちゃんキラー〟の実力発揮で私より先に2人と打ち解けていたのに。
 斎藤さんは途中から謎の美魔女と肩を並べて語り合っていた、目には涙!
 私たちが連れられてきた時から居た謎の美魔女。
 彼女は含みのある笑みを浮かべて
「わかるわぁ。いいと思いますぅ(ハートマーク)」
 サバサバと語りながらも細巻きの煙草を片手に時折憂いのある表情を浮かべる〝いい女〟風のおねえさま。なんと斎藤さんと2人でプチ女子会まで始まった!

「嘘、地元が偶然同じなの?! 」
 何、イオンが出来たとかそんなローカルトーク着いていけないし! 入りこむ隙間ないやん! と、冷静なツッコミが出来るのは今だからであって私はもっとアホウになっていた。
 2人のおっちゃんとガチンコトークをしていたのである。
 テーマ? 「ロックとは何か」。アホすぎる。

 ちょうど映画「ボヘミアン・ラプソディ」が大流行していた頃だった。
 桑田さんは途中で離脱。アイドル路線だもの。飽きたのだろう。しかし長渕さんはなぜか熱く語り出した。
「自分の言うことわかるわ。俺もクイーンは好きやけどロックとは認めていない。映画に関しても思うことある」
ブルースが好きでバンドをやったり役者を目指したりしていた過去も話してくれた。ああ、やっぱり〝長渕さん〟やん。

 桑田さんと長渕さんにはその後会っていない。というか合わす顔がない。
 その夜、ご機嫌モードな私たちはそのまま天王寺駅まで歩いて帰ることにしたのだが、長渕さんは心配して私たちと一緒に駅まで歩いてくれた。にもかかわらず全員が駅近くではぐれてしまった。
「もうバイバイしたと思って先に電車乗っちゃいました」
「私ずっと待ってて。しゃあないから帰ったよ」
 翌朝、誤解がとけて私たちは友情崩壊とならなかったのだが。長渕さんすみません。恥ずかしくてその後店には顔を出していない。いつか懐メロイベントにも行ってみよう。

カオスな夜の思い出・・・

カオスな夜の思い出・・・

 しかし! 例の美魔女とはその後なぜか西成でしょっちゅう出会う! 偶然に! 含みありそうな目線と甲高い声で歓迎してくれる。
「いやぁーん、元気してたぁ? ええねえ。仲ええんやねえ。いいと思いまぁす♪」
 なんと! 困ったことに最近では彼女の方から恋愛話までしてくるようになった! 
 ごめん! これは無視したい!(笑)
 でも、やはりあの日は私たちにとって「西成」と「はだかんぼ」の入り口だったのかもしれないなあ。

 ちなみにこの時くらいから分かったのだけど、斎藤さんは酔っぱらうとフニャフニャになる。
 甘えたり泣いたり(はこの時くらいだけど)女子になる。
 反対に私は酔っぱらうと怒る。化けの皮がはがれてチンピラモードになる。
 さらに酔っぱらうと斎藤さんはこけたりする(らしい)。倒れる。
 私は意地っ張りでその場では記憶あるも「ばいばい」してから倒れるように寝る。
 どちらも本当にろくでもない。反省しましょう。ほどほどにね。

 ◆満月さんと三日月さん、「立ち呑み、おもろいやろ?」

 旅を続けるうちに「エイヤーッ!!」と飛び込むことにもちょっと慣れてきた。と同時に嗅覚も鋭くなってきた。
 ある日ほろ酔いで天満の路地を歩いていたら匂う店があった。
 暖簾を見て、
「ここ絶対おもろいですよ」
「行きましょう」
 天満にある角打ち、「堀内酒店」。
 漏れていた、面白のにおいが。
 暖簾をくぐると知らない常連さんたちが「おお、ひさしぶり!」
 うん、もう大丈夫。一気に〝我が家〟。

ほんま、偶然出会ったのです

ほんま、偶然出会ったのです

 カウンターに案内されると〝THEこてこて大阪のおっちゃんでっせ〟なおっちゃんが威勢よく訊いてくれた。
 お店の人? いや近所のお店をやってる常連さんが手伝いとして来ているっぽい。
「何します? 瓶。どっち? 〝恋の町〟かそうでない方か!」
 笑ってしもた。ほな、石原裕次郎の方でお願いします(笑)
「どっから来たんでっか?」
「なんでうちに?」
「へぇーっ! ストリップが好きなん。へぇーっ!」
「冷奴はポン酢かけなあきまへんで」
「さっきカレー食べてきた? うち昨日カレーの日やったのに。今度カレーの日やる時電話しますわ!」
 間髪入れずポンポンポンポン話すおっちゃんはまるで漫画「じゃりン子チエ」のテツのよう。

 金曜夕方6時。
 機嫌よぉやってる常連さんの顔ももう皆赤い。
 ほとんどのお客さんの手にはビールではなく缶の「タカラ焼酎ハイボール」。美味いけどきっつい酒!
〝テツ〟は焼酎ハイボールをフルーツ牛乳で割っていた。
 ちなみにアニメ映画「じゃりんこチエ」でテツは日本酒をオレンジジュースで割っていた!やっぱりテツや! そして口も悪い!(笑)
「(斎藤さんに)どないしたん。そんな丸い顔して。あんたお月さんみたいな顔でんな」
「おもろいコンビでんな。あんたさん(私のこと)は花王石鹸。誰が花王石鹸やねん怒られるで。いやいや、女性2人にすんません」
 騒いでいたらマスターである初老のおっちゃんもカウンターに寄ってきた。七福神の中のいっちゃん細い神さんみたいなおっちゃん。いや「杜子春」に出てくる仙人みたいか。
 仙人も決して口数は多くないが会話に入って下さった。
 故・米朝師匠(はほんまは大阪出身やないけど)みたいな口ぶりで。
 天満にあった古いストリップ劇場のことを教えてくれたかと思えば目を細めて
「あんたら、あれやな、〝なんかする人〟やな。作る人というか。お勉強やな」とご慧眼!
 仙人はもっと話したいことがあるようだったがテツがすぐに茶化しに入る。
「またそないして口説こうとするでしょ」
「いやぁ、きれいなおねえさんらやからアガってますねん」
「すんませんなこの人ボケてまんねん。女の人のところにはこないしてずーっと貼りつきますんや」

恋の町札幌、ならぬ、面白の町天満

恋の町札幌、ならぬ、面白の町天満

 面白かったので数か月後再訪したのだがテツは私たちのことを覚えていなかった。
 でもね、仙人は暖簾をくぐった私たちをぱっと見て言うてくれた。
「おお、ひさしぶり。ご機嫌さん」
 そして彼はやっぱり仙人だった。
 私たちがご機嫌で呑んでいる最中にポツリと言葉をくれた。
「立ち呑み、おもろいやろ?」
 沁みたなあ。

 心はだかの梯子酒の旅で私たちはこれからもきっとこの先も様々な人と出会うのだろう。
 けれど〝空豆のお布団〟は皆をあったかく包み込んでくれる。
 どんな人も拒ばない、否定しない、包み込む。
 おっちゃんたちもおねえさんたちも、お店の人もお客さんもろくでなしな私たちもなんだかみんなはだかんぼで平等だ。
 また旅に出よう。〝お家〟に帰ろう。お布団へ。
 今でも旅の途中ふと仙人の声が蘇ってくることがある。

「立ち呑み、おもろいやろ?」
 おもろいなあ。おもろすぎて満腹や!


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