6、またあの〝劇場〟で ~我が良き場所よ友よ~


〝はだかんぼ〟ってなんやろう?
 服を脱ぐということは勿論やねんけど心を脱ぐということについて。
 あ、いや、アホやから考えてもわからんねんけど(笑)

 相方・斎藤さんとの月1回の大阪の下町酒場巡り。
 ひょんなことから出会い、気付けば始まっていたこの一日梯子酒ツアーは、いつからかどちらからともなく〝はだかんぼツアー〟と呼ぶようになっていた。
 酒場でおっちゃんたちと一期一会の出会いを繰り返す内にである。

 普段の生活では出せないような自分、世間体とか「嫌われたらあかん」とか、
「アホやと思われんようにせなあかん」なんて〝イキってる〟自分が、気付けば脱いでいたり脱がされていたりする。
 何も考えず、嗅覚と時にグーグルマップとで酒場を探し、おっちゃんたちを尊敬と憧れの目で眺めながら瓶ビール1本と1~2皿のアテを〝半分こ〟して呑み、次の店やお腹減らしのためのいろんなスポットに気の向くままに歩くだけ。全然真面目な話はしていない。アホな話ばかり。ずっとげらげら笑っているだけ。

「笑いすぎて翌朝目の下めっちゃ皺皺なります」とは斎藤さん。
 そう、若くもなく、10ほども離れていて、住んでいる土地も違う女2人がほぼ毎月にわたり呑み歩くというアホみたいな旅だ。気づけばもう2年くらいもやっている。
 高田純次にも円広志にも会わないけれどおもしろ人やおもしろエピソードに出会ってきた。本名も知らない常連さんやお店の人と仲良くなり、〝ホーム〟みたいなお店も出来た。日々と人生のちょっとした糧になった。そんなほろ酔いで夢うつつの〝はだかんぼ〟の旅……。

 せやけど、ちょっとした「事件」が起きた。

 2月のツアーのことである。
 2月はなんと4日連続で会った。私たちのツアーは斎藤さんが仕事の休み期間に帰省している際に行われる。
 年明け1月は斎藤さんの事情でツアーを出来なかった。という理由で2月にあっちゃこっちゃ行くことになった気がするが、いくらなんでも会いすぎである。カップルかてそない会わん(笑)

 3日目に、ミナミ・心斎橋~難波巡りをした。
 道頓堀のひっかけ橋や吉本の殿堂NGKなどに行く訳ではない。
 互いに仕事と用事を終わらせ夕方に待ち合わせてまずは純喫茶でホットケーキ!

ミナミの一番メイン通りにあるゴージャスな純喫茶

ミナミの一番メイン通りにあるゴージャスな純喫茶

 難波ど真ん中にひっそりとある昭和21年創業の純喫茶でわいわい喋る……からのお互い若き日に通ったライブハウスなど思い出深きアメリカ村を散歩した。
 さて呑みはというと、珍しくたこ焼き屋に寄ることにした。
 カイヤの元旦那・イケメン川崎麻世が「大阪にある宇宙一美味いたこ焼き屋」と絶賛し、足繁く通う店があるのだ。
 私は未体験、彼女は何度か通った有名店らしい。
 思えばこのたこ焼き屋がナニカの引き金だったのだろうか……。

注文の多いたこ焼き店

注文の多いたこ焼き店

 とりあえず1本をはんぶんこ。え~?! 大瓶じゃなく中瓶~?!
 さらに忙しそうにたこ焼きを焼いていた店のおっちゃんからピシャリと告げられた。
「注文はひとり1品ずつ。あとたこ焼き何個? 追加やおかわり出来ないから今決めて!」
 え~! 大阪のたこ焼きは飾らなさが魅力なんちゃうん?! ちょっとルール厳しいんちゃう~?!
 今思うと祝日と重なった週末連休で混み合っていたからかもしれないが、
「あかんな~。ちょっとイキってたなあ」
「美味しかった! おかわりしたい! って人、気持ちぺしゃんこになる!」
 たぶん次はないなぁ。

 さてお次はキャバレーへ。嘘。元キャバレーへと行くことになった。
 ミナミのど真ん中にある元老舗キャバレー「ユニバース」は、2011年に閉館してからは貸し小屋のライブハウスとなっている。
 ここで斎藤さんのお目当てのテクノイベント2daysの2日目があったのだ。
 私にとっては若き日に3回ほど訪れ、オバアなホステスさんからいろんな話を聞いた思い出の場所である。
 だからイベントには興味がないけれど、ワンコインだし中の様子を見たくて一緒に行った。
 彼女の推しは初日に出ており1日目も参戦したとのことでこの日はさくっと。
 2人共ドリンクチケットと共に缶ビール1本だけ。懐かしきユニバースはフロアも内装もほとんど変わっていなかった。15分もおらず一緒に帰った。

ある意味またまた思い出の場所となりました

ある意味またまた思い出の場所となりました

 この晩。私は寝る前にポンと壁に左足をぶつけてしまった。
 踊ってもいない。暴れてもいない。酔ってもない。中瓶やし(しつこい)。
「痛っ!」と思いながらもそのまま寝た。だって翌日も約束しをていたから。
 以前から企画していたお楽しみ。石切神社の参道に出ている市や、怪しげな占い屋やお土産屋をふらふら散策して呑む予定だったのだ。
 なんの信心も信仰心もないが参道が面白そうだからという理由で。
 ところが起きたら痛みが半端なかった! なんや! なんなんや! とりあえず待ち合わせてるし行かないと!
 でも足は言うことをきかなかった。笑ってしもた。
 結果、ちんたら引きずりながら待ち合わせ場所の鶴橋駅まで這う這うの体で。ひー!
 朝早く集合して伝えた。「やってもた!」
 しかし斎藤さんはいつも通りノホホーンだった。
「え~!? じゃあ私ひとりで行きますからmomoしゃんは帰りましょ~」

 私の声①(え。さみしいやーん。しかもそんな軽々しく……)

 でも「いやいや! せっかく前から言うてたんやし! 行きます行きますわしも!」
 しかし駅でも参道でも痛い! この神社、御利益ある? あるよね? 私にはないん?
 あ、参拝前に先におでんとビールやってもうたから?!

ハウンドドッグの顔切れとる

ハウンドドッグの顔切れとる

「歩くのゆっくりでほんますみません……」
「いやー、私も足の小指が痛いんですよねー。だから大丈夫~。
あ、占い。人生占ってもらいたいんです~」

 心の声②(ん。心配より占い?!)

 結局その日はそのままいつも通りに数か所梯子した。
 いつもよりちょっと早く解散したこと以外なにも変わりはなかった。私もほんまにアホである。

 翌朝、近所の病院に駆け込んだ。
 初めて行った近所の病院はまるでコントだった。
 レントゲンを写す際も「わ~体やわらかいね~なんかスポーツでもしてたん~?」
 さて結果は左足の薬指が折れていた。「いや~見事に折ったねえ~」褒めるな!
 診断は「うちでは責任とれへんからちゃう病院紹介するわ」 その間に固定とかは?
「固定? したら歩けへんで~。あ、湿布いる? いる? 出しとくわ」
「湿布?!」
「まあしばらく貼ってたらええんちゃう? いや、そんなに意味はないねんけどねえ」

 今まで一切書き込んだことのない某匿名掲示板に悪口を書く人の気持ちがちょっとわかった。と、同時にめちゃくちゃ悲しくなってきた。骨ちゃう、心が折れた、コントのせいで。
 なんでこないなるんや……。落ち込みと、でも、落ちたらあかん、気持ちを張らなあかんと思う気分とが交錯した。なんなんや!

 とりあえずまず斎藤さんにLineをしておかねば。
 医者のどうしようもなさを笑い話にして書いた。怒りで、もあるが、気を使わせたくなくて。
 しかし彼女はまたノホホ~ン。に、私は感じた。感じてしまった。
「折れとったんですねえ~」
「え~。固定とかは~? うちの近所の整骨院とかなら固定してくれますよ~。普通はそうですよ~」

 何かがまた折れてしまった。
 気遣わせたくないと思って軽く言ったのは自分なのに。
 今度のはガッと壁にぶつけてポキッではない。
 骨みたいに細い木の枝に積もった雪がまた積もり、積もり、積もり、ポキッとなってしまった。

 その後斎藤さんはいつも通り悪気なく、自分の話題ばかりをLineで送ってきた。
 病院の話じゃなく他のいろんなどうでもいい話。次の日もまた次の日もいつものように。
 数日後、ああ、私は遂に送ってしまったのだ。

「ほんっまに申し訳ないんやけど、こんな時に自分のことばかりとか「私の場合は」「普通は」っていう、なんというか決めつけみたいのはちょっとしんどくて。こんな時になってぶつけてもうてほんまにすみません!!」
 体がしんどくなると気持ちにまで来てしまう。弱い。弱すぎる。
 でも私はたまりにたまったものを書いてしまった、めっちゃ謝りながらもぶつけてしまった。

 戸惑った返事が来た。「すみません……」
 お互い謝りながらやりとりをした。ケンカにはならなかった。どちらかにどちらが言い返すこともなかった。押し付けることもなかった。
 いや、私が言うのはおかしいし、間違っているのだけれど。
「こんな時に言うてすみません」
「こっちこそすみません。自分ではわからんから。言うてもらった方がいいんです。おばあちゃんになっても仲良くしてたいし出来るって思ってるから」
「わしもそない思うから言うてもうて。でもめっちゃ卑怯でした、ほんまにごめん」

 明るいスタンプの送り合いで終わった。
 しかし毎日毎日、主に自分の話題中心に送られてきたLineはしばらく来なくなった。私もしなかった。正直に書くととても楽になった。が、一方で罪悪感もめちゃくちゃあった。

 数日後こちらからLine。もう一度謝ると謝られた。互いに謝り合って、なぜか話題に出てきたのは互いに好きな「じゃりン子チエ」だった。
「子どもの頃ヒラメちゃんに似てるって言われたことがあったので、ヒラメちゃんとチエちゃんみたいにずっとおれたらええなって思います(笑)」と斎藤さん。
 私は返した。「アントニオJrと小鉄でもいいですね(笑)」
「それや~! (笑)」

 以前突然くれた缶バッジセットを見直した。下町で生きる逞しい人々が笑っていた。

 実は私たちは好きなものが全然違う。
 ごりごりのテクノ、DJイベント(でのテキーラ合戦)、ライブハウス、マドンナ。
 浮世絵、プロレス、ヤクザ映画、今村昌平。
 岡本太郎、お洒落な雑貨、外国のインテリア、インスタ映えするお洒落なカフェのかわいいスイーツ。
 狸の置物、下駄、豆腐屋、養命酒と梅干し。

 互いに好きな旅芝居・大衆演劇でも注目する役者が違う。
 イケメンスター、ぴちぴちの〝白米が似合いそうな〟若い座長。
 過去に訳ありそうな愛想なしの流浪人、業が滲み出るような老優。
 子どもの頃のアイドルも違う。
 川崎麻世、沖田浩之、シブがき隊。
 市川猿之助(現・猿翁)、古田新太。

 せやのに、なんでや、〝ぴったんこ〟。
 卵料理がめっちゃ好き。チーズが好き、スモーク(燻製)が好き、アボカドが好き、おでんが好き。
 いつもアテを選ぶ時「これは?」「私も頼もうと思ってた!」「わー! よかった!」なミラクルがしょっちゅうだ。
 さらに普段でも同じ日に別の場所で偶然同じランチを食べていたり、同じ日に大掃除をしていたり髪を切りに行っていたりする。
 知り合って間もない頃に斎藤さんの鞄の中に入っていた文庫本が私の愛読する1冊だったこともある。こわっ!

 そしてどちらもめっちゃ人見知りで実はメンタルがそんなに強くない。
 せやのに「あんたは大丈夫やろ~」と言われがちなところも一緒だ。
 だから会った日はどっちも自分の話をめっちゃしたくなる……と、わかっているから私はいつも勝手に聞き役みたいに勝手に徹して勝手にぶつけてしまった。アホすぎた。

 今のところ最後の「はだかんぼツアー」となったのは3月半ばだった。
 まだ宣言や外出自粛も出ていないときだったが悩んだ。
 悩んだあげくに出た答えは「会えそうなちょうど真ん中くらいの場所は?」ということで滋賀県・彦根へ。
 2人共この地に全く詳しくないのに。ノープランなのに。

彦根駅からすぐ

彦根駅からすぐ

1軒目はここに決定!

1軒目はここに決定!

 街の食堂で、制服姿の駅の人たちや地元の人が財布だけ持って次々に遅いお昼に来る中、冷蔵ケースから選んで出した小鉢だの、ハムエッグだの湯豆腐だのを並べて「わーい!」といつも通り騒いだ。
 帰り際に奥さんらしき人が「あれ? もう帰るん~?」と笑ってくれた。
 続いて喫茶店を探し放浪するも、やっと見つけた店は早じまい。
 がっくりしながら歩いていたら、突然洒落た立ち呑み屋に遭遇!
 砂漠にオアシス! 彦根にオシャン立ち呑み!

オアシスを発見した旅人の気分

オアシスを発見した旅人の気分


ヨーグルトいちごにごり酒

ヨーグルトいちごにごり酒

 このツアーで初めて日本酒の呑み比べセットを選ぶことにしたのだが、春のお酒4種類を持って来てくれたおかみさんが「3つ選べるけどどうします?」と訊くと、斎藤さんはきっぱりと「彦根以外で~!」
 それ言う?!(笑)

 春の陽差しの中、ニコニコ笑うおかみさんと世間話しながら呑むお酒は素敵やったなぁ。
 さらになぜかチェーン居酒屋にも行った。このツアーで初のチェーン店。なんで?! 答え、ただのノリ!
 しかもお腹も減っていないのにサイコロチャレンジまでした。
 2つのサイコロを転がして出た目の数だけの個数の唐揚げが食べられる。しょーもな!
 サイコロを振ったは斎藤さんが出した目は6と6。12個!!

出す?! 6と6出す?!

出す?! 6と6出す?!

 でもわぁわぁ喋って気づいたらお皿の上は空になっていた。
「ひこにゃんおらん!」「ひこにゃん自粛?!」

 帰宅した朝のLine反省会もしょうもなかった。
「サラダパン買うの忘れた!」「駅前で買うたらよかったですよね!」「サラダパン~!」「ギャー!」
(※滋賀県の御当地グルメ。コッペパンの中にマヨネーズであえたタクワン漬け)

 そして今も2人共そのまま変わらず。元気にそのままだ。
 今日もLineが来て同じくお気に入りの燻製オリーブオイルの話題となった。
 私が1本薦めたら彼女がめっちゃ気に入って地元のフリマやネットでリピ買いするようになった品。レアもの。ちょうどきれてしまったという話をしたら、
「私こないだ通販で買いましたよ~」「近所にもあるらしい~」

 私はまた一瞬「……」ほんまに私も変わってない。
 どっちも変わってへん。けど変わらんでええ。(いや、私は変わらなあかん)
 だって違うのだ、2人は。

 違うのに勝手に「型」にはめて、勝手にこうあって欲しいと思う心の押し付け。
 ひと呼吸の後笑ってしまった。
 全然ちゃうのにぴったんこ。意味不明やけど奇跡(?!)やな。
 奇跡みたいなことが当たり前やけど、当たり前と思わず大事にしていけたらええ。
 当たり前のものや、人が当たり前のようにそこにある、そこに居るということは、決して当たり前でない。
 それはこの度の事件、そして「コロナ前」と「コロナ後」で苦しいほどに気付かせてもらったこと……。

 改めて思う。
 私はまだほんまの意味で〝はだかんぼ〟になりきれてへんかってんなあ。
 お酒の力を借りてもまだやったんや。
 だから斎藤さんに憧れとおもろさと、多少のヤキモキとヤキモチ(?!)があったのかもなあ。でも、だから、ひょんなことからの相棒・相方のようになれて一緒におっておもろいのかもなあ。

いつだったか偶然見つけたナイスなガチャガチャ。(早く2人で、いや皆で呑めますように)

いつだったか偶然見つけたナイスなガチャガチャ。(早く2人で、いや皆で呑めますように)

 うん、私たちの旅はきっとこれから第2章。はやく旅に出たい。
 ワハハもトホホもある酒場たちと人たち。
 好きやなと思う人とも、嫌いやな苦手やなと思う人とも、いろんな場や時間を共にし一緒になって笑える場所。
 まるで家やお布団みたいだと思っていたその場所に行けなくなり、痛感する。
 今ほんまにお家やお布団がなかったり、ない怖さと隣り合わせになっているたくさんの人たちのことを考えると傲慢で失礼で強欲なこととは思う。
 また、今回のことで実際のお家やお布団のありがたさ素敵さを再確認し、最も心地よい場所だと思う人も少なくはないだろう。

 でも、でも……。
 Zoomとか何だとか便利だけれど、Lineも便利だけれど、やっぱりその場所でその時間とその空気・雰囲気を共有したい。便利でなくても。きれいでなくても。
「あんたらに会えると元気もらうわ、楽しいわ」
 ちゃうねん、元気もろて楽しいのは私たちの方やったんや。
 だから次こそこちらからパワーとか何かを贈りたい!!
 今思うことは、単純で単純ではないことばかりだ。

「どうかみんな元気でね」そして、
「生きててね。生きようね」
 悔しいほどに簡単ではない。だからこそ自分に出来ること、動けることをもっともっと考えたい、動きたい。

 また会いましょう〝あの場所〟で。皆が〝はだかんぼ〟になれる〝劇場〟で。
 絶対。約束。子どもみたいやけどこれなのだ。

 

 


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