前回の釣行の2日後、また同じ場所へ来た。私だけ釣れなかったことがあまりにも悔しかった。しかし、釣れることがわかった。今回は誰も誘わずに一人で来た。この前も一人であればきっと釣れた。
今夜も月光に照らされた水面にたくさんの波紋が浮かんでいる。水面にじっと目を凝らすと相変わらず、その細い体から考えられないような速度でバチがスイスイと泳いでいる。
前にSが釣ったポイントを丹念に攻める。小さなアタリはあるものの魚はかからない。Sがいた時にSの真似をするのはプライドが許さなかったが、今回はSが使っていたルアーを使いSのように巻いた。しかし、釣れない。
運河の奥へと場所を移動した。流れがない分、バチがたくさん溜まっていた。運河の対岸に向かって投げた。岸のギリギリに着水した。いいところだ。のろのろと巻いてくる。アタリはない。いま、まさにルアーを水面から回収しようとしたその時、ガツンと強烈な衝撃があった。セカンドバッグを盗もうとするひったくり犯のようだった。そのまま引っ張り込まれる。ギューンと、竿がしなる。ジリジリとリールから糸が出ていく。負けじとリールを巻く。少しずつ引き寄せると、手前の岸壁に潜り込もうとする。糸が何かに擦れている。このままでは切られてしまう。強引に岸から魚を離す。リールを無理に巻くと糸が切れてしまいそうだ。竿を立てて、しならせ、その張力で応戦する。魚の動きに合わせて右へ左へと竿を動かす。魚の抵抗が弱くなった。リールを恐る恐る巻いてみる。大丈夫だ、巻ける。魚が水面に上がってきた。左手でタモを突き出した。頼む、逃げないでくれ。魚は無事にタモに入った。引き上げてみると50センチほどのハネだった。
スポーツカーのような流線型のボディ。銀緑色のメタリックカラー、なんでも飲み込んでしまいそうな大きな口。大阪湾奥の生態系の頂点に立つ王の風格だ。同じスズキ科とあってブラックバスと似ているが、細身で無駄のないシルエットをしていて、ブラックバスにはないスピードも持っている。大分で釣りを始めて10か月、ようやくシーバスを釣ることができた。
ガホッと水面で大きな音がする。魚がバチを捕食している。今はチャンスだ。釣った余韻に浸っていたかったが、魚をすぐにリリースし、もう1匹釣ることを選んだ。
手前の岸際に魚はいる。左を向いて岸に沿ってルアーを投げた。風があったのでルアーは左に流された。左手にあった高さ五メートルほどの堤防を越えてしまった。ルアーを回収しようと急いで巻くと何かに引っかかってしまった。なかなか抜けない。なんてことをしているんだ。魚が釣れるタイミングなのに時間をロスしている場合ではない、急がなくては。糸が切れてもいい覚悟で強引に引っ張った。ルアーが抜けた。猛スピードでこちらに飛んでくる。危ない。とっさに目をつむった。
右目に衝撃があった。ゆっくりと目を開けてみる。目は見える。特に痛いところはない。ただ、右目が重い。右目を触ると何かがくっついている。どうもルアーが右目に引っ掛かったようだ。ルアーを外そうと引っ張ったが、痛い。
自分がどういう状況かよくわからないので近くの釣り人に聞いてみた。
「あのー、ぼくの目に何かついてますか?」
「ル、ルアーや!」
そう言ってそそくさと逃げていった。釣り人は化け物を見たようだった。そんなにひどいことになっているのか。
状況の悪さを認識してしまったからか、だんだん痛くなってきた。釣りをしている場合ではなかった。車へ戻ろう。ルアーに重みがかかると痛むので、ルアーをそっと持ちながら歩いた。
車に戻ってバックミラーで確認すると、目尻にルアーがかかっている。針のかえしまでまぶたの肉に入ってしまっている。針は貫通していないので眼球を傷つけることはなさそうだ。抜けないかと引っ張ってみた。鈍い痛みが走る。自分では無理だ。しかし、ランボーなら自分で引き抜ける。もう一度えいと引っ張った。激痛が走った。
病院に行かなくてはならない。右手でルアーを持ち、左手でiPhoneで調べると車で30分ほどのところに夜間救急病院がある。車は運転できなくもない。右手でルアーを持ち、左手でハンドルを握り、アクセルを踏んだ。しかし、車が揺れるとルアーが揺れて、右目が痛む。このまま走れば事故を起こす。無理はいけない。救急車を呼ぶことにした。
数十分後、救急車はやってきた。
「にいさん、えらい大物釣りましたな」
救急隊員は私を見るなりこう言った。手術はすぐに終わった。