竜宮城の竜をとれば宮城になる。宮城の由来は竜宮城なのだ。石巻に住むスピリチュアルな友人はそう力説した。竜宮城のモデルとされる宮城県の金華山へと行った。女川からフェリーに乗り30分、船には私しかいなかった。船頭のMは観光ガイドのように、船から見える風景を説明する。三陸沿岸のリアス式海岸のこと、牡蠣やホヤの養殖場、自然と震災の話になっていった。
Mは震災時、船に乗っていた。海上でも大きな揺れを感じた。沖から壁がやってきた。その壁は動いていた。少しずつ近づいていた。壁はすべて同じ高さで壁から逃げるころはできない。壁はこっちに迫ってくる。意を決して壁に対してまっすぐ船を向けた。速度を上げた。壁は目の前だった。小さな船が浮き上がる。まるで空に向かって行くようだった。そして、急に船は下を向いた。水の坂を滑っていく。遠くにはまた壁が見えた。速度を上げた。同じ要領で壁を越えた。四つの壁を越えたあと、ただの平原しかなかった。
後ろを振り返り、壁とその向こうの町を見た時に、町のこれからを考えてしまった。その壁は陸を呑み込むだろうと。陸に戻るのは危ない。しばらくMは沖に待機した。家族は町にはいなかった。友人のこと、行きつけの店のこと、取りに行っていないクリーニングのことを考えた。日が傾いてきた。港に戻った。陸に舵を切った。家の屋根、車、タンス、人間、いろんなものが流れてきた。着いたら町はなくなっていた。
「おれはどれくらい船に乗っていたんだ? 一体、どれほど時間が経ったんだろう」
Mは変わり果てた町に戻った。玉手箱を開けたような気分だった。
語り終えたMは、連絡船のスピードを緩めた。そろそろ金華山に到着する。金華山の小さな桟橋の真っ白なコンクリートが眩しかった。震災後に新設したのだろう。階段を上るとすぐに神社の参道になっていた。道の石畳が歯抜けになっている。両端は崩落している。その向こうには木がまばらに生え、その下で鹿が草を食んでいる。鹿はこんな島まで海を渡ってきたのだろうか。
急な上り坂の参道を進むと境内にたどり着いた。テニスコートほどの広場にはたくさんの鹿がいた。人間にすり寄ってエサをねだってくる。鹿を無視して、先に進む。鳥居をくぐると立派な木造の門があり、階段が伸びている。奥には立派な拝殿と本殿があった。島の勾配に合わせて木造の階段と渡り廊下が拵えてある。小さな島には大きな神社しかなく、主と巫女と鹿しか住んでいない。この下に竜宮城があるに違いない。
参拝を済ませて連絡線に乗った。帰り道もまた一人だった。Mは打ち解けてプライベートのことを話してくれた。生まれは横浜で定職につかず、日本と世界をふらふらとした。好きな町は横浜、神戸、香港、マドラス。アデン、イスタンブール、カサブランカ。すべて港町だった。
「港町は、船のゆったりとした速度で文化が混ざり合うのが好きなんだ」
Mは言った。石巻の水産加工場で働いていたが、知人の紹介でこの仕事に就いた。Mは釣りが好きだった。私も釣りが好きだという話をすると、明日一緒に行こうということになった。
女川港で待ち合わせして、定期便で江島に行った。Mの船で行くと思ったが、いつも乗っている船は会社の所有の船だから使えないと。
江島の港に到着した。漁港にはホタテの貝殻が積み上げられている。漁師たちはホヤの網を手入れしている。ホタテとホヤの養殖の島、ホ島としてもよさそうに思える。
狙うのはアから始まるアイナメだ。防波堤からアイナメを狙う。ワームをジグヘッドにつけて、底まで落とし、ポンポンポンと海底をリズム良く跳ねているようなイメージで動かす。ブラックバスと同じ要領だ。なかなか来なかったがポイントを変えて丁寧に探るとガツンとアタリがあった。強い引きだ。岩場にもっていかれると糸が切られる。糸を出してはいけない。リールを巻きつつ、巻きすぎず、力が弱まったころにぐいっと巻く。また力が強くなれば、竿のしなりを使って魚の力を吸収する。そして、浮き上がってきたのはアイナメだった。
「ほー、釣れたのか」
Mがどれどれとやってきた。38センチ。最高記録だ。
「いいねえ。刺身にするといいぞ」