Sがまたカヤックで釣りに行こうと言い出した。昨年、私は沈没して釣具を失い「もう二度と行くものか」と思ったが、1年経って痛みを忘れていたので行くことにした。同じ場所に行き、またカヤックを現地でレンタルした。
カヤックを砂浜まで運び、釣り道具を積み、沖へ漕ぎ出した。昨年と同じく安定感がない。おそるおそる沖に出てみたものの、うねりがあり、転覆が怖いので、自分は戻って岸近くで釣りをすることにした。Sはそのまま沖へと進んだ。落ちないようにとバランスに気を配りながら磯に近づく。ここなら水面も静かで釣りができそうだ。
浅くなってきたからか、底が見えてきた。岩がたくさん沈み、水草も生えている。釣れそうな雰囲気がある。パドルをしまい、竿を手に取った。エビ型のワームを底に落として、底を感じながらちょんちょん動かす。数回投げると、ガツンとアタリがあった。引き応えがある。リールを巻く。魚は暴れないが水の抵抗があって重い。グリグリと強引に巻いた。ふわふわと赤い魚が浮き上がってきた。カサゴだった。カヤックの甲板に引き揚げた。サイズを測ってみると31センチだった。カサゴにしてはとても大きい。今までたくさん釣ったが、これは確実に自己ベストだ。
このあたりは岸から投げても届かない。船が入るには浅すぎる。カヤックしか入れない。だから、大きなカサゴが釣られることなく残っていたのだろう。針を外し、防水ケースに入れたスマホで撮影をした。カサゴを後ろのクーラーボックスに入れようと体を右にねじった。カヤックが大きく揺れた。バランスを取ろうと左に体重をかけた。そのまま左に大きく傾いた。今度は右に体重をかけた。しかし、カヤックは右には動かなかった。そのまま左回転してひっくり返った。
ああ、まただという情けなさ、昨年落ちたのにまた来てしまった後悔、また釣り道具が消えてしまうという悲しみが回転する私に襲いかかる。
私は水中に落ちた。二度目だからか、意外に落ち着いている。ライフジャケットを着ている。溺れることはない。体は沈んだが、心を落ち着け、ライフジャケットの浮力にまかせてゆっくりと水面に顔を出した。
手をかいてカヤックに近づき、カヤックのグリップを掴んだ。ほっと一息ついていると、水中に気配があった。釣ったカサゴが泳いでいた。自分が今、どこにいるのか確かめていた。水中にいることがわかると慌てて底へと泳いでいった。そして、そのまま見えなくなった。それを追いかけるように2本の釣り竿が沈んでいった。