バス読の妙 ――編集ダイアリー2020年7月5日


 最近バスの乗務の合間に、本を読んでいる。

 わたしの場合、待機休憩時間は、長い時で1時間ほど。
 その間に軽く食事を取り、トイレを済ませたりすると、思ったよりも長くはない。

 運転席に座り本を開く。いつものように運転用の度の強い眼鏡で焦点が合わず、あわてて眼鏡をはずす。
 いま読んでいるのは、ヘルマン・ヘッセの「デミアン」。
 先日もこのダイアリーで書いたのだが、今だからこそ再読したい本だった。

 世界をどうとらえるか、どう向き合うかという、ヘッセ自身の苦悩が色濃くにじみ出た作品の中に、わたし自身にとってふたたび新たな気づきが得られるのではないかという、期待と不安からである。

 半分くらいまで読んで、内容をほとんど覚えていないことに驚く。
 途中の展開が全く抜け落ちて落ちているのだ。自分にとって覚えていたのはデミアンとの初めての出会いの場面と、最後の章だということに気づいた。2冊も持っているのに……。
 その分、楽しみも増えるわけだが。

 本に関わる仕事のせいか、本を読んでいても<純粋に読書を楽しんでいないな>とふと感じる時がある。なんだか商売のネタを探してしまっているような気がして。
 その点では、ヘッセの作品はわたしにとって優れた本である。
 常に自分の内面的な方向に働きかけてくれる。

 わたしがヘッセを読むというと、それを知る人は「暗い」というかもしれない。
 でも、日々の暮らしや出来事をなんでもエンターテイメントとして追い求めるようになった時代だからこそ、沈むように「読みふける」本が必要だと思う。

 そういう点では、バスの車内は最高の環境だ。
 少なくとも休憩中は、好きな場所でわたし一人だけの閉ざされた、静かな時間を過ごすことができるのだから。

 

 


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