今日の気分はバスドライバー 01 ふたたび


「バスの運転手の意味が分からない」
 先日、旅と思索社の事務所に来た若い女性ライターさんがわたしに言い放った。

 出版社を経営している人間が、なぜバスの運転をしているのか。
 確かに、そうだ。
 なぜだろう……自分でも謎である。

 自ら記憶に残る最初のバスとの接点はかなり幼いころにさかのぼる。
 記憶をたどると、親にだだをこねて、父が近所のバス停から「この子をお願いします」と運転士に頼み込んで一人で駅まで乗せてもらったのが確か4・5歳くらいの頃だったと思う。駅には書店員の母が迎えに来てくれる。
 混んでいるバスの一番前にわたしは陣取る。大きなバスは日吉駅へと続く狭い浜銀通りをクラクションを鳴らしながら人を左右に押しやるように悠々と進んでいく。
 運転席の隣でそのような光景を子ども心に心地よく感じたのをわたしは今でもはっきりと思い出すことができる。

 だからなのだろうか。小学校・中学・高校と、ときどきわたしのささやかな放浪の虫が騒ぎ出すと、旅の足は決まってバスなのだった。
 運転席と対角線上となるいちばん左後ろがお気に入りの場所で、移り行く風景を眺めながら、いつも何とはなしに思いめぐらせているのは――今も昔も同じである。

 いま、こうして文章を書いていて、ひとつ気づいたことがある。
 それは、移動するだけでお金をもらえるなんて最高じゃないか!
 自由にバスを操り、そんなことのできる運転士はうらやましいと、ずっと勝手に思い込んでいたフシがあった気がするのだ。
 まったく……。

 ずっと、そんな思いがどこかにくすぶり続けていたのだろうか。
 20数年前、すっかりサラリーマンらしく過ごしていたある日、わたしはこっそり二俣川の試験場に通い始めて、半年かけて奇跡的に一発試験で大型二種免許を取得した。
 その4年後、御茶ノ水にある本の取次の子会社を辞めて、横浜と渋谷を結ぶ大手私鉄の子会社のバス会社の、そのまた子会社でわたしは運転士(サービス・プロバイダー)になっていた。

営業所に配属されてまだ夢見心地の頃。今はなき左の7411号車はどんなに気をつけていてもロケットスタートするじゃじゃ馬姫。

営業所に配属されてまだ夢見心地の頃。
今はなき左の7411号車はどんなに気をつけていてもロケットスタートするじゃじゃ馬姫。


 見続けた「夢」のバスドライバー。
 入社してすぐ入所した下馬の教習所で、等々力池でヘラブナを釣るのが趣味だというベテラン運転士のK先生が授業の冒頭、こう宣った。
「同じところをただ行って帰ってくるだけのバスの仕事なんかしたくないって、うちの息子は言うんだよ……」
 同時に、わたしの頭の上に大きなたらいが落ちてきたらしい。夢から覚めてしまったような瞬間だった。

 しかも2か月の教習を終えて、独り立ちするとすぐに夢に一文字が加わった。「悪夢」である。
 朝早く、夜も遅い。
 狭くて、混んでて、トイレも行く暇がない環八。
「ブシュッ! ブシュッ!」といつも後続の小田○バスから「かわいがられる」成城行き。
 わたしをにらみながら、釣銭機に小銭を投げつける美女。
 遅れてると延々と文句を言いながらバスの発車を遅らせるシルバーパス世代。
 千円のバスカード(古い!)を「1万円で」と言って乗ってくる無賃乗車確信犯。
 そのほかいろいろ……。

 あまりのネタの宝庫に耐え切れず、結局逃げ帰ったのが、もとの出版業界だった。
 あれほど夢にまで見た――嫁が夜中に、うなされながら「中ドアを閉めます!」とアナウンスしているわたしを目撃している――(?)、バスの仕事を辞めることに未練などないように思われた。

 そして気がつけば、なぜ、またバスドライバーになっているのか。
 確かに、そうだ。
 なぜだろう……自分でも謎である。

 でも一つだけ確かなことは、バスの運転も本づくりも、今、心から楽しんいるということだ。

年を取ってもやってることは同じ……。

年を取ってもやってることは同じ……。

 しかし、である。
「たらい」はいつの日かまた、落ちてくるのだろうか。
 
「たらいよ、とまれ」


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