ときどき、たまに、ふとどこか知らない街へふらっと行ってみたくなるときある。
私のようにマイカーを持っていない人は、地図をずっと眺め、鉄道駅の周辺に面白いスポットがないかネットサーフィンし、気になれば出かけてみる。
けれどもカーシェアリングを利用し始めて、ある変化が起きた。
まず、近くにカーシェアリングのスポットがある駅を調べる。それから、駅から歩いて行けるところに気になるスポットがあるか調べる。加えて、駅から車を使って行くことのできる面白いスポットがあるかどうかも調べるようになったのだ。
車が使用できれば、交通の不便なところでも気軽に行くことができる。行動範囲も大幅に広がる。もしかしたら誰も紹介していないような、素晴らしい場所に出会えるかもしれない。
そんなことをあえて意識して出かけてみたのが今回の旅だ。
ここは神奈川県、相模原市の東側の玄関口、町田駅からJR横浜線で八王子方面へ2駅目の「淵野辺駅」。付近には、桜美林大学や青山学院大学のキャンパスが連なる、文教地区である。
今日ここに来ることになったのは偶然ではない。墓参を兼ねて、このエリアを探索してみようと思ったのだ。相模原市内に、私が社会人として初めてお世話になったある会社の社長が眠っているお墓があるのだ。
南口から歩いて数分。「タイムズカープラス」のステーションに到着。今日の相棒は「スズキ・スイフト」。
そして今日の目的地は「勝坂(かっさか)遺跡」。相模原市のホームページで見つけた縄文時代中期前半ころの集落跡である。
実はこの遺跡の場所はなぜかグーグルマップで検索しても名称すら表示されない。しかもナビで勝坂遺跡と検索すると、同じ町内でも全く見当違いの「勝坂歴史公園」というただの原っぱのような別の公園がヒットしてしまうのだ。どういうわけか人目を忍ぶような存在なのだ。
それが私には、とてつもなくロマンを感じさせた。
「まぼろしの邪馬台国」いや、「まぼろしの勝坂遺跡」。
車に乗り込み出発。いつも通り、PCで車を予約する際に事前に目的地を設定しておいた。今回は観光協会ホームページに乗っていた住所だけが頼りだが、とりあえず今はナビの案内に従ってハンドルを握ればいい。線路と平行している国道16号線を超え、車を南へと走らせる。
途中、社長の墓前に手を合わせ、これまでの出来事を報告。
地図にも表示されないので、あまり整備されていないかと心配していたのだが、予想以上に手入れが行き届いている。訪れているわずかな人たちのほとんどは近所の人だろう。小さな子どもたちが無邪気に広場を走り回っている。
観光協会のホームページによると、『縄文時代中期(約5,000年前)の大集落跡であり、国指定史跡です。大正15(1926)年、大山柏氏によって発見された土器は、装飾的な文様や顔面把手(がんめんとって)(顔を表現した取っ手)などで注目を浴びました。この「勝坂式土器」は、縄文時代中期の基準となる代表的な土器です。また、土器と同時に発見された多くの打製石斧(だせいせきふ)を土を掘る道具と考えて「原始農耕論」が提唱されました。わが国の考古学史上において、大きな意味をもつ遺跡です』と書かれている。
考古学上においても重要な場所であるはずなのだが、ここにほんとうに縄文人が住んだ痕跡を見ることができるのだろうか……。
広場はずっと東の方に伸びていて、思ったよりも距離がある。南側には立派な林が見える。日差しをしのぐために、林の方に進んでいくと、広場とはまったく異なる光景が飛び込んできた。どんぐりの実をたくさん付けた常緑樹の大木、子どものころ走り回った野原でいつも見かけたヘビイチゴ、口を真っ黒にして実を食べた桑の木や昆虫たちの営み……。都会では見ることのできなくなってしまった素晴らしい自然がまだここにはしっかり残っていた。
そこには2つの大きな竪穴式住居が並んでいた。
私が考えていたよりもずいぶんと大きな住居。萱でしっかりと雨風をしのぐ工夫がなされている。ひんやりした住居内。真ん中には炉があり 萱はすすけて、炉の煙で燻された匂いがする。
この住居に住んだ当時の縄文人が、もしかしたら畑を耕していたのかもしれないのだ。この地に暮らし、豊かな自然からの分け前をいただきながらどんな生活を送っていたのだろう……。
心地よい風が吹き、どんぐりの木が音を奏でるのを聞いて、5千年前も今も、もしかしたら何も変わっていないのかもしれない、そんな不思議な気持ちになった。
縄文人の気持ちになったつもりで暗い住居の中でしばし時間を過ごし、少し離れた場所にあるA区の遺跡に向かうことにした。
付近は昔からある住宅地で、ほとんど人の姿が見えない。坂を下り、案内板の通りに進んでいくと、立派な門構えの建物が見えてきた。この長屋門をくぐると海鼠(なまこ)壁を持った変わった風貌の家が建っていて、今でもご子息がお住まいになっている。説明によると国の有形文化財にも指定されているとのこと。
更に道を進み、左手を曲がると坂道が続く。登りきったところに、遺跡があると思いきや、その場所には簡単な碑が建っているだけで、痕跡はもう何も残っていなかった。
畑の中の小路を進んでいくと、うっそうとした林の中へ。ほどなく、山の上へと伸びていく神社の参道にぶつかる。小さな鳥居のそばには立派などんぐりの木がある。先ほど地図で見た「石楯尾(いわたておの)神社」の参道だ。
人気のない静かな階段の参道がずっと上まで伸び、厳かな雰囲気が漂ってくる。天狗でも出てきそうな感じだ。
森を抜けながら、<この風景、どこかで見たことがあるような気がする……>すぐに、それが宮崎駿監督のアニメ「となりのトトロ」に出てくる里山の風景と同じだということに気がついた。
昔の里山は場所は違えど、必ずどこにもこのような場所があったのだと思う。きっとこの地の神様の住む場所も、地元の人々に守られ、大切にされてきたのだろう。
気が付けば丹沢の霊峰・大山。思わず見とれて深呼吸。
ふと、お腹の虫が騒ぎだす。時間はちょうどお昼少し前。急いで駅に戻ることにしよう!
昼ごはんは、事前にリサーチしていた駅近くのタイ料理のお店「タイ食堂 ジャルアン」さんへ。階段を上り、店へ入ると落ち着いたいい雰囲気。さっそくランチメニューから、「タイカレー」と「鶏肉バジルご飯炒め」を頼む。
そしてもちろん、お約束のよく冷えた生ビール。自家用車で来ると、こうは楽しめない。カーシェアリングの一番のメリットは、呑兵衛にとってはやっぱりこれに尽きる。
ほどなくして料理も到着。料理はくせもなく、程よい辛さでなかなかの味。気がつけばビールをお替わりしてすっかりいい気分……。
ふと、今日の旅を思い返してみる。
5千年前の人が居を構えた「勝坂」。そこは生活に適した素晴らしい場所だったに違いない。そして、今もその里山の自然が息づいている。
幻でも何でもない。勝坂は縄文人の思いに触れることができるリアルな場所だったのである――。
しかも、ここに来ることができたのは奇跡かもしれない。
カーシェアリングを利用することを前提にして、面白いところはないだろうかと興味を持つことができたからこそ出会えたのだ。
「カーシェアリングは現代と縄文時代をつなぐタイムマシンだ!」などとビールを飲んで悦に入り、すっかり心もお腹も満足したところでお店のランチタイムも終わりらしい。
お店を出る。太陽はまだ高い。
昼下がりの街をふらふらと、駅を目指して歩こう。今日はいい日だ。