島暮らし


 

 

 システム屋の悲しい性なのか、年末から年度末、年度始めに掛けては、多忙を極め、すっかり更新が滞ることになってしまった。ここ数年で、もっとも忙しい時期だったといえるかもしれない。
 とはいえ、二地域居住をしていても、こうやって仕事がある事には本当に感謝したいところだ。思えば当初は、本当に二地域居住を続けながら安定的に仕事を確保できるのか? すぐに破綻してしまうのではないかと、不安な要素は多々あったわけ訳だが、幸いにもこの物語のテーマである二地域居住は今も続いている。
 では、話を前回の続きに戻そう。東京と島の二地域居住は、一年を過ぎたものの、このストーリーは、まだ、島に家を借りてから、一週間ほどしか進んでいないのだった。

 インフルエンザが治り、ようやく島で仕事を開始できる体制になった。私の仕事はシステム開発で、島にはない業種となるだろう。奄美大島であれば、システム会社があるようだが、第一次産業がメインな人口7千人程度の喜界島では、二次産業や三次産業の就職先を見つけるのは非常に困難だ。看護師、薬剤師などの資格があれば、就職も可能といえるが、私にはそういった資格は無く、農業に対する知識も無いに等しい。
 私の様な業種の人間が、島で生活基盤を築くためには、自身で仕事を作っていくしかない。ただ、幸いなことに東京で10年以上自営してきたこともあり、東京で案件を獲得し、島で開発業務をすすめるという方法を確立できないかと、この一年間模索を続けていた。

 そんな時、とあるお客様が手を挙げてくれた。
 業務委託案件で月10営業日は指定オフィスで業務し、残り5営業日は、特に場所は指定しないという内容だった。宿を借りるパターンと、家を借りてしまうパターンを計算し、二地域居住の損益分岐点は、毎月島に11日以上いることは解っていたが、この条件であれば2週間は島に滞在できること、そして部署は異なるものの、10年に渡り取って引きのある企業であったため、この提案を受けすぐに契約を締結した。
 その後、以前にご挨拶をしていた、島の不動産屋に連絡を入れ、島に空き家がないか探して欲しい。そう伝えたのは、地球の裏側ブラジルで開催されていたリオ五輪で、日本選手団が史上最多の41個のメダルを獲得し、日本中が歓喜していた8月の暑い夏だった。

 錦織圭選手が日本人選手としては96年ぶりに銅メダルを獲得し、400mリレーでは日本がアメリカを破り銀メダルを獲得するなど、白人や黒人達が有利と考えられていた種目で黄色人種、しかも、日本人が風穴をあけてしまった。

 

 

 行きつけの居酒屋のテレビを見ながら、顔なじみの常連客達と、地球の裏側で起きている日本人選手団の偉業を称え乾杯を重ねた。それらのできごとは、二地域居住に対して、依然として躊躇していた自分の心をひと押ししてくれた。
 別に地球の裏側に行くわけじゃない、たかだか、東京から1,500キロほど離れた離島での暮らしを試みるだけのことなのだと。

 島で仕事を開始するにあたり、光回線の契約を交わすことにしていたのだが、3月末までは工事業者が手一杯で回線工事ができないことになったが、念には念をと、モバイルルーターをあらかじめ購入しておいたおかげで、仕事は滞りなく進める事ができた。
 もしも、デザインや、映像関係の仕事をしていたなら、容量制限に引っ掛かることも考えられたが、今回の島での仕事は開発業務。プログラムファイルのアップロードや、デバッグ、メール、ドキュメント送信程度で、さほど容量がかかるものではない。
 お客様に不安を与えてはならないと、回線の話は伝えなかったが、先方も全く気付いていないようで、転送量はプライベートの利用も含め1か月10GBを少し超える程度だった。

 

 

 島での仕事は、特に東京にいるときと変わらず、集中するときは集中するのみであり、時には夜遅くまで作業をすることもある。ただ、島で仕事を始めて、仕事や生活のリズムが変わってきた部分と、あえてリズムを変えることを意識しだした。東京では夜型の生活が続いていたが、どういう訳か島にいると、日が昇る前に目が覚めるようになった。
 22時か23時頃には眠りにつき、朝5時か6時頃には自然と目が覚める。空が暗いうちから近所を散歩した後は、ニュースを見ながら朝食を摂り、7時半頃から仕事を開始する。
 昼食後の午後の時間帯は、睡魔が襲い、効率が悪くなる時間だが、昼寝の時間を設けた後、近所を散歩して目を覚ますことで、昼休みの時間は長くなる。だが、朝早くから仕事を開始しているため、昼寝の時間は相殺されている。午後の睡魔から開放されている分、作業効率が上がっている実感がある。

 ふと、働き方の改革とはこういうことじゃないのだろうかと思う自分がいた。
 東京にいる時は、集中が続かなくなった時や、考えが煮詰まってしまった時などは、頭を切り替えようとデスクを離れ、身体に良い悪いは別として、喫煙することで別の空気を取り入れてリフレッシュをしていた。喫煙という行為もリフレッシュの要素の一つだが、喫煙所で誰かと会い、目の前の作業以外の話をするというのも、頭を切り替えるきっかけにもなっていた。
 事務所にこもった分、帰る時間が早ければ、行きつけの店で酒を飲み、常連の人達に島の写真を見せては、島の話や、島でできることについて語り明かす。
 週末には山を登り幕営し、見知らぬ人たちと山の情報を交換したりする。リフレッシュしたら、また、東京へ戻り事務所で大半の時間を過ごす。この生き方に、何一つ、不満を感じたことはなかった。

 

 

 ただ、東京と島の二地域居住を始めてから、今までの生き方、働き方について疑問を感じるようになった。自分の隙間時間を埋める方法はほかにもあるのではないかと。
 色々と考えてみたが、機密事項を扱う以外の業務は、ウッドデッキなど、室外環境で作業することで落ち着いた。機密事項へのアクセスは、人がいない田舎であろうが、施錠できる制限区域内であるべきであり、近くを人が通ることはないものの、少し目を離したすきに、猫の目にすら触れさせてなるものかという思いから、そういったルールを設けた。
 とはいえ、開発環境というのは、あくまで検証用の環境であり、ダミーのデータや検証環境の情報しか取り扱わないため、保守作業やリリースなどを除く、多くの作業は室外環境での作業だ。
 

 

 

 

 島の家は海から近い場所にあるが、北側には山があり、北風からは守られている。また、庭の周りには防風林として、みかん の木や、パパイヤ、グァバ、ガジュマルなどが植えられていて、柑橘類は食べ放題。この時期はみかんが多く残り、そのほかにパパイヤが実をつけていた。
 防風林としてみかんの木を植えているのは、なにも特別なことではなく、島ではごく普通に行われているのだが、その実を島の人達はほとんど食べず、主に鳥が食べるのみだという。そのことを聞き、なんとも、もったいない話だと思っていたのだが、仕事中、目を休めようとみかんの木を眺めていると、メジロがところ狭しと飛び回り、せわしなく、みかんやパパイヤを啄ばんでいた。
 彼等は熟したタイミングで飛来してきて、ベストなタイミングでその実を啄む。その光景を見てふと思った。島の人達が庭のみかんを食べないのではなく、みかんを食べようとした時には、メジロに食べ尽くされてしまっているのだろうと。

 話は戻り、防風林のお陰で庭にいる限りは、さほど風が強くなることはなく、2月とはいえ、上に一枚羽織れば寒さを感じることはない。平均気温も14度位はあるのではないだろうか。
 晴れた日には春のような暖かさを感じることもあるが、島の冬は曇り空の日が多いため稀ではあるが、それでも、こういった環境での仕事はリラックスして仕事に挑むことができる。
 仕事中、目の疲れを癒そうと、ふとディスプレイから目をそらせば、木々の間を飛び交うメジロや、少し高いところで羽根を休めに来ては可愛らしくお尻をふるイソヒヨドリ、歩いて庭を散策する鳩、どこからか現れて軒下で昼寝をしていく猫、目線を上げればひらひらと舞うリュウキュウアサギマダラに、優雅に舞うオオゴマダラ。

 プログラムの世界では、処理が失敗した際に「quit or die(やめろ、それか死ね)」という乱暴な表現を書くことが稀にあるが、そんな表現を書くことがバカらしくなるほど、ゆったりした空気に包まれている。
 時に開発業務というものは、ロジックを試行錯誤する中で、ミニマムなところばかりを見つめ過ぎ、全体像を見失ってしまいそうになる局面というものが多々あるが、こういった環境での少しゆとりを持った仕事の進め方は、俯瞰的な視点を与えてくれた。
 ただ、それでも、考えが煮詰まった時には、思い切って外の世界に出て海や景色を眺めるようにした。頭から仕事を切り離してしまい、目の前にある景色に自分を預けてしまうのだ。都会では移動時間を要するが、ここなら、徒歩で数分程度か、足を伸ばしたとしても自転車で2、30分走ればそういったポイントにたどり着くことができる。
 太平洋の大海原や、透明度の高い海、夜になれば、六等星以下の星まで見渡せる夜空、壮大な景色の前で自分はどれだけ小さい存在なのだろう。そして、そんな小さな自分がぶち当たっている壁は、一体どれほどのものなのか。自分をリセットするための数多くの要素が、この島にはあるように思えた。

 

 


 
 とはいえ、まだ二地域居住は、始まったばかり。こうやって二地域居住を始めたこのタイミングは、理想が現実になるという喜びや、都会とは異なる空気感、ゆったりとした時の流れ、そして、壮大な景色から、たくさんの刺激を得られているが、これらが一旦普通の生活となってしまえば、単なる現実の話になるだけであって、島の壮大な景色と都会のビル群、島の静寂さと都会の喧騒などの違いにすら気付かなくなってしまうに違いない。
 ここから先は、いかにモチベーションを維持できるかが重要になるだろう。時の流れに身を任せてしまってはならないと自分に言い聞かせた。


同じ連載記事