変態を目指しています ――編集ダイアリー2020年6月2日


 暑い!
 ‪それで目が覚めた。‬
 ‪昨夜も深夜までバスの乗務があり、家に帰ってから禁断の金色をした飲み物に手を出し、猫の相手をしてやり、起きていられなくなって倒れ込むように眠りについたのだった。‬

 遅めの朝食を取り、猫と父に見送られて家を出、駅から電車に乗る。
 スマホを取り出してこの原稿を書きながら、昨日、あれだけ乗務中にできたまとまった休憩時間になぜ原稿を書かなかったのだろうと、今さらながらに気づく。

 不思議なもので、バス乗務中にたとえ長い休憩時間が取れたとしても、そういう気にならないのは、やはり「モード」が違っているからなのだろう。
 バスドライバーにはバスドライバー、旅と思索社には旅と思索社のモードがあって、自分でも驚くぐらいはっきりしている。

 それぞれの仕事が自分にどのような相互作用を及ぼしているのかは正直によく分からない。けれど、自分でも興味深いと思うのは、異なる職業人の側面をそれぞれ密かに楽しんでいることだ。

 バスのお客さんはわたしのことをバスの乗務員だと思っている。当たり前である。
 でも昨日、わたしは事務所で著者と打ち合わせをし、黙々と原稿に赤字を入れている編集者だったのである。
 また、書店や取次の担当者と話すとき、わたしは数多ある出版社社員の一人である。半日前に大型バスのハンドルを操り、75人ものお客さんを乗せ、街を行ったり来たりしていたとはとても想像などできないだろう。
 そんな自らのギャップを頭の中で思い描き、ひとりニヤニヤしている変な奴なのである。

 あえて誤解を生む言い方をすれば、あるときは間の抜けた新聞記者、またあるときは世界を救う「スーパーマン」のクラーク・ケントとそっくりである。
 いや……違うかな?

 けれど、スーパーマンに魅力を感じる要素って、彼自身の活躍自体もそうだけれど、やっぱり彼の持つ二面性なのだろうなあと、思う。
 きっとスーパーマンの彼だってその二面性を絶対楽しんでいる。そうでなければスーパーマンなんてやっているわけがない。家族まで騙す徹底した変態ぶりだ。

 でも、わたしがそれぞれの仕事に打ち込めているのは、とても感謝すべきことなんだと思う。
 知り合いの編集者に「廣岡君のは〝副業〟ではなくて〝複業〟だね」と言われて、目からうろこが落ちる思いがした。

 スーパーマンは「複業変態」のパイオニアだったか。

 

 


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