ゆっくりと言葉を編む ――編集ダイアリー2020年6月7日


 窓のカーテンを開けたら、モンシロチョウが横切っていった。
 湿気の多い、霞がかった外の景色を眺めながら、原稿執筆のお願いをメールでしたためている。

 いま、「Tabistory.jp」のリニューアルを計画している。
 執筆陣を充実し、さまざまに生きる人たちに、時代の断面をできるだけだけたくさん残してもらいたいそんな思いで取り組んでいる。

 相手のことを思い浮かべながら、言葉を選んでは消し、選んでは変えながら、気がつけば1通のメールを送るのに多大な時間を費やしていることに気づく。
 世の中的なビジネス書でいうと「ダメな仕事術」の部類に入るのだろう。

 先日、事務所に訪れた以前の会社の同僚が、打ち合わせのあと、場所を使わせてくれという。
 どうぞご自由にと、彼が何をするのかと思って眺めていたら、顧客、関連会社の3者を交えて「Zoomミーティング」をするという。
 時間になり、画面上で顔を合わす3人。

 雑談のあと、要件をいくつか話して、
「すみません。次の予定があるのでわたしはこれで失礼します」
「お疲れさまです」
 まあ、あっさりとした「退出劇」だった。

「もう終わり?」
「はい」
 あっけにとられたあと、時代に取り残された感じが強くなるわたし。
 もう時代のコミュニケーションはすっかりドライになったのだ。

 会議を終え、パソコンとスマホと交互にらめっこする彼。
 なにをしているのかとのぞき込むと、メールのようなものでやり取りしている。
「ああ、Slack(スラック)です」
「そうなんだ……(なにそれ?)」

 聞けば、社内はもとより、取引先とのコミュニケーションはほぼこのツールを使っているとのことだった(そのほかに「LINE WORKS」という「LINE」のビジネス版も使い分けているとのことだった)。
 大企業を中心に導入が進んでいる、ビジネス向けの高機能なチャット(リアルタイムなコミュニケーション)のツールだという。最近、ちらほら名前だけは聞いていた。
 わたしのような無知な人間にもイメージしやすいように説明するなら、「LINEがもっと多機能になったもの」らしい。

 すでにメールは最初の重要なコンタクトの際に使う程度で、いちどやり取りができてしまえばこちらを主に使うそうだ。単刀直入に用件のみメッセージでやり取りできる効率のよさがなによりも代えがたいとのこと。

 ふと、疑問に思って聞いてみる。
「それ、お客さんとやるときも単刀直入なの?」
「そうですよ。何でですか?」
「時候の挨拶とか入れないんだ……」

 怪訝そうな顔で見られてしまった。
 チャットでそんなことをしたら、うっとうしい、仕事のできない奴とレッテルを貼られるような口ぶりだった。

 「帰ります」
 そして今さらながら、恥ずかしそうにラフな服装について釈明を始める彼。
 聞けばこの1か月間、ほぼリモートワークで外に出ていなかったとのこと。
 そそくさと自分の仕事だけして彼は帰っていった。
 
 そんな最近の出来事をふと思い出し、いまだにメールでうんうんうなりながら文字を打つ自分をどこか滑稽に感じながら、見えない相手と向き合いながら言葉を編むゆとりだけはどんなときも持ち続けたいと思う。
 そういう言葉にはきっと、魂や心を通わせる何かが宿るのではないかと信じて。

 

 


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