ほんとうに突然のことだった。
昨夜、運転していたバスの窓ガラスに、一匹の大きな蛾がぶつかった。
突然薄暗い視界に飛び込んだ蛾は、10cm以上あっただろうか。窓ガラスに強くたたきつけられて飛ばされていった。
そしてガラスにはその跡が残された。
たぶん、その蛾は死んでしまっただろう。
それから、不思議とずっとそのことばかり考えている。
一つだけ分かっているのは、蛾の死にはわたしの意識の外にある、突然の出来事だったということだ。人生の中でまったく予想もつかないことだったのだ。
そこに、わたしの心の動揺の秘密があるのかもしれない。
心の準備が何もできていない無意識の状態で目の当たりにした死。
そして目の前で起きたことについて、なんとか自分にとって納得のいく理由を見つけようと動揺している自分がいるのである。
わたしは、意識していなかった蛾の死に、自分自身の死を強く意識したのだと思う。
同時に、死というものに対して、答えを見出すなどできないことをあらためて感じてしまう。
しかし、蛾と自分の死に動揺するわたしは、その一方で自分の腕から血を吸う蚊を容赦なく叩き潰している。
なんという矛盾なのだろう。
人間の意識というものは、実は自分の行いをすべてを正当化するための手段だとすると、その存在自体も不遜で怪しげなものに見えくる。
そして自分のいる世界を動かしているものは、ほとんどは意識された意図的なものなのかもしれない。
一匹の蛾が、わたしの中に何かを残していった。