粋に感謝 ――編集ダイアリー2020年6月25日


 ようやく決算申告の見通しがついてきた。
 午後から会計士のK先生に来ていただいて、一つひとつ、先生からの指摘と疑問点を潰していきながら、ようやく数字が整ってきた。

 設立以来、決算処理をお願いしているK先生。
 わたしがお手伝いする出版社が、長年にわたり会計全般をお願いしているK先生をご紹介してくださったのだ。

 聞くところによると先生は大手の監査法人でさまざまな大企業を相手に長年、腕を振るってきたそうだ。その後は税理士として活躍されているそうだ。そして本日、80歳になられたとのこと!
 常に遊び心を持たれている、江戸っ子気質(かたぎ)のなかなかの紳士である。

 以前、知り合いの経営者と食事をしたとき、たまたまその会社の会計を任されている若い税理士さんと同席したことがある。
 いろいろと経理にまつわる話をしながら、会計処理の仕方が大きく異なることに気がついた。
 ひと言でいえば「徹底して細かい」という印象だった。領収書ひとつにしても、会計とは事業とはこういうものであると、大上段から延々と説明をする。
 最後には、その食事代の経費処理について社長に細かく助言する姿にすっかり酔いが覚めてしまったのを思い出す。

 いっぽう、K先生には全くそのようなことがない。
 わたしも某取次の関連会社で経理を経験したのが今に役立っているとは思うのだが、大きな見解の相違ということがあまりない。指摘も「なるほど!」と腑に落ちることばかりで、人としての厚みを重ねるとともに、企業会計の酸いも甘いも嚙み分け、数字の意味と目的をきちんと知り尽くした「職人」としての安定感、安心感が漂う。

 先ほどの食事会の直後、若い税理士とのやりとりを思い出し、彼の言うことが正しいのか聞いてみたのだが、ひとこと「意味のない会計処理」と一笑に付されてしまった。
 それ以来、会計とは実は人の個性が出るものなのだとしみじみ思うとともに、常識的な判断に委ねられている部分が数多く存在することを実感した。

 帰り際に先生は、80歳を迎えられても元気な秘訣について、
「都々逸(どどいつ)や川柳のような言葉遊びが好きだからかな」
と、照れ笑いをして帰られた。

 旅と思索社が7年目を無事迎えることができるのも、K先生の「粋な会計」のおかげなのかもしれない。
 感謝。

 

 


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