00.「甘辛」~西成の優しい光~


 大阪は西成に「オーエス劇場」という旅芝居の小屋がある。
 別名は「飛田オーエス」。

 

 

 地下鉄御堂筋線「動物園前」駅から観光地として人気の通天閣・新世界方面……ではなく、かつて「釜ヶ崎」と呼ばれた地の方、今も残る遊郭「飛田新地」へと向かう、「動物園前一番街」、本通りから細い道を1本左折したところにある。
 古くは浪曲のための小屋で、ストリップ劇場時代を経て、旅芝居の専門となったらしい。
近年、大阪で旅芝居はちょっとしたブームのように言われており、新しい劇場も増えている。
 しかし、この劇場は、真逆だ。
 街の雰囲気同様、いや、溶け込むように、どこか、仄暗い。
 コンクリート剥き出しの床、長い花道に飾られた造花。
 熱心な旅芝居の追っかけ女性たちでも「この劇場は……」と怖がり、避ける人も少なくない。
 観客だけじゃない、役者の中にもハッキリと「こんな場所」という言い方をする人が居る。

 

 

 正直に言う。私も最初は困惑した。
 駅からの劇場へ向かう道すがらの、路上で生活したり佇んだりするおっちゃんたちの目に、臭いに。体の臭い。立小便の臭い。街から漂ってくるようで。
 17年前、大学卒業と同時にハマった旅芝居・大衆演劇がきっかけで足を踏み入れた。
 旅芝居を観出して2~3回目にしてもう辿り着いた。というか、今思うと導かれたのもあるかもしれない。
 その日、昼に行ったのは、新世界にある劇場のひとつ。
 しかし、ちょっと興味がわいた。行ってみたくなった。噂にきく、その劇場へ。
 夜、ドギマギしながら、辿り着いた劇場の客席は、やはり場所柄か、いや、今思うとあまり人気のない劇団だったこともあるが、ガラガラだった。

 

 

 上演されていたのは古臭い股旅ものの芝居だった。
 若くはない座長が下ネタを連発していた。昼間観た若者ウケを狙う劇団とは真逆だった。
 舞踊・歌謡ショーになると座長は石原裕次郎の「赤いハンカチ」を歌いながら、客席を握手して回った。近づくとよりハッキリとわかる濃いアイライン。白塗りをしすぎて荒れた肌。物悲しくて、逆に笑ってしまった。なのに、彼を照らす光、スポットライトが妙に眩しかった。気になった。
 見上げると客席後方の上の上、高い高い位置にある投光室からの光が彼を追っている。暗いさみしい劇場で煌々と照るその光、下町の裕次郎を照らす灯りは、なぜか、やさしい温かさがあった、眩しかった。
 その後、幾つかの劇場を訪れた、いや幾つもの劇場を訪れた。でもなぜだろう。私にはこの光を忘れることが出来なかった。
 だから、よく通うようになった。
 初めて好きになった役者を追っかけた時も、その後、いろんな役者や劇団を観たり、仕事として旅芝居を追うようになった時も、なぜだろう、この劇場が、妙に肌に合った。呼ばれるような気がした。あの光に。

 近くの酒場にも出入りするようになった。
 きっかけは今、思うと、「試された」ことだ。
 ちょっと縁が出来た役者が居た。
 舞台が終わった後、たまに一緒に飲みに行ったりしていた。ある日言われた。
「ちょくちょく一人で呑むねんあの店で。化粧落としてから行くから先に入ってて」
 劇場のすぐ近くにある一軒の酒場。
 徒歩1分もかからない。劇場に行く途中に通るが、外から見てもあきらかに一見の若者を歓迎する雰囲気はない。でも元来の負けず嫌いと「約束したし」の思いで扉をあけた。
 中はちいさな細長い空間で、6人ほどが座れる細長いカウンターと、コの字型の鉄板テーブル席のみ。
 ステージもソファ席もないスナックのような形をイメージしてもらいたい。
 が、スナックにしては所帯感が滲み出すぎており、鉄板の主張が激しいし、家というには旅芝居のポスターが貼りまくられている。

 

 

 鉄板、冷蔵庫、カウンター、ホシザキの冷蔵ケース。中央にぶらさがっている黒板にはチョークでハムエッグだの冷や奴だのと書かれているが、壁に貼られた短冊には「豚玉」「いか玉」。お好み焼き屋でもあるらしい。いや、お好み焼き屋だけれど酒場が正しいだろうか。
 カウンターの向こうに、ママが居た。
「おねえちゃん、いらっしゃい」
 笑顔と見定める顔のハーフ&ハーフ。とりあえず瓶ビールを頼んだ。常連の目線を感じながらも、無視してひとりでやっていたら、役者が来た。
 途端にママは笑顔になった。
「なんや、おねえちゃん! (芝居の)お客さんやったんかいなぁ」
 以来、その酒場は若き日の私のちょっとした行きつけとなった。

 店は夕方16時か17時頃に開店~日が替わる前くらいまで。
 さまざまな人が訪れる。酒を呑みに、夕飯を食べに。劇場帰りに。ママと話をしに。
 ママは気さくに、いい意味で適当に応対する。
 時になぜか現れる「初めて」のお客さんには警戒心を忘れない。
 気さくに声をかけながらも常連客に目くばせをし、それとなく探りを入れる。目は笑っていない。
 そう、ここは西成。
 日雇い、路上生活、ドヤ、シェルター、貧困ビジネスにヤクザにクスリの街。かつては日雇い労働者の街として知られたこの街は現在は「福祉」こと生活保護の街だ。
 派手でもなく名物もないお好み焼き屋には「わかっていて」「わかっているけれど」いろんな人が来る。
 ママは大阪出身ではない。岡山から出てきて〝お父ちゃん〟(旦那さん)とこの地で店を持った。いろんな時代を経て、今ではこの通りで1、2を争う古株だ。
 お父ちゃんが亡くなった今も、同じ場所で、「今日お客さん少ないねーん」「なんかええことないー?」と言いながら、濃い常連さんと共に逞しく生きている。

 いろんなお客さんと出会った。
 会話していると、「おねえちゃんにもう1本あげて」とよくご馳走になった。
 生ビールはなく中瓶のみ。だから私の前にはいつも何本もの瓶ビールが並んだ。
 今思うと、これらはやさしさというより「見栄」だ。
 この街の人々は、決して、裕福ではない、でも、そういった見栄を張る。
 ママも慣れたもので、「ええって言うてるねんからもろとき」
 申し訳ないので今日こそ早めに帰ろうとすると「もうちょっと居りぃ」
 並んだ瓶の本数だけ口数も多くなる。普段なら出会ったことのないような人々が次々に現れ、消え、また現れるのが面白かった。私にとっての、深夜ではない「深夜食堂」。
 漫画「深夜食堂」ではマスターが客の好きなメニューを作ってくれるけれど、この店のメニューは、ほぼ皆、歩いてすぐにあるギラギラネオンの激安スーパー「玉出」の材料で作るものばかり。
 玉出で買ったものをそのまま出すことも多い。でも、客層は、まさに「深夜食堂」そのものだった。

 

 

 毎日来る80を過ぎたおばあちゃんが居た。
 西成~新世界の芝居小屋でよく見かけるおばあちゃん。役者の写真が入ったペンダントを首から下げ、にこにことペンライトを振っていた。歳同様に観劇歴も長く、大御所座長たちのことは子どもの頃から知っている。舞台のトークタイムでよく声をかけられていた。
「おかあちゃん、長生きしてやぁ」
 聞こえているのかいないのか、にこにこ振り振りで応えていた。その足でひょっこひょっこと商店街を歩いてきて店で晩御飯を食べる。店に入るのは夜9時くらい。いつも、一番手前の鉄板席に座り、煮魚だの焼き魚だのをつついていた。
 白ご飯はパックに入れて持参していた。
 店には「現金払いで」の注意書きがいくつも貼られているが「おかあちゃん」は毎日ツケだった。会う度に耳が遠くなり、会話も難しくなったが、魚の食べ方だけはいつもびっくりするくらいに綺麗だった。
 商店街ですれ違った役者にもよく声をかけられていた。
「今月はどの劇団観に行ってるんやあ? うちにも来てやあ」
 もごもごと、でも、にこにこと、返事をしていた。
「お金がな、ないねん」
 でも別の劇団にはちゃっかり行っていた。

 演歌歌手の応援さんとも仲良くなった。
 通天閣の下、かつてそこには「歌謡劇場」があった。96年秋から97年春に放送されたNHKの朝の連続テレビ小説、大石静脚本の「ふたりっ子」で有名になった劇場だ。
 ドラマ内で注目を集めた人物に、派手な着物を着て頭に通天閣のレプリカを載せた歌手「オーロラ輝子」が居る。女優の河合美智子が熱演したこの歌手は歌謡劇場が生んだ大スター「通天閣の歌姫」こと「叶れい子」がモデルだ。
週末に開催された歌謡ショーには彼女を筆頭とし、さまざまな個性ある歌い手さんが出演した。知った名前は1つもなかった。でも、大勢のおっちゃんたちが泣きながら応援をしていた。
 拍手手拍子、掛け声にペンライト、そして、熱唱する歌手たちを包み込むように客席から投げられる紙テープ。昔の船の見送りのように、またはかつてのプロレスの応援のように、客席から愛のこもった紙テープを投げる応援さんたちには驚いた。
 この〝紙テープさん〟のひとりと店で会ったのだ。
 いつも、ほとんど食べず、呑まず、唾をとばしての自慢話ばかり。「●●ちゃんから応援を頼まれているから投げにいかなあかん!」「俺は忙しいねん!」と「この話は俺しか知らない」などなど。いつも同じ服装でわめいていた。
「あんた、あの子が好きか! ほな今度連れてくるわ! 一緒に呑も!」
 しかし約束が果たされたことは一度もない。いつしか店でも劇場でも見なくなった。

 西成の鶴田浩二とも出会った。
 こちらも常連さん。一人で来る日も、女性連れで来る日もあったが、いつもベロベロに酔っていた。ある時、叫ぶように話してくれた。
「俺ぁな、昔、刺したことあるんやぁ」
 その日居た客たちは慣れた様子で気にも留めなかったが、私は思わず彼の顔を見た。
「人をや! ぐさぁーっとな!」
 ママは得意の知らんふり。
「女をなぁ! 守ったんやぁ! 守るためやったんやでぇ!」
 返事が思いつかずとっさに返した言葉がツボにハマったらしい。
「おっちゃん! 鶴田浩二みたいやな!」
 一瞬ハッとした後、手を叩いて、更に大声で言われた。
「そうか!鶴田浩二か! そうか! そうか!」
 そして、「ねーちゃん、呑め!」
 彼ともその後しばらく会わなくなった。後に別の常連が笑って教えてくれた。
 枯葉近所にある酒場数軒の常連で、いつも同じ話をしているということを。話の内容は事実だけれど、もう皆聞かされすぎて飽きているということを。
「相手したらんでええで」

 背中の「過去」を見せてくれた人も居た。
 それまで静かに呑んでいた、眼光鋭い一見さんだ。
「俺ぁ、男の道で生きてきたんや」
 ちょっと酔いが回ってきて、饒舌になり、過去を話してくれた。
 横浜から出てきて、今は板前をやっていること、娘も無事に大きくなったこと、過去を後悔していること。話し上手で、人懐っこく、なんだかオーラがあった。
 任侠映画の話を振ると、ご機嫌になり、見せてくれることになった。背中のそれを。
「見たら惚れるでぇ」
 立派な九紋龍。触ってもいいと言われたが、断った。

 コロナ禍でヒットした韓流ドラマに「梨泰院クラス」がある。
 様々な人種が集う韓国の繁華街「梨泰院」に主人公が構えた店の名前は「タンバム」。
「HONEY NIGHT」つまり「甘い夜」という意味の名は、苦い夜や人生を甘くしたいとの想いから名付けられる。
 西成にあるこのお好み焼き酒場の名前は「甘すぎてすいません」だ。
 看板を見た一見さんは必ずと言っていいほどママに由来を聞く。ママは特に思い入れもなさそうに答える。この店は最初「饅頭屋」だったということを。
 もうこの地で約50年。その始まりの15年は饅頭屋。だから、「甘すぎてすいません」。常連さんはこう呼ぶ。「甘辛」。
 甘かったり、辛かったり、でも、甘かったり。ここはいろんな皆にとっての≪Home≫かもしれない。
 勿論、私にとっても。

 

 

 2020年、コロナウイルスという未知のウイルスの出現により、それぞれの場所が危うい状況となったり、足を運ぶことが難しくなったり、でもその大事さを想うことが増えた人も多いだろう。
 おもろいことに出会える場所。知らない誰かに出会える場所。
 家族じゃないけど家族のような皆に会える場所。
 いつもの自分と違う自分になれる場所。
 なくなると生きていけない人がたくさん居る場所。
 あなたにとって、そんな大事な場所はありますか?

 昨年末、ひさしぶりに訪れた。
 少なくとも1年以上ぶりの訪問だ。
 ガラス戸をあけると、「あら! ももちゃん!」
「元気してたー?」の後は、相も変わらず「芝居行ってるー? ウチ行けてないねーん」
 鉄板スペースには知らない顔が3人居た。歯の少ない大声で喋るおばちゃんと、持ち込んだクリームどら焼きでビールを呑む夫婦。
 カウンターに座り、瓶ビールを頼むと、銘柄を訊かれもせず、好物のアサヒ中瓶がどんと置かれた。即座に瓶の横にクリームどら焼きとミカンも並ぶ。

 

 

「ねえちゃん、これも食べ」
 街や芝居の話で盛り上がる内に瓶はすぐに空になる。だからまたもう1本。でも、そろそろ舞踊ショーの時間だ。
「ひさしぶりに劇場行くわ。戻ってくるからコレまた冷蔵庫に入れてて?」
「はい。待ってるわ、あなた」
 私が渡した呑みさしの瓶を受け取ると、ママは王冠の部分にラップを巻いて、輪ゴムで閉じ、冷蔵庫にイン。
 歩いて1分もしないあの劇場で、旅役者たちの舞踊をほろ酔いで観た。
 コロナ禍で客入りは更に寂しい。投光室もなくなっていた。顔見知りの従業員も居ない。でもあの煌々としたライトは健在だった。今は客席の後ろから、皆を見守るように、あたたかく。今日も役者の化粧は笑ってしまうくらい濃い。寒々しい客席に鳴り響くEXILEは哀しい。キメキメの流し目も寒い。でも、花道を行く役者を照らす光は、明るい。
 ほろ酔いの頭で思う。私はこの劇場が一番好きだ。数ある旅芝居の劇場の中で一番、好きだ。

 

 

 お気に入りの席から、拍手手拍子で盛り上げ、気が済んだらさっさと戻ることにした。ラップしたビールが待っている。

「あら、おかえり、ももちゃん!」
 ママが冷蔵庫から先程の瓶を取り出し、ラップを外してくれる。即座に、まだ座っていた大声のおばちゃんが私に向かって叫んだ。
「それ、私もらうわ。ママ! このねーちゃんに新しいの出したって」
 え?! あかんて!! 飲みさしやし! こちらも大声で断ったのだがおばちゃんはもっと大きな声で叫んだ。
「ウチもう帰るから1本は多いねん! 呑み!」
 かくして私の前にはキンキンに冷えた新しい中瓶が1本置かれる。気の抜けた中瓶半分をぐいぐい飲み干しておばちゃんは帽子と上着を羽織り帰り支度。
 防寒着をもこもこに着込んでドアをあけて、おばちゃんは最後に一言放った。
「ほなまた皆さん、おやすみなさい~」
 甘いなあ。辛いなあ。沁みるなあ。また来るからね。また会おね。


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