もう秋。気づけば、あっという間に夏は終わっている。
長くて、短い夏。そんな夏の1日を遅ればせながら、少しだけ振り返ってみたい。
池の浦シーサイド駅――という駅が、三重県の伊勢市にある。
JR参宮線の臨時駅で、終点の鳥羽駅のひとつ手前。
おもしろいのは、駅の「まぼろし感」。なんと年間の営業日数は、たった4日。
しかも、1日に停車する列車は上下2本ずつの計4本。
つまり、1年を通じて計16本の列車しか停まらない駅……。
2016年の池の浦シーサイド駅の営業日を見てみよう。
7月30・31日と8月6・7日の、わずか4日だけ。夏休み真っ盛りの土日のみの設定だ。
1995年の時刻表を見てみると、夏は30日間も営業していたので、今や「風前の灯」のよう。
ぼやぼやしていると、池の浦シーサイド駅の夏は、あっという間に終わってしまう。
営業初日の一番列車に乗って、池の浦シーサイド駅へ。
10時58分。鉄道ファンがわさわさと降り立つ。総勢20名弱。
下車した客は、駅に佇んではパシャパシャと写真を撮っている。
観察していると、誰も海水浴場へは向かわない。
親子連れやカップルといった海水浴客は、誰もいなかった。
そうして、下車客の大半は40分後にやってくる折り返し列車に乗り込む。
そう、池の浦シーサイド駅は、もともとは海水浴客のための駅であったが、今や海水浴客はほぼいなくなり、営業日数4日という稀少性に惹かれる「鉄道ファンの駅」となっている。
ホームの目の前に広がる海が、まぶしい。
行こう、海水浴場へ。
ぎらつく太陽のもと、曲がりくねった道を1キロほど進むと、静かな浜辺に辿りつく。
駅から歩いて15分ほど。ここが「池の浦シーサイドパーク」と呼ばれる海水浴場。
人影が少なくひっそりとした静けさが漂っている。
そそくさと汗にまみれた服を脱ぎ捨て、海水パンツに着替える。
浜辺には、キレイな更衣室も温水の出るシャワーも完備されている。
監視員はおらず、音楽も流れていない、静かな海水浴場。
池の浦のビーチは500メートルほどの砂浜が広がっているが、このときの海水浴客は総勢で10名ほど。なんという贅沢。ひとりで冲に向かって、ばしゃばしゃ泳ぐ。波は穏やで、水も澄んでいる。ときどき、少し潜って海底の砂地と海草を観察してみる。
この静けさ、冷たい水の心地よさ――。
それにしても、なぜ今やこんなに海水浴が下火なのだろう。
なぜ列車で海に行く人が、こんなにも少ないのだろう。
いったい、海水浴客はどこへ消えてしまったのだろう。
目の前にある海は、こんなにも美しいのに。
今や車での行楽が一般化しているし、海水浴以外の娯楽もたくさんあるためだろう。
でも、やっぱり幾つになっても列車に乗って海水浴に出かけたい。池の浦シーサイド駅は、年間わずか4日。そんな泡沫のように、あっという間に消え去ってしまう「夏」だからこそ、濃密な1日の記憶を残してくれる。秋が深まっていく。でも、夏のささやかな1日は、ふとした瞬間によみがえる。