むかしむかし、そう、今から25年ほど前のことでした。日本全国津々浦々の街角には、公衆電話なる物が林立、または店先などに設置され、人びとは大変重宝に利用しておりました。それはマッチ箱ほどの大きさのポケベルなるものが、会社からの呼び出しに使用されている時代、携帯電話など夢のまた夢の世の中でありました。
一方、相変わらず男と女の関係は古来、神代の時代から変わることなく夫婦関係とは別の、欲するもの提供したいものたちが常に存在し、それを介在したりする表なのか裏なのか訳の分からない産業と社会が存続してきたわけです。
その時代に敏感な彼ら、彼女らはあらゆる手段を用いまして、お客を取ることを工夫してきたわけです。そして目をつけたのが、街に個室のようにたたずむ電話ボックスでありました。もしかしてこれに我が店の宣伝を張っておけば、一夜のお楽しみを求める紳士たちが、大変利用しやすく、便利なのではないかと、思ったわけです。
そこで連絡先の電話番号を、美しい女性の写真とともに貼り付け、お客さんを獲得しようと思ったのであります(想像です)。いわゆるご自宅やホテルに出張する、売春サービスがあったわけです。飲んで勢いをつけて連絡する人が多いためか、都内の繁華街近くの電話ボックスには、ほぼ全面にこの小さな「ピンクビラ」が張られることのなったのであります、効果があったのでしょうね? 目立たせるためなのでしょう、やがて過激な文句、写真が多くなり、健全な青少年、女性、子どもたちは、恥ずかしくてこのボックスの中にはいられないような状態にもなりました。 電電公社からNTTになったばかりの電話屋さんもこの事態をただ見ているわけにもいかず、人を雇い、ビラをはがしにかかったわけです。張る者、はがす者のいたちごっこが始まったわけです。もちろん法律違反でもあり、つかまる人も出るわけです。 さてさてその当時、夜中に花を配達するという仕事に従事していた、おじさんがおりまして、六本木、銀座、新宿、上野と都内の街角をトラックで明け方近くに走り回っておりました。そしてあることに気が付いたわけです。それは、びっしり張られた電話ボックスのピンクビラにそれぞれ街ごとの違いがあるということを……もともと収集癖のあるおじさんは、仕事の合間合間に、ボックスの前でトラックを止め、まるで切手を集めるように、はがして集めまくったわけです。そのおじさん、40歳目前のことでした。
時にははがしている職員に「張っちゃだめだ」と怒られることもしばしば。利用者に見られてもはずかしいので、人目を気にしながら、「おっ、これは素晴らしい!」と、時にニタニタしながら集めたわけです。
まぁ、いろいろなものを集めているわけですが、人に知られたくはないなと思いつつ、大量にしかもただで集まるわけで、これは楽しいコレクションであったのです。しかし家族には秘密にしなくてはならず、夜勤明けのだれもいない家で、スクラップしていったのでありました。 これが日の目を見ることはないだろうと思っておりましたが、某編集長から「見せろ」と言われたので、見せるわけです。
美しい女性の写真でビラを作った人、イラストを書いた人、手書きの人……さまざまな人に思いをはせながらの公開であります。本業の合間に事務所の小部屋で書かされていたのかな? 何歳くらいの人かな? 日本人だよなぁ? 今はどうしているんだろう、元気かな?と……。
しかしやがて取り締まりも厳しくなり、張るのが困難になると、そのチラシをまとめた小袋になり(これはこれで集める方は簡単になった)、それがやがて小雑誌のようなものに発展しました。そして携帯電話なるものが世の中の主流になり、電話ボックス自体が消えてしまうとビラも消え、時同じくして私の夜勤の仕事も消えて、はかない風俗資料の収集は時代とともに消滅したのでありました。
とまぁ、いろいろありますが、一つだけお断りしておきます。私、この手のサービスは一度も利用したことはありませんので、あしからず。