美しきトタン板・1 ~ある日突然


 ごくごく普通の生活を、いつもの通りずーっと続けてきまして、普通の家に住み、その家で普通の食事をとり、普通に寝起きしてきたわけです。ところが突然お隣が……今までご近所仲良く、何十年と暮らしてきたのに、突然そのお隣がなくなってしまったのです。
 空き地になってしまったお隣の土地を見に、朝起きて外に出てみましたら驚きです。
 「なになに、何なのこの我が家の壁?」
 「どうしたのこの汚さ?」
 そうなんです、今までお隣と何十センチしか離れていなかったお互いの壁は、誰からも見られることなく、修理するにも手が届かず、
 「まぁ、誰も見ないんだから、いいでしょう? このままで……」
 「そうよねぇ? 壁としての役目は果たしているんだし、家の中はきれいなのよ、この壁のところ……」
 そうなんです、機能としてはちゃんと果たしていてくれたんですね? この板壁もとりあえず張り合わせたトタンの波板も……。
 しかししかし、その壁がある日突然に世間の目に触れる事態になってしまった。「どうしよう? 売ったお隣はお金持ちになったかもしれないが、我が家はそのまま、お金をかける余裕はない……まぁ、トタンでも張ってもらおうか? このままにはしておかれないし、雨風が入ってこなかったらいいだろう?
 こうして今まであったお隣の屋根の形と同じように、トタンが張られたり、ペンキだけ塗り分けられたのであります。
(すみません、これは勝手な想像です。写真のお宅とは何の関係もありません)

 

 

 港区芝で見つけましたが、これはこのお宅の裏ですね? その両脇の家は残っておりまして、凹型に家がなくなったわけです。波板トタンが張られた壁、残ったモルタル壁、窓に張られた目隠しのヨシズ……これも日本の下町の原風景になるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 この2枚は茨城県は石岡市の風景です。もともと外気にさらされて色の褪せたブルーの波板と、新しい青のコントラスト。何度も黒く塗られてそれでも錆びたところ、クリーム色の部分、さび止めの赤茶色の部分、そしてそこに映えるブルーの出入り口……いいでしょう?

 

 

 

 墨田区の、昔の色街として有名だった玉ノ井の風景。白と青の新しいトタン板の塗り分けが美しい。

 

 

 

 名古屋市中村区 ここも古い街並みの残っているところです。こんなにはっきりと壁が残っているんですね? 1階の屋根部分と表の看板建築。そこに2階部分をあとで増築したものか? 黒い平板と、その上のさびた波板、屋根上の物干しに上る、さびた鉄の狭い階段。いいなぁ。

 

 

 

 これも同じ中村区、お隣がなくなって何年になるのか? それともなくなる前からこのトタン板は活躍していたのか? なかなかの存在感です。

 

 

 

 千葉県船橋市、これは解りやすいですね? お隣の屋根はくっついていたんでしょうね? 屋根の形に外に出ていた2階部分と表の波板は同じさび具合。お隣のなくなった1階部分、雨漏り防止のシート、波板、板壁、目隠しのシートとヨシズ、そしてコンクリート……オールスター勢ぞろいです。

 

 

 

 墨田区亀戸の風景。スパッと張り分けられた白と青……この色の組み合わせが多いですね? 雨が跳ね上がって侵入してさびやすい土台に近い部分が歴史を感じさせます。

 

 

 

 台東区日本堤。看板建築の表部分は銅板でしょうか? くっついていたお隣と重なった部分は似たような緑色に塗られた波板トタン。渋いです。

 

 

 

 茨城県結城市。蔵造りのお店のお隣が駐車場になってしまいました。ちゃんと波板が張られています。たぶん同じような蔵造りのお店が並んでいたんでしょう? 風景はがらりと変わってしまいます。

 

 

 

 千葉県八日市場市。表は石造りの洋風のビルに見立てた看板建築でしょうか? 2階の屋根部分には凝った飾りの細工が瓦の屋根に乗っています。黒い色に塗られたトタン板と、開けることはないだろう雨戸……お隣の家がなくなってしまうというのは大変なことです。

 

 

 

 文京区の古い家並みが残る、人気の谷根千は根津。何の工夫もなく、見てくれの美しさもほとんど考えずに、とりあえず波板トタンで古い壁を覆ったという、2つの小さい窓部分だけ残して張られた白系のトタン板。さすが都会ですぐにやんちゃな若者がスプレーでいたずら書き……、そしてそれをまたスプレーで消そうとしたこの家の御主人の努力と苦悩……。

 

 

 

 日本橋の、家なのかアパートなのか? 根津と同じベターっとした壁ですが、このさび具合は美しい。たぶんこの家の人びとはこのままトタン板が落ちてくるまでは、さびようとどうしようと見て見ない振りをするのが一番だと思うでしょう。別に他人からどうのこうの言われようと、関係ないのです。

 

 

 

 葛飾区立石。呑兵衛の聖地として有名になった街ゆえに、古い建物も見られます。路地から見えた風景ですが、このくらい塗り重ねられ、はげたりさびたり……壊すのも面倒くさく、水を貯めるにはよいだろうなどと思われて、その軒下に置かれた古い風呂桶と、半端になったであろう建築資材。まるで海辺の作業小屋のような風景です。

 

 

 

 墨田区東向島。立石に負けないくらい古くから花街として賑やかだった東向島は、小さな町工場も立石と同じようにたくさんあります。何屋さんかは分かりませんが、すべての壁を囲っているであろう、このさびてところどころ穴の開いた波板トタン、シンプルなエントツとともに完璧な作業小屋だと思います。

 

 

 

 最後は浅草橋。総武線のガード下、橋脚と橋脚の間の空間の有効利用です。前後に壁を作れば立派な店舗や倉庫になります。こうやって活用できるところは、100パーセント、いや200も300も上手に使うのが都会人です。住めば都、うるさかろうが揺れようが、これほど頑丈な建物もないでしょう?

 
 ある日、突然人目にさらされることになった我が家の古い壁の応急措置(?)で張られたトタンの波板。トタン板は亜鉛鋼板で、同じようなブリキ板(すずめっき)とは違い、缶詰などの食品容器やおもちゃには使用されず、おもに建築用として明治の末から普及し、大活躍しました。
 その名声と栄光は、さびることなく永遠なのです。

 後日の第2弾もお楽しみに。

 


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