そうだ、マカオに行こう!(2)


 カジノとは、一夜にして莫大なカネが動くエンターテイメントである。そう、言うなればオトナのディズニーランド。そんなイカしたテーマパークを思い切り楽しむためには、重要な心構えを持つ必要がある。それは、常に冷静さを保つこと。賭博は熱くなればなるほどゲームにのめり込んでしまい、周りが見えなくなってくる。その時点でプレーヤーの負けはほぼ確定だ。勝負はいつもクールな観察者が支配する。

 僕は大学に入って麻雀やらパチスロやらを嗜むようになり、どんな状況下においても冷静さを保つことこそが全てだと学んだ。カジノも賭ける金額こそ跳ね上がりはするが、そこは同じである。肩の力を抜いていこうと思った。

 カジノはとてつもなく広かった。中央に備え付けられたステージにはセクシーな衣装に身を包んだ男女がライトアップされながら激しい踊りを披露していて、それをスケベなおじさんたちがジュース片手にぼーっと眺めている。それを囲むようにルーレット、ブラックジャック、バカラ、ポーカー、そして大小とゲームごとに場所がわかれている。

 平野さんは晩飯でも食うかと誘ってくれたが、僕はワクワクしてきて腹の減りなど感じなかったので、ありがとうございましたと礼を言って平野さんとはここで別れることにした。さあ、いよいよはじまるぞ。

 とはいってもここで焦ってはいけない。僕はクールな観察者を演じ切るべく、他の客がプレイしているところをしばらく後ろから覗くことにした。

 大小の台は人気らしく、大勢の客で賑わっていた。とはいっても台によって人気がわかれていて、賑わっている台と全く人がいない台がハッキリと見受けられた。台の横にはモニターが備え付けられていて、そこにこれまでのゲームの結果が表示されている。それを見て面白い展開になっている台に人が集まっているようだった。

 大小というゲームを簡単に説明すると、サイコロを同時に3個シャッフルし、その出目の合計が大か小かを当てるシンプルなゲームである。サイコロの出目は合計3~18まで出る可能性がある。「4~10」が小、「11~17」が大で「1,1,1」「2,2,2」「3,3,3」「4,4,4」「5,5,5」「6,6,6」はゾロ目という感じにわかれている。最低倍率は大か小を当てた場合の2倍、最高倍率はゾロ目を当てた場合の181倍である。もしゾロ目が出た場合はその合計出目が大か小かは関係なく、ゾロ目に賭けている人以外のチップはディーラーの取り分になってしまう。というのが基本ルールだ。

 僕は一番賑わっている台を見つけると、人混みを掻きわけて押し入り、中央の真ん中の位置を陣取った。モニターには「大小大小小大大大大大」と表示されている。大が5回連続出たので次も大が出るのか、それとも次こそ小が出るのかで意見がわかれ、白熱しているようだった。

 次はなにが出るのだろうか、大の大人たちが固唾を呑んで蓋が開くのを待っている。あれやこれやと野次を飛ばしているひともいる。場をみると小に賭けているひとが多かったが、僕は心の中でもう一度大が出るほうに賭けた。ディーラーがゆっくりと蓋を開ける。なんとまたもや大が出た。ディーラーはなに食わぬ顔でチップを回収する。周囲がザワつき、さらに多くの観衆が集まってきた。これで「大」が6回連続で出たことになる。

 その台は熱気を帯びてきて、観衆たちら「今度こそ小が出るだろう!」「いや、また大が続く」と思い思いの自論を口々に叫んだ。僕はもう一度心の中で大が出るほうに賭けた。これといった根拠はないが、なんとなくそんな気がしたのだ。

 プラスチック製の容器の中で3つのサイコロが、カシュッという心地良い音を立ててシャッフルされる。そしてあるひとは自信満々に小のスペースに大量のチップをドンと置き、あるひとは悩みながらおどおどと数枚のチップを大のスペースに置く。周囲に沈黙が訪れ数秒が経つと、ディーラーは台を舐めるように手を這わせ、「No more bet」とこれからはチップを置かないように警告する。人々はまるで餌をもらう犬っころのように眼球をかっ開き、ジッと一点を見つめている。飼い主であるディーラーがゆっくりと蓋を開けると、周囲に声にならない大きな溜め息が漏れた。それとは対照に雄叫びをあげてガッツポーズしているひともいる。

 なんと、またまた「大」が出たのだ。これで7回連続である。これには観衆も驚き、ただ事ではない雰囲気になってきた。一体いつまで「大」が続くのだろうか。このままいくと永遠に「大」しか出ない気さえした。ここで今まで「小」に賭けてはことごとくハズレていた人たちが「大」に流れてきた。自分の決意に自信がなくなり、揺らいできたのだ。もしかするとまた「大」かもしれないと。

 そこで僕はディーラーの立場に立って考えてみた。もし僕がディーラーならば、ここが一番の稼ぎどころだろう。より多くのひとが「大」に賭けるこの瞬間を待っていたのだ。場にいるみんなが我を失って「大」と予想する場面でついに「小」を出してカモにするのが、ディーラーには最高のシチュエーションであることは間違いなかった。僕は心の中で「小」に賭けた。

 本物のディーラーは慣れた手つきで容器に蓋を被せ、ボタンを押して3つのサイコロをシャッフルする。カシュッという音がしたのち、場にいたほとんどのひとが「大」にチップを置いた。保険がわりに「小」に数枚のチップを置くひともチラホラいる。しかし中にたったひとりだけ「小」に大量のチップをスッと差し出した中国人らしきおじさんがいた。恐らく僕と同じく、ここが勝負所だと確信したのだろう。僕はこのおじさんに自分を重ね、応援することにした。

 ディーラーは中国人のおじさんを横目でチラッと見たあと、静かに「No more bet」の警告をかけた。数秒の間を置いてゆっくりと蓋を持ち上げる。ほとんどの人がまた「大」が出るだろうと予想していた。

 結果は「小」だった。人々は一斉にワッと声をあげ、苦々しい落胆の表情を惜し気もなくみせた。ディーラーは無表情のまま「大」に賭けられた大量のチップを回収する。負けた人たちはバカバカしくなったのか、こんな勝負なんかやってられないとでもいうように一気に席を立った。それに釣られるように沢山いた観衆たちもワラワラと散っていった。

 それを尻目に、「小」に賭けていた中国人らしきおじさんは報酬として1枚で1万円近くするチップを束に重ねたものを受け取っていた。僕の推測は当たっていたのだ。もしも僕がこのおじさんと同じように賭けていれば、などと架空の自分を想像してしまった途端に歯痒い気持ちがこみ上げてきた。しかしここで悔しがることは禁物である。見極めることができればチャンスはいくらでも到来するのだ。僕はすっかり人のいなくなった台の前にぼーっと立ち尽くし、湧き起こる充実感を噛み締めながら心の中でニヤリと笑った。

(3)に続く


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