ルールマランの村は長閑だ。
私とユークは時々思い出したようにエクス・アン・プロヴァンスでバスのチケットを買ってルールマランに行くのだけれど、それは大体金曜日の朝のことだ。
金曜日の朝には村の真ん中の通りに少し大きなマルシェが立つ。地元の人や、少し離れたところから車でやってきた人たちによって売られているものは本当に多岐にわたる。野菜や果物や肉やチーズ、石鹸、オリーブ、色鮮やかなスパイスや、様々なピクルス、チョコレート、子ども服、大きさも形もまちまちな布、どこかで見たことのあるようなマークが入ったジャージ、Tシャツ、古い食器や本、切手、完全にさび付いたドアノブ、ずっと昔に誰かから誰かに宛てられた絵はがきとか。
食料品や衣類ならまだわかるけれど、こんなもの誰がなんのために買うのかな、と思うようなものを当然の顔をしてひとつひとつ並べて、その横に置いた椅子に澄ました顔で腰かけているサングラスの店主たちを見て歩くのも面白い。
初めに「ボンジュール」とひと声かけて、勝手に商品を手に取ったりせず行儀良く眺めたり話しかけて商品を手に取ったりしている分には、結局ほんのちょっとしたものしか買わなくてもなんなら何も買わなくても、嫌な顔はあまりされないし店主たちは大体みんな優しい。
「これは何?」
と何かの蓋を指さすと、
「誰かの思い出よ」
とタンクトップを着て、日焼けで肩をすっかりそばかすだらけにした赤い髪のマダムが笑った。すべての物は誰かの思い出。そう考えると俄然何もかもが輝き出すのがマルシェの良いところだ。
ユークが足を止めたのはパンデピスの出店の前だった。
「これ、お土産にしようかな」
テーブルの上にどっかりと置かれた四角い大きなパウンドケーキの塊をじっと見ている。カットされた断面を見るとレーズンやナッツがたっぷり入ってお酒をしっかり吸い込んでいてとても美味しそうだったので、自分用にも買うことにした。ついでにその隣のテーブルで、炊き上がったばかりの良い匂いをさせているパエリヤのパックもひとつ買って、私たちはマルシェの人混みから少し離れた。
村の大きな通りから一歩外れてしまえば、原っぱが広がり、私たちは草の中のベンチにこしかけてパエリヤのパックを開けた。サフランの香りがよく、海老も蛸もごろごろと入っていた。
「ワインが飲みたいな」
と言うと、ユークが
「後で探しに行こう」
と言って、海老を口に入れた。
「美味しいね」と目を細める。この国で見るものはとにかくすべて眩しい。
食べ終えたパエリヤの蓋をしめ、立ち上がると、原っぱの奥で驢馬が長閑に草を食んでいるのが見えた。
「ここはね、カミュが愛した村だって」
と、後ろで立ち上がったユークが言った。
「村はずれの墓地に眠っているんだって」
「愛した村があるっていいね」
と、驢馬を眺めながら答えた。カミュが愛した人はこの村にいたんだろうか。それはそうと一体私はどこで眠りたいだろう。
「ワインが飲めるカフェを探す?」
とユークが言ったので、頷き、驢馬にオーヴァと手を振った。彼の背中には二三羽の鳥が悠々と乗っている。驢馬はゆっくりと向きを変え、カミュが眠る墓地の方へと歩いて行った。空はまだからりと青く夕焼けにはほど遠かったが、一頭の驢馬がゆっくりと歩いて行く先には穏やかな夕闇が広がっているのだろうと思った。
誰も彼もが遠くなってやがて私はすとんと眠くなってしまった。