おととい、春一番が吹いた。今日も暖かい風が吹いている。
記録的な大雪が降って、雪かきをしたり、滑って転んだり、たいへんな思いをしていたのは、ついこのまえのことなのに。
いよいよ春めいてきた。
この「春めく」の「めく」というのはおもしろくて、名詞とか形容詞、擬声語などにくっついて、「~のようになる」「~らしくなる」「~という音を出す」などの意味を作り出す言葉。
あまり聞かないかもしれないが、「夏めく」「秋めく」「冬めく」などの使い方もあるようだ。
ほかにも、「ときめく」「ざわめく」「いろめく」「うめく」「なまめく」「ゆらめく」「よろめく」なんていうのもある。
ちょっとした思いつきだが、今回のソトノミストは「めく」をいくつか使ってみようと思う。たくさんは使えないかもしれないが、最後に答え合わせしてみたい。ぜひ文中に「めく」を使った言葉が何回出てくるか数えてみてほしい。
なお、「~めく」でも「~めき」でも数の内とさせていただく。
本日のソトノミストは後楽園にやってきた。まあ近所なので、ぶらぶらと徒歩で。
目的地は、大人も子どもも楽しめるお遊びスポット「東京ドームシティ」にある、「ウインズ後楽園」だ。
見た目そのまんまだが、通称「黄色いビル」と呼ばれている。ちなみに昔はこの裏に「青いビル」というのもあったのだが、そちらは外観が青から茶に変わっていて、名称も「後楽園ホールビル」に変更されていた。
さて、ここウインズ後楽園は、9階建てでとても広い。エスカレーターもとても長くて、豪華なショッピングモールに来たかのようだ。
でもよく見ると、テレビ画面はやたらとたくさんあるし、見慣れぬ機械がひしめくように並んでいる。そして馬券を買うためのいろんな種類のマークカードを見て、ここはショッピングモールではないとあらためて思うのだ。
いちばん肝心なことを言っていなかったが、ウインズ後楽園は、日本最大級の場外馬券場だ。ここは、本物の馬が歩いたり、走ったりすることはないが、馬券を買ってレースを観戦したり、当たった馬券を換金したりできる。つまり競馬を思う存分に楽しむことのできる場所なのだ。
通常は立ち見で(イスもいくらかある)競馬観戦する人がほとんどだが、モニター付きのゆったりシートを一日貸し切って楽しめるフロアだってある。しかもビュッフェ付きのエクセルフロアというものまであるのだ。
ソトノミストは馬券を買ったことはあるが、競馬ド素人だ。
昔、競馬をこよなく愛する上司の下で仕事をしていた頃、あれこれ教わって何度か買ったがサッパリ当たらず。俺には競馬のセンスのかけらも才能も無い! と思い込んでいるため、今回は通常とは別の楽しみ方をしてみようと思う。
それは、「ウインズ後楽園グルメ」。
競馬ファンの皆は飲み食いしながらレースを楽しむ。こちらは飲み食いに集中して、場外馬券場の雰囲気を満喫しようと思う。
JR水道橋駅を出て、黄色いビルへと続く陸橋を渡るとすぐにウインズ後楽園の入り口がある。いや、館内に続く出入り口はあちこちにたくさんあるのだが、たぶんここが一番入口っぽい場所である。実物大のリアルな馬が出迎えてくれるのだ。
その馬のすぐ隣に、ボタンを押すだけで今日の競馬運を占ってくれるというマシンがあった。
たぶん買わないだろうが、一応ボタンを押してみたらスピーカーから大きなファンファーレが鳴り響いて、
「中吉! データ重視もいいけど、ひらめきも大切にね!」
とアドバイスを受ける。
うーん。もしかして何かがひらめくようなことがあれば買ってみようか……。
おや? あれはなんだろう。
フロアの一角に、テーブルとイスを並べて二人の女性が見える。はためくピンク色ののぼりには、初心者マークと「ビギナーサポートデスク」の文字。
ほほう。きっとあの人たちはソトノミストみたいな初心者に、馬券の買い方とか、競馬のルールなんかを教えてくれる先生なのだろう。でも、初心者と思われるのは恥ずかしいから通り過ぎてしまおう。
いやいや。せっかくなんだからと思い直してUターン。
「すいません。サンレンプクってなんですか?」
「はい、三連複は1着、2着、3着となる馬の組み合わせを当てる勝馬投票券ですよ。はい、着順は関係ありませんよ」
と、優しく教えてくださる。
「詳しくはこちらの冊子を読んでくださいね。はい」
と、小冊子3部とWINS後楽園マーク入りのクロスが入った手提げ袋を手渡してくれた。
こんないいものが貰えるとは思っていなかった。うれしくなって、
「わあ! ありがとうございます。記念に写真を撮ってもいいですか?」
と、カメラを取り出すと、
「ちょっと、ちょっと、館内撮影禁止ですよ!」
と近くにいた監視員が走って来る。慌ててカメラをしまって退散するソトノミスト。
館内撮影禁止か。となるとウインズ後楽園グルメの写真は撮れないか。残念…… 。
よし! ここで一杯。馬券は持っていないが、ソトノミストも皆に紛れて飲ませていただくとしよう。
売店カウンターにて、ホッピー500円と、魚肉ソーセージ200円を購入。
ゴクッと冷えたホッピーを喉に流して魚肉をガブリ。
さっき貰った小冊子をパラパラと読みながら、なんとなく馬券を買ったような気分になってきて、レースの行方を見守る。
1レース毎、ゴール寸前になると一気に盛り上がっては、皆がざわつく感じがだんだん楽しくなってきた。
これから「弥生賞」というレースがあると書いてあったな。
「弥生」は、3月のことだからきっと3番の馬が来るぞ。いや絶対来るぞ。
そんなふうに思い込んだら、なんだかほんとうに、勝馬投票券を買う気になってきてしまった。
ネットで調べると、弥生とは「いやおい」が変化したもので、「弥」は「いよいよ」「ますます」、「生」は「生い茂る」と使われ、草木が芽吹く月という意味で呼ばれるようになったことに由来するとのこと。
血統だとかレース展開だとかは全然分からないので、とりあえず弥生の「3」と、あとは会社の電話番号の数字で買ってみよう。 三連複で、「3-8-9」と、「1-3-9」でいこう。競馬をこよなく愛する昔の上司に言ったら叱られてしまいそうな買い方かもしれないが。
間違えないように慎重にマークカードに記入し、自動発売機で購入する。
ホッピーを飲んだら体が冷えてきてしまったので、ホットドリンクを追加購入。ウイスキーのお湯割り 400 円と、厚揚げ 200 円。
熱いウイスキーのお湯割りを受け取って、ちょっと指先を温めてから、二切れの厚揚げにからしを多めに付けた。
お湯割りをすすっては、ちびりと厚揚げをいただき、なんとなく隣のカウンターの競馬ファンたちの楽しげな世間話や競馬情報を聞いているうちに、
「さあ弥生賞だぞ!」
ということになった。
弥生賞は人気のレースらしく、皆かなり注目しているようだ。レースが近づくとだんだんとそわそわ賑やかになってくる。
ソトノミストも叱られるような買い方だが、自分の買った馬を応援する。
「ただ今、各馬ゲートに入りまして(『ガコッ!』 っとゲートの開く音)、一斉にスタートであります!」
実況中継はあまりよく聞こえなかったが、ソトノミストもちょっと離れたところで皆と一体になってテレビ画面に釘付けになる。
「よーしよしよし!」
「いけ!」「ああーっ!!」
「だめか!」「っくーーー!!」
「そのままそのまま!!!」
大勢のファンたちのさまざまな掛け声が重なり合って大きなどよめきになり、黄色いビル全体に鳴り響いた。
「さあ、各馬コーナーを回ってゴール前、最後の直線であります!」
おー!? きわどいぞ!!
「1着9番ダノンプレミアム、2着8番ワグネリアン、そしてきわどい3着争いは写真判定に入っております! 3着は3番ジャンダルムか、それとも10番サンリヴァルか!?」
おおおー!? ってことは、3着争いで3番と10番が同着に見えたけど、3番がくれば当たりだ! たのむー! 3番! 3番! 3番! こんなときは、着順掲示板の「写真」ランプの点灯がとても長く感じる。
すると間もなくして、「確定」ランプが点灯。同時に3着に3番が点灯した。
なんと! 買った券が当たった。
「うあああーっ!」
「おっしゃー!」
喜ぶ者、わめく者、握り拳を突き上げる者、券をくしゃくしゃにしてしまう者。あらゆる感情が空間に混じり合ってゆく瞬間。
ソトノミストはというと、喜びを分かち合う相手がいないため、ポケットの中で握り拳を作り、一人で喜びをかみしめていた。
さて、冒頭にお話しした、「めく」クイズの答え合わせ。
「きらめく」「ひしめく」「ひらめき」「ひらめく」「はためく」「どよめき」「わめく」の計7回。全部お気づきになっただろうか。
それではまた、いつか、酒とともに。