「M」のマークのハンバーガーチェーンによく行く。
平日、朝10時から11時半頃。
大抵の人なら勤め先にいる時間であろう時間、
朝のワイドショーが終わり正午のニュースが始まるまでの、朝でも昼でもない時間に。
または14時から15時過ぎくらい、ランチタイムの喧騒が過ぎたお昼過ぎ、
窓からの陽ざしが眩しいぽっかりとした時間に。
夕方を過ぎるとよくない。
高校生たちの場所となる。
制服のまま恋愛話に花を咲かせる彼女らや、体育会の部活動の大きなカバンを床にどんと置く彼らの。
育ち盛りの体には絶対に良くない塩まみれのポテトをつまみ、有り余る元気さでお喋りを続ける様は、眩しくもちょっと辛い。
エネルギーを吸い取られそうな気がしてしまう。
私自身が「エネルギーを吸い取る時代」の頃は、昼前や昼過ぎのそこに一体誰が集っているかなんて考えもしなかった。
いや、夕方もほとんど行ったことがなかったが。
しかし今の私は平日のこの時間によく行く。
資料だの紙だの原稿だのが詰まったバッグを持って、自転車で。
時に2つの店を梯子したりもする。
国道2号線沿いにある店舗はかなりの大型店舗で駐車場も広い。
ドライブスルーもあり、ひっきりなしに車が入ってゆく。
席と席の感覚も広々としており、2階にはキッズルームも完備してある。
朝メニューから通常メニューに切り替わる前後、4人がけのテーブル席に100円のコーヒーやチキンナゲットなどをいっぱいに並べ、わいわいと「女子会」をしているのは推定平均年齢70前後の女子たちだ。
コーヒーの横にはサービスのお水、皆がもらっている。
お代わりもしている。
メニューが提供されるカウンターに行って頼むのではない。席から大声で注文をする。
「おねーちゃん、お水ちょうだい!」
クルーのお姉さんは0円のお水を運んできて0円のスマイルで言う。
「いつもありがとうございます」
ジャージやスウェット姿の元・青年2人も向かい合っている。
もごもごと、あの黄色すぎるバーガーを手に。
老夫婦も居る。
良き陽ざしの中、老いの滲む口元でバーガーを咀嚼している、会話はない。
満足しているのか笑っているのかどちらでもない表情で。
ショッピングカートを傍らにおき、ストローで飲み物を啜っている老女も居る。
花柄のショッピングカートからはネギが飛び出し、閉まり切らない蓋からは納豆だののパッケージが見えている。
アップルパイひとつをトレイに乗せて、宝物のように見つめながら、いつまで経っても食べようともしない中年の女性もいる。
私は薄いコーヒーひとつが乗ったトレイを眺める。
トレイに敷かれた広告には笑顔のクルーたちや、談笑しながらハンバーガーを食べる幸せそうな若い家族の写真。
顔をあげる。
家族は居る。
スヌーピーが大きくプリントされたパーカーを着た、スッピンたれ目のお母さん。
その横には作業服のままのお父さん。
お洒落な茶髪の子どもは2人。トレイの写真とは違うが、楽しそうだ。
サラリーマンも居る。
とりあえず座れる場所を探して駆け込んだのだろうか。
食べるよりも、場所。
パソコン。タブレット。
営業マン風の人や、デザイナー風の人。
食べ物飲み物には集中していない。
別店舗に昼過ぎの15時半頃、強烈な中年女性2人連れに出会ったこともあった。
店員に「このポテト冷めてる!!」「塩が少ない!! 多めにふって!!」
と細かいクレームを入れまくり、塩多めのポテトを持ってきてもらうも半分以上残したまま。
両手に派手な色のネイルを塗りつつ、コロナ禍の今を憂う会話をしていた。
「今日は店早よぉ開けるわぁ」
と、大声でつぶやきながら。
派手な花柄チュニックに、色あせてまだらになった茶髪のお姐さんたちだった。
最初に断っておく。
どの店舗もがこうではないだろうし、私が足を運ぶ店舗も毎日毎回がこうではない。
しかし、昼前や昼過ぎのそこは、中高年のたまり場となっている。
近所にあるLのマークのハンバーガーチェーンもそうだった。
最寄り駅の前、いや、駅下にあり、元は隣り合う大きな病院の見舞い客がよく利用していた。あきらかに病院をこっそり抜け出してきたのであろう上下パジャマ姿の人がコーヒーを啜りながら煙草を吸っているのも見た。
数年前に病院が移転してからはランチタイムでもめっきり客が減っている。でも店は潰れない。少ないながらも常にお客が入っている。そのほとんどが高齢者。
先日、ひさしぶりにコーヒーを飲みに入ってみた。
高齢のお姐様2人が、花柄の布マスクをはずし、飲み物を手に喋っていた。
「あの人、今日来てへんなあ」
「おかしいなあ、あの人もうちらの仲間やのになあ」
カウンター越しの店員さんが笑いながら答えていた。
「昨日は来てはりましたよぉ」
この日の女子会の話題は、
「見てもないのにスマホにスマホニュースが流れてくる」ことと、「もうすぐ年金の支給日」と「昨日のテレビに出ていた漫才師」のこと。
若いウーバーイーツの配達員が来てやっと気づいた。
私を含め店内に居た4人は誰もハンバーガーを食べていなかった。
よく行く店舗ではもうひとつ、気になり、目が行くことがある。
「何かお手伝いすることはないですか?」
土日の朝、フロア全体に響くよく通る声。あの人だ。
白いシャツ、首には赤いスカーフ。
他のクルーとは違う制服の彼女が、混み合う店内で、客の誘導や商品のテーブルデリバリーをし、声をかけている。
このクルーは「ゲストエクスペリエンスリーダー」略して「GEL」、またの名を「おもてなしリーダー」ということはHPにて調べた。
年齢制限はなく、ホスピタリティと笑顔、ハッピーと気持ちがあればいいらしい。
主な仕事は席への案内、アプリ操作のサポート、挨拶とクルーのサポート。
今、同社が力を入れているスタッフのひとつのようだ。
私が目にするその人は推定年齢60、いや、もしかしたらもっと若いのかもしれない。
しゃきっと伸びた腰、颯爽と歩く姿、歩くスピードもきびきびと速い。
細いメガネの下は常に200%のスマイルだ。
家族連れには挨拶をし、モバイルオーダーで持ち帰る客には「お気をつけて」と声をかけ、テーブルデリバリーのためカウンターの若いクルーに名を呼ばれても、他のサービス中だと「ちょっと待って下さい!」とハッキリと返事をし、背筋を伸ばす。
アルバイトに入りたての新人クルーの姿をみるとさっと近寄りサポート、手が空いた際は客席に常に気を配りながら拭き掃除をしている。
彼女が居るだけでどこにでもあるバーガーチェーンは帝国ホテルかJAL機内となるとは例えが過剰か。
しかし広い店内を颯爽と歩き笑顔を見せる彼女の姿はランウェイを歩くモデルのようで目が離せなくなる。
同じ「GEL」でも某大阪の中心地の店舗で出会ったのは若い利発そうな男性だった。
完璧なスマイルでテーブルデリバリーをしていた。
しかし高齢の女性クルーが溢れそうなゴミ箱を前にあたふたしているのを無視していた。
そんなことを思い出していると、配達を終えたデリバリースタッフの男性が2人店内へと来た。
コロナ禍でデリバリーも増えたのだろう。
60過ぎの年配男性ドライバーが若いドライバーと笑っている。
2人は新しく商品を受け取り、またバイクに跨り、走っていった。
あちこちの店舗で高齢のクルーをよく見かけるようになった。
若いクルーと笑い合っている姿も目にした。
シニアがシニアを「クロス(布巾)は使い分けって言ったでしょ!」と、叱っている光景も見た。
謎の肉が包まれた黄色すぎるバーガー。
魔性の食べ物・フライドポテト。
100点満点のスマイル0円。
Mのマークでお馴染みの超大手ハンバーガーショップ、マクドナルドに行ったことがないという人は、
東京ディズニーランドに行ったことがない人と同じくらい少ないのではないか。
日本第1号店は昭和46(1971)年7月20日、東京・銀座にオープン。
同じく銀座の「木村屋」のあんぱんが1個30円の時代、80円のハンバーガーは流行最先端の食べ物として若者たちに受け入れられたらしい。
今、同社のハンバーガーは元・SMAPの木村拓哉がテレビCMで安さと手軽さをPRする。
サラリーマンに人気の勧善懲悪ドラマの主人公を演じた俳優も新商品のCMに出演する、あのキャラクターで。
期間限定の人気商品はかつての人気野球漫画とコラボレーションをし、ヒロインを演じた往年の声優がパロディCMで声をあてていた。
元・若者にPRをしているのだろう。
そして昼前昼過ぎ、元・元若者が集っている。
感慨にふけっていたら声がした。
私と、隣の家族連れに向かって先程までカウンターに居たクルー、ネームプレートには海外の名前が書かれた若い店員さんが、窓のブラインドを指して言った。
「暑くないですか?」
家族連れと私の「大丈夫です」「ありがとう」を聞き、彼女は笑顔をひとつ残し、カウンターへと帰っていった。
陽ざしの中、またトレイに敷かれたチラシを見る。
「ひとりじゃない。みんながいる」
「つながりにくいこんな時代だからこそ、仲間と過ごす時を」
3度目の緊急事態宣言が4都道府県に発令された今も。
要請対象時間帯(20時~翌5時)こそ持ち帰りとデリバリーのみにはなってしまったけれど。
昼前や昼過ぎの店内には、ぽつり、ぽつりと高齢者が居る。
以前と比べ、かなり客は減ったようには思う、でもそれでも。
「鬼滅の刃」の炭治郎や禰豆子のマスクをした子どもたちが走り回る横で、
マスクを外してひとり読書を楽しむ中年女性や、飲み物を片手にスマホを打つ高齢女性、マスクをしたままお喋りに花を咲かせるお姐さんたちが居る。
曲がった腰を更に曲げて常連に挨拶をするクルーが居る。
きびきびと歩きもてなしてくれるリーダーも居る。
Mのマークのハンバーガーチェーンは、今、全国に約2900店舗あるらしい。
作っているのは、ハンバーガーじゃなく笑顔です。