ケータイもネットもつながりま泉(せん)♪  ~二股らぢうむ温泉


 

 

 昨年、長らく愛用してきた携帯電話が壊れてしまった。
 旧式の二つ折りのガラパゴス携帯電話(ガラケー)である。ドコモショップに行き「修理できますか?」と聞くと、店員さんいわく「あまりにも古い機種で、修理の対象外になってしまいます」とのこと。さらに、「スマホに変更されますよね?」と当たり前のように言われて驚いた。「いえ、ガラケーがいいんです」と咄嗟に返事。そして今、私の手元には新品のガラケーがいる。夫のコロさんに至っては、数年選手のらくらくホンである。
 「使い慣れて勝手がわかっている」というのは、私にとって、とても大事なことだ。根が怠け者なので、新しいものを吸収するパワーに欠けているし、どこか、古いものに対し、真綿のような愛着と哀愁を覚えてしまうからなのかもしれない。
 携帯電話の恩恵にあずかるようになり、もう10年以上の年月が流れた。携帯電話が一緒にいてくれることが「当たり前」になってしまうと、携帯電話のありがたさをしばしば忘れることがある。こうやって気楽にスナップ写真を撮影できることも、待ち合わせに遅れるときに相手に慌ててメールを打って謝ることができることも。

 携帯電話の存在を静かに再認識させられるのは、今回のような「携帯電話不通地帯」に滞在するときだ。
 行き先は、北海道の「二股らぢうむ温泉」。

 長万部の駅から車で30分ほど走ったところに存在するその温泉は、以前からコロさんと「いきたいね~」と話していた、地力と湯力のある秘湯である。その効能を求めて何日も何週間も滞在を続ける湯治客が多いことも知った。
 さらに、調べているうちに、「携帯電話はつながらない」「インターネットはもちろんつながらない」「バスタオルや石鹸やシャンプーは持参するべし」「キタキツネに会える」等の情報が入った。「餌付けされてない野生のキタキツネに会えるなら、携帯電話もネットもいらないし、不便でかまわない」と私。「北海道の山奥なら、もっと他の動物さんにも会えるかもだよね!」と、地図を見ながらコロさん。
 二股らぢうむ温泉のお宿に予約電話をすると、朴訥としながらも温かい声色の女性が、「うちは初めてなんですか? 道中お困りなことがあったら、電話してくださいね」とおっしゃる。え? 道中困ることってなんだろう・・・・・・と思いつつ、われわれは、のんびりと現地を目指す。・・・・・・はずだった。

 「携帯電話もいらないし」なんて発言をしたことは、今思うと罰当たりだった。まさに東京を出発する寸前で、とても大事なお仕事が舞い込んだのだった。それは、新聞記者さんを含め、矢継ぎ早に様々な人たちと連絡を取り合わなくてはいけない案件だった。
 「どうしよう!」とうろたえる私に、コロさんは、いつもの調子で「あわてないあわてない」とにっこりする。「滞在中の3日間は衛星電話を借りようよ」と言う。衛星電話って何なのかわからない私は、ぽかんとしてしまうのだが。

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 衛星電話とは、人工通信衛星と直接通信することができる電話機のこと。見た目はトランシーバーのように重厚でごつく、持つとずっしりとした感触。携帯電話が圏外の地域であっても、使用が可能である。但し、建物の中やトンネル、厚い雲など、宇宙に浮かぶ衛星と電話機を遮断する障害物があるとつながりにくい。「通信エリアは全地球」という、イリジウム衛星電話のキャッチコピーがある。

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 二股らぢうむ温泉到着。すでに道中、携帯電話は「圏外」の表示になっている。その事実を、圧倒的な大自然の息吹のなかで確かめざるを得ない。人の気配よりも、植物や野鳥や、大地の呼吸が明らかに突出しているのだ。周りに人造物がほとんどないことが、ちいさな諦めにつながり、それがなぜかゆっくりと安心の要素に変化していくのが自分でも不思議。
 「こんにちは~」と玄関に入り、お部屋を案内していただく。ぶっきらぼうなようで安定感のある、過度なお愛想のない従業員の方たち。お部屋は静かで、ガランとしている。
 窓を開けると、静かな雨に濡れる原生林が周囲に広がっている。

 

 

 

 

 お風呂は、男性と女性に分かれた内湯、混浴の内湯、混浴の露天風呂、女性用の露天風呂、さらに温泉プール。それぞれ、源泉で加水も加温もしていないが、工夫されて湯温の違う浴槽が全部で12もあるのだ。宿泊は湯治客が殆どであるが、日帰りで訪れるお客さんも絶えない。混浴の内湯も露天風呂も男性客ばかりで、結局、私は女性用のお風呂、コロさんは男性用の内湯に入ることになる。
 女性の内湯は、右側が温度の高い立ち湯、左側が広いぬる湯。そのすぐ前に二槽に分かれた露天風呂がある。いずれも黄褐色で、湯の表面にびっしりと湯の花が浮かんでいる。含ラジウム・カルシウム・ナトリウム塩化物泉という泉質らしいが、豊富に含まれる石灰のおかげで、建物の前には巨大な石灰華ドーム(天然記念物らしい)が形成されている。
 この石灰華ドームは、二股らぢうむ温泉とイエローストーンにしかないそうで、地球の底力を思い知らされるような荘厳な気持ちになってしまう。

夜の女風呂。お風呂の写真はこれ1枚のみ。常に湯治や日帰りのお客さんがいらっしゃるため、写真は遠慮がちモードに・・・・・・。

夜の女風呂。お風呂の写真はこれ1枚のみ。
常に湯治や日帰りのお客さんがいらっしゃるため、写真は遠慮がちモードに・・・・・・。

部屋からパチリ。石灰華の上につくられているお風呂。

部屋からパチリ。石灰華の上につくられているお風呂。

 お食事は、基本的に食堂でとるのだが、野菜・お魚中心の素朴な家庭のお料理だ。「うどの酢の物」「ホッケ焼き」「鮭とホタテのお刺身」「フキ煮」「松前漬」等々、北海道の食材をヘルシーにいただく。お酒は、お部屋に帰ってからのお楽しみ、ということで。
(このお宿は、持ち込み自由なのです。)

 食堂の横には公衆電話が設置されており、事前に購入してきたテレフォンカードを入れて、携帯電話の留守番電話をチェックする。特に急ぎの用事はないようだ。衛星電話の番号は、あらかじめ関係者にも伝えているが、今のところ全くかかってこない。このまま何も起こりませんように・・・・・・と祈りながら、再びお湯に向かう。

 

 

 受付で、この温泉にまつわる冊子を3冊購入した。「体験抄」では、3週間の湯治で乳がんが消えたという体験談から始まって、難治性の重い病から快復した湯治客のエピソードが次々と紹介されている。「二股の花子」という読み物には、心から驚かされた。
 なんと、花子というのはゾウで、この二股温泉で怪我を治すために湯治をするという実話だった。慈愛と人情のあふれる話で、読み進めるうちに涙が出た。そして、「二股らぢうむ温泉紹介」という冊子。こちらは、〆の文章が、まさかのタゴール(インドの思想家・詩人)の詩であった!
「なんか・・・ゾウとかタゴールとか、スケール・・・おおきいよね・・・・・・」と、コロさんとうなずきあった。

 「ところで、キタキツネいないね~」、「宿のひとに聞いてみようか」。野鳥の声は聞こえるけれど、お目当てだったキツネさんには全くお目にかからない。受付の女性に、おそるおそる聞いてみる。「ああ、キツネはね、前はお客さんが餌をあげたりして居つくようになっていたんですよ~」と女将さんとおぼしき女性。「でもねえ、ほら、エキノコックスとか感染症の問題もあって、うちは病気を治しに来るお客さん多いから、餌付けを禁止にしたんです」ということだった。やはり餌付けだったのか。
 観光客によるキタキツネへの餌やりは、北海道内では大きな問題になっている。かわいいからと安易に餌をあげるようになると、人に依存してしまうキツネが増える。道路に出てきて交通事故に遭ったり、また人との距離が接近しすぎることで感染症を媒介する悪者扱いになったりする。野生動物は自然のなかで生き、人と適度な距離感があってこそ幸せなのだと改めて思う。

 大自然とお湯を満喫し、チェックアウトの日となった。「清算をお願いいたします」とコロさんが受付に声をかけた。そこで私は、まさかの光景を目にするのだった。
 「うちは全部、そこの券売機で清算なんですよ」と従業員の方が出てこられた。えっ? 券売機? 立ち食い蕎麦屋の食券売りマシンのような券売機が、確かにそこにあった。これは、日帰りの人が使用するものだと思ったら、宿泊もすべて券売機で清算なのだった。

 

 

 

 

 券売機にぼんやりと見とれているうちに、あり得ないものを目にする。一番下の段に、「金券」と書かれたボタンがずらりと並んでいる。1万円、5千円、千円の金券、それはまだわかる。100円の金券もぎりぎりセーフかもしれない。衝撃を受けたのは、まさかの「10円の金券」だった。いったい誰が、何のために、どうやって使うのだろう、10円の金券・・・・・・。

 いろいろな意味で後ろ髪を引かれる思いで、二股らぢうむ温泉を後にした。「またどうぞ~」と女将さんが一言。お世辞も過度なサービスもここには存在しない。携帯電話の電波も、インターネットの回線も存在しない。「衛星電話借りてくれてありがとうね」(使わなかったけれど)と、コロさんにそっと伝える。「いえいえどういたしまして~」と答えながら、コロさんはそっと何かを私に渡した。

 

 

 それは、ペラペラの紙で出来た、質素な10円金券だった。よし!この10円金券を使うためにも、また二股らぢうむ温泉に来なくては、と決意を新たにするのだった。


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