お湯めぐり、ときどき喫茶店♪


雨の中之条駅。

雨の中之条駅。

 9月初旬のその日は、昼過ぎだというのに夕方のように薄暗く、ひたすらに雨が降っていた。コロさんと湯治宿を出て昼ご飯探しをするうちに、この店「キャロリヤ」に出会った。
 中之条駅前の小さな古い喫茶店。「いらっしゃい」とにこやかな初老の男性が迎えてくれた店内には、群馬の観光チラシがたくさん置かれ、大きなテレビモニターに薬師丸ひろ子さん主演の古い映画が流れていた。コロさんは紅茶を、わたしはコーヒーを頼み、さらに野菜サンドとトーストを頼んだ。その野菜サンドは、薄切りのキュウリがていねいに挟まれて、カラシの効いたマヨネーズがたっぷりとかかっていておいしかったのを思い出す。雨に濡れて少し気弱になっていた内側が、じわじわと元気になっていったことも。
中之条駅からほど近い喫茶店「キャロリヤ」(撮影は2015年)。

中之条駅からほど近い喫茶店「キャロリヤ」(撮影は2015年)。

 湯宿の、体に優しいしっとりした煮物やお鍋を食べていると、無性に喫茶店の軽食が恋しくなる。(ビートルズばかり聴いていて、ふと急にジョー・ストラマーが聴きたくなったりするあの感じにちょっと似ている?)贅沢というかわがままというか。でも、スタバやドトールではなく、断固として「昭和的なその土地の喫茶店」でないとね!というのが、コロさんとわたしの暗黙のルールで、今まで湯めぐりのなか発見したすてきな喫茶店は数多い。
 
 
 「喫茶店は賑わい」。落ち葉を踏みながら、道端の森の中に見つけた小さなロッジ風の「カフェぶなの森Fuu」。田沢湖高原温泉郷(秋田県)は、路上に人の気配があまり感じられない日だったが、いざ入店してみたら、ほぼ満員で暖かい空気に満ちていた。
紅葉が過ぎた頃の「カフェぶなの森 Fuu」。

紅葉が過ぎた頃の「カフェぶなの森 Fuu」。

手作りの、トマトのピザです♪

手作りの、トマトのピザです♪

コロさん注文のココアです♪

コロさん注文のココアです♪

 海外からの観光客、常連さんとおぼしきひとの明るい笑い声。トマトのピザを二人でつつきながら、コロさんはココア。「ムクさん、飲んでもいいよ~(お酒)」と言われて、少し迷ったけれど真面目にコーヒーを頼んだなあ。斜めに差す太陽の光に11月を感じながらも、寂しげな気持ちはみじんもなかった。
 
 
 「喫茶店は旅情」。田沢湖畔の名前も分からない喫茶店にも入った。
11月初めの田沢湖。

11月初めの田沢湖。

 駒ヶ岳温泉に泊まったときだ。柿が店内につるされていたその店は、貸し切り状態で、「ハム抜きのミックスサンド」をお願いした。かわいいリンゴがデザートに付いてきたときに、「ああ、北国に来ている」と変に感慨深くなったのを思い出す。
静かな店内には、干し柿が……♪

静かな店内には、干し柿が……♪

サンドイッチと、デザートのりんごです♪

サンドイッチと、デザートのりんごです♪

 
  
 「喫茶店は逃げこめる穴」。
 草津温泉(群馬県)は、日本の温泉地のなかでもスーパースターだと思っているのだが、平日であってもなんでも、とにかく勢いがあって人が多い。

夕方も大勢の人で賑わう、草津温泉の湯畑前。

夕方も大勢の人で賑わう、草津温泉の湯畑前。

ちょっと路地を横にそれると……「コーヒー店 綾」。

ちょっと路地を横にそれると……
「コーヒー店 綾」。

 晴れ晴れと何の思い煩いがないときは素直に楽しくても、心に傘をさしている日は陽気な喧騒が居心地悪かったりもする。そんなときに、転がり込めるいい喫茶店を見つけた。少し路地を入ったところにある、「綾」という静かなコーヒーの店。
 年配のご夫婦が一杯ずつていねいに入れてくださるコーヒーで、身体も心も安らぐ。ビロードのような椅子も、店内の明かりも絵画も、ふんわりとした湯気と相まってスローな気持ちよさ。

ほっと落ち着く、「綾」の店内です♪

ほっと落ち着く、「綾」の店内です♪

 
  
 「喫茶店はART」。松之山温泉(新潟県)から近い「絵本と木の実の美術館」(連載18回「幻想と現実のはざま」(下)参照)の1階にある「Hachi Cafe」は、空間のなかに田島征三さんの作品が躍動する非日常の空間。

「Hachi Cafe」は、小学校から生まれ変わった美術館のなかにあります♪

「Hachi Cafe」は、小学校から生まれ変わった美術館のなかにあります♪

 元小学校であるこの美術館の中、このカフェも以前は教室だったスペース。地元の野菜が生かされたトーストとバケットサンドを、コロさんと頼んで半分こした。田島さんの絵本を読みながら、遅いランチを堪能し、森の動物たちや遠い時代の小学校に思いを馳せることができる、新しくて古い静かな里山の喫茶室。
地元の野菜がたっぷりの優しいバケットサンドです。

地元の野菜がたっぷりの
優しいバケットサンドです。

茄子やカボチャがのった、美味しいトースト。

茄子やカボチャがのった、美味しいトースト。
 

 

青空の下の「三股山荘」。

青空の下の「三股山荘」。

風のなかで揺れるルピナス。

風のなかで揺れるルピナス。

 北海道。広い広い北の大地では、喫茶店の存在はとても大きかった。茫洋とどこまでも続く大地のなかで、人心地を味わうことができる止まり木のようなスポット。上士幌町にある「三股山荘」は、昨年の初夏に訪れた山小屋のような喫茶店だった。
 静寂のなか、紫やピンクのルピナスが、青い空の下で風に揺れていた。ここは歴史が古い店で、多くの登山者やバイク乗りのひとたちが、ほっとひと息をつく名所らしい。
鉄道模型は今はなき十勝三股駅、そして士幌線。

鉄道模型は今はなき十勝三股駅、
そして士幌線。

 「ジオラマがあるね」「ほんとだ」。店内には、廃駅となった十勝三股駅と旧国鉄の士幌線の鉄道模型が鎮座している。この店のご主人は、十勝三股駅がなくなった後、日本初の代行輸送のバス運転手を務めていたそうだ。店が、そもそも十勝三股駅の敷地内にあるのだった。かつて、林業で栄えた町に、民家は今二軒のみ。店主の奥様に、古い写真をいろいろ見せていただきながら、熱いコーヒーを飲む。「喫茶店は、風のなか、記憶を抱いている」。
 
 「でも、街では喫茶店ってどんどん少なくなっていくよね」とコロさん。「このままでは絶滅しちゃう」とわたし。東京の街中では、お決まりのような無機質なチェーンのコーヒー店が増えていき、古き良き時代の喫茶店は少しずつ消えていく。喫茶店にお世話になってきたわたしたちにとって、とても寂しい現象だ。
準備中の喫茶店の前に、ネコさんが……♪(飯坂温泉・福島市)

準備中の喫茶店の前に、ネコさんが……♪(飯坂温泉・福島市)

 試験勉強をしたり、原稿を書いたり、ぼんやり物思いにふけったり。若い頃の自分は、喫茶店に支えられて暮らしていた。店内にゆったりと流れるジャズやクラシック、お客さんたちの会話、お隣から流れてくるタバコの煙、すべてが適度な距離感をもって成立しており居心地がいい巣穴のようだった。今現在、旅先でこうしてコロさんと一服できる喫茶店がまだまだあることに感謝したいし、そして、喫茶店文化がいつまでも続いていくことを祈ってやまない。
 
 
 昨年秋に、中之条駅を通りかかったとき、「あの店のカラシのきいた野菜サンドが食べたいな」とキャロリヤへと向かった。ところが、お店は閉まっていた。人の気配がなく、ただお店の前の植物たちが勢いよく繁茂していた。中之条の観光協会に電話したところ、お店の閉店を伝えられた。「でも、中之条観光ボランティアの会は、駅の待合室で健在です」とも。
キャロリヤには、「ボランティア無料案内」の看板が掲げられていた。

キャロリヤには、「観光ガイド無料案内」の
看板が掲げられていた。

 そうなのだ。キャロリヤは、観光ボランティアの拠点として活躍していたのだった。喫茶店のもう一つの大事な顔。あの優しそうな店主のお父さんは、中之条町の名所や史跡案内だけでなく、観光客の荷物の無料預かりもしていたらしい。
 今年に入って、再び中之条駅近辺に行く機会があったのだが、すでにキャロリヤは跡形もなくなってしまっていた。夢のあとみたいに、そこはきれいにさら地になっていた。
 「残念だね」「うん、さみしいね」。コロさんと少し、しょんぼり。しかし、駅のすぐそばの喫茶店が健在。「カフェ フラット」。水色の外壁のこぎれいな外観だ。
 店主の若い女性が、「いらっしゃいませ」とほほ笑む。カウンターには地元民らしい方がくつろぎ、テーブル席ではお仕事中の若者がカレーやカフェオレを注文。コロさんとわたしは、酸味の利いた熱いコーヒーを味わいながら、みずみずしい野菜がたっぷり挟まれたサンドイッチをゆっくりと食べた。
「カフェ フラット」。営業は15時までです♪

「カフェ フラット」。営業は15時までです♪

 

 

 窓からは、春の到来を告げる、やわらかな陽のひかり。「喫茶店は不滅」。

 

 


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