‘歴史’と‘自由’のしあわせコラボ♪ ~伊香保温泉


 

 

 「温泉が足りない」
 なんという名言! と、思わず膝をポンと打ちたくなった。これは、群馬県の誇る温泉ライター(そして各地の温泉大使)の小暮淳氏のブログに登場した言葉。
 「現代人がキレやすくなったのは『本物の温泉』に入らなくなったからでは……?」という小暮先生の疑問符に、
 「まさにそのとおりかも!」と大いに同意。
 「カルシウムが足りない」「タンパク質が足りない」と医師に言われるのと同様に、温泉が足りない……。
 実は、前回の小千谷の夏まつりを書いてから1年……コロさんとわたしは温泉から遠のいていた。諸々の事情で、温泉日照りとなっていた。「た」と過去形なのは、1年ぶりに「本物の温泉」に行けたからなのです!

伊香保の名物、石段街の夜

伊香保の名物、石段街の夜

昔懐かし射的のお店♪

昔懐かし射的のお店♪

明るい射的のお店のなか。誰もが童心に帰ります

明るい射的のお店のなか。誰もが童心に帰ります


 伊香保温泉。群馬県渋川市、標高700mに位置し、1300年以上もの歴史を誇る温泉地。情緒ある石段街(365段)を、浴衣を着た老若男女がそぞろ歩く様は、ポスターや旅番組等で取り上げられており、目にされた方も多いのではないだろうか。お土産物屋や喫茶店、お饅頭屋等が立ち並び、いつも賑わっているイメージのある、伊香保のシンボルだ。
 もっとも、コロさんとわたしは、石段街の途中にある酒屋さんに意識を集中したり、ひっそりと明るい射的の店に吸い寄せられたりするばかりで、浴衣も着ずに、普段着で漂流することがほとんどだが。
 
 伊香保温泉には、二種類の源泉がある。「黄金(こがね)の湯」と呼ばれる硫酸塩泉。こちらは、空気に触れると茶褐色となる柔らかな温めのお湯だ。万葉集に歌われていたほど歴史があるお湯。
 もうひとつ、「白銀(しろがね)の湯」は、近年に発見されたらしい、メタケイ酸含有泉で無色透明のサラっとした美肌の湯である。伊香保温泉に40軒以上あるお宿では、いずれか或いは両方の源泉を心ゆくまで堪能することができるのだ。
茶褐色の黄金の湯(「森秋旅館」の露天風呂)

茶褐色の黄金の湯
(「森秋旅館」の露天風呂)

透明な白銀の湯(「栄泉閣」の女湯)

透明な白銀の湯
(「栄泉閣」の女湯)

 東北育ちのわたしは、コロさんに連れて行ってもらうまで、伊香保温泉なるものを知らなかった……。東京から比較的近いのに(新宿駅から高速バスで2時間半)、たっぷりと温泉情緒を味わえて、泉質も良くて、野鳥の声も冴え冴えと、そして周囲には文化的な施設も充実しているという、ありがたい温泉地なのである。
千明仁泉亭(2017年3月撮影)

千明仁泉亭(2017年3月撮影)

廊下に飾られていたリンドウ♪

廊下に飾られていたリンドウ♪

 本日の宿は、伊香保温泉のなかでも最も古いお宿と言われる「千明(ちぎら)仁泉亭」。創業500年を超え、女将さんは22代目と聞き、あらためて驚く。大正~昭和初期に建てられた本館は、歴史の重みと高尚な雰囲気にあふれ、そして廊下や踊り場等の小さなスペースに飾られているお花が控えめに美しい。
 「リンドウだ」
 「もうそんな季節なんだね」

 通されたお部屋は、本館の2階。こじんまりとしながらも、丁寧に整えられている和室だ。
「あれ、このお部屋、、前回もここだったよね!」
「うんうん、まちがいない!」
「なつかしい気分になるねえ」

 そうだ、前回ここに滞在した時は早春だったが、季節外れの寒さで、朝には一面の雪景色を窓から堪能したのを思い出した。
 今は8月末、まだセミの声も聞かれ、外はにぎやかな生きものの気配で満ちている。季節折々の顔が、ここにはある。

ほっと落ち着く、昭和の香りのお部屋です。鶴さんがあちこちに……

ほっと落ち着く、
昭和の香りのお部屋です。
鶴さんがあちこちに……

部屋の窓からの光景(2017年3月末)

部屋の窓からの光景
(2017年3月末)
 

一晩で、季節外れの雪景色でした……(2017年3月末)

一晩で、季節外れの
雪景色でした……
(2017年3月末)

 そして、このお宿には、どの部屋にも必ず置いてある1冊の本がある。徳富蘆花氏の「不如帰」。徳富氏は、千明仁泉亭を定宿にしていて、最期の時もここで過ごしたそうだ。

 伊香保温泉ゆかりの文人墨客は多い。野口雨情、徳富蘆花、与謝野晶子、夏目漱石、さらには絵描きの竹下夢二も(以上、敬称略)。
 「シャボン玉」「七つの子」「赤い靴」等々、誰もが一度は口ずさんだであろう童謡の数々の詞を創った野口雨情氏も、伊香保温泉の「森秋旅館」に滞在してお仕事をされたといわれる。

森秋旅館に飾られていた、「シャボン玉」

森秋旅館に飾られていた、「シャボン玉」

 夕方になると、伊香保温泉街には、「シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ……♪」のメロディが流れるが、郷愁をはらんだ暖かさと少しの切なさに何とも言えない気持ちになるのだった。

 さて、温泉。千明仁泉亭のお湯のすばらしさは、伊香保温泉のなかでも屈指と聞く。
 いくつもあるお風呂、すべてが源泉かけ流しで加水なし、消毒剤なし。そして浴槽に注がれる源泉「黄金の湯」の勢いも量も、まさに「半端ない」のである。男女入れ替え制の大浴場も魅力的だが、なんといってもわたしが大好きなのは、4か所ある貸し切り風呂で、特に一人づかいの小ぶりなお風呂が気に入っている。

お気に入りの小さな貸切風呂。ちなみに備え付けは、環境に配慮した石けんシャンプーです♪

お気に入りの小さな貸切風呂。ちなみに備え付けは、環境に配慮した石けんシャンプーです♪

少し大きめの貸し切り風呂も♪

少し大きめの貸し切り風呂も♪
 

みんなが寝静まった後の廊下……

みんなが寝静まった後の廊下……

 無料で、予約なしで24時間入れるので、「ちょっとお風呂いってきま~す」「はーい」というノリで、いつでも気兼ねなく好きな時にのんびりとお湯を堪能できる。みんなが寝静まった後に、そうっと一人でお風呂に向かう高揚感ときたら……。
 温泉へ出かける、というのは、都会でホコリや世知辛さにまみれることの多い人たちにとっては、「薬効を伴う異時空への旅」なのだと思う。
射的のお店の戦利品♪

射的のお店の戦利品♪

 生きものとしての感覚のリセット、電波からのリリース、時間との対話、自分との対話。ゆたかなお湯、生きもののにぎわい(虫や鳥、植物などなど)、おいしくて季節感のあるご飯、畳やお布団の清涼な感触……そのトータルな安らかさは、何物にも代えがたく、心身を満たしてくれる。そして温泉旅というのは、年を重ねても記憶につよく残るものだなあと感じる。
 触覚、視覚、味覚、嗅覚、聴覚等、あらゆる感覚を駆使して、温泉宿泊をまるごと味わうというのは、なんという贅沢なんだろう。
 
心もお腹も満たされる千明の朝ごはんです♪

心もお腹も満たされる千明の朝ごはんです♪

 朝。雨を眺めながら朝食をとり、この日は早々に帰らなくてはいけなくて、後ろ髪をひかれる思いで伊香保温泉を後にしたコロさんとわたし。
 「ヒツジさんたち元気かな」コロさんがぽつり。
 伊香保温泉には、様々な魅惑的な行きたいスポットがあるのだが、わたしたちが何度も訪問しているのは「伊香保グリーン牧場」。1970年にオープンしたこの牧場は、東京ドーム9個分という広大な敷地のなかに、ヒツジやヤギ、ウサギ、牛たちが暮らす観光牧場だ。
 

 

 最初にここを訪問する際、わたしには葛藤があった。
 「動物とのふれあい」を謳う観光施設では、動物が悲惨な状況に置かれていることが少なくないことを、それまでいろいろ体験してきたからだ。
 子どもに追い回されてもみくちゃにされるウサギやヒヨコ、飼育員が付いていなくて頭をこずかれるフクロウ等々……。施設や管轄行政部署に抗議のメールを送ったことも何度もある。
 

 

 

 

 しかし、グリーン牧場は違った。メ~と低く鳴きながら、人懐こく寄ってくるヒツジやヤギたち。ウサギは広い敷地のなかでかくれんぼ。牧羊犬は嬉々として駆けている。コロさんは、ヒツジたちの餌(フレッシュな野菜等)を大人買いして、楽しそうにしている。
 不思議な空間なのだった。
 
 のちに、グリーン牧場は、日本で初めて「牛の搾乳体験を『牛の福祉のために』やめる」という決断を下す。さらに、HPでは、基本理念として以下の文言を掲げる。
 「『アニマルウエルフェア=動物福祉』の基本である、『5つの自由』(飢えと渇きからの自由、不快からの自由、痛み・障がい・病気からの自由、恐怖や抑圧からの自由、正常な行動を表現する自由など)を充たせるような動物飼育を励行しています。この動物福祉についての考え方は、日本では未だ一般的ではありませんが、私たちの仕事上のパートナーである動物たちが、ともに仕事をしてゆくうえで、できる限り快適な生活ができるよう責任をもった飼育を行っています」
 
「キャンベルズ・トマト・スープ」(by アンディ・ウォーホール)

「キャンベルズ・トマト・スープ」(by アンディ・ウォーホール)

 

 

 「5つの自由」を掲げる先進的な観光牧場の奥には、前衛的な現代アートを堪能できる「ハラミュージアム・アーク」がある。自然のなかで、アンディ・ウオーホールや草間彌生等の作品が待っている。
 伊香保温泉という歴史ある温泉地と、時代を先取りしたような理念の牧場や現代アートの組み合わせは、一見奇妙なのに、なぜこんなに安らかな気持ちになるんだろう。
 時間の経過について、ふと考える。
 

 

時間って、ミルフィーユのように地層のように重なっていくものなのか、それとも、DNAらせんのようにくるくると未来に触手を伸ばしながら回転していくのか、いずれもであるのか、わからない。しかし、ゆっくりと時間を刻む温泉と、進む時間のなかでヒトや動物の気持ちに寄り添っていこうとする文化は、決して拮抗していないとわたしは思うのだ。

 東京への帰路は、雨。この雨が穏やかでありますようにと祈る。

 「伊香保山雨に千明の傘さして行けども時の帰るものかは」(与謝野晶子)


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