「今年の桜は平年より早く咲くでしょう……。」
なんていうニュースを聞けば、足取り軽くなるのは日本人であるからなのか。
春を連れて、桜前線がやって来る。
本日のソトノミストは、地下鉄丸ノ内線「茗荷谷」を降りた。
車の行き交う、春日通りを東へと進む。5分ほど歩けば、桜並木で有名な播磨坂が現れる。
古くは松平播磨守の広大な屋敷が、ここ播磨坂の中腹をちょうど中心とするようにしてあったのだそうだ。
幅広なこの坂には、左右、中央と三列にソメイヨシノを中心とした桜の木々が植えられている。
距離460m、高低差19mの播磨坂。短いけれど国道で、交通量は少ない。
お花見客で賑わっている中央部は、緑道として整備されておりベンチや公衆トイレもある。
ちょうど「文京さくらまつり」期間中で、坂の各所の仮設トイレも充実している。
桜の花越しに、暮れゆく空を見上げる。日常を忘れる瞬間がここにある。
行き交う人もどこか誇らしげなのだ。
ゆったりと、眺め歩いて坂下まで来てしまった。
ここは「植物園前」交差点。
すぐ向こうには東京大学の附属施設である小石川植物園があって、左右に走る道路は東京都道436号線、通称「千川通り」である。
この都道436号線車、歩けば判るが起伏がない。
そう、現在は暗渠の下水道幹線となり見る影もないが、昔は川が流れていた。
豊島区、板橋区では谷端川(やばたがわ)、文京区では小石川または礫川(れきせん)と呼ばれていた川が……。
そして、今ソトノミストが立っているところには久堅橋があった。
ここは旧小石川区久堅町。石川啄木終焉の地でもある。
坂の近辺には、久堅保育園に久堅児童館、ファミール久堅というマンション、ひさかたチャイルドなる出版元もある。
久堅の名はいくつも残っているようだが、名の由来は不明。
でも、こんな句があったな。
ひさかたの 光のどけき 春の日に しづごころなく 花の散るらむ
坂下から再び坂上を目指す。
しかし今度は播磨坂ではなく、左側のやや幅の狭い坂を上ってみる。
共同印刷わきの、吹上坂だ。
この坂に桜並木は無いが、目当ての場所がある。
坂の中腹あたり、左に看板が見えた。緑地に白文字の「寺内酒店」。
今宵は角打ち。つまり、酒屋での立ち飲みといこう。
いそいそと店内へ潜り込む……。
店主にご挨拶をしてから、店の冷蔵庫を開け手に握るのは、よく冷えた瓶ビール。
殆ど無意識に黒ラベルをチョイス。このセルフサービスがいい。
飲兵衛たちの為、厳選されたる缶詰めの中から選ぶは、「ノザキのソーセージ」。
選んだその瓶と缶詰めを、お勘定してもらおう。
親切で優しい店主からお釣りを受け取って、店の外からは見えない奥の角打ちスペースへ突入。
たばこの香り漂う細長いこのスペースには、先客の御三方。
グラスを手に取り、注ぐ。
三人のご常連さんたちとの乾杯も忘れずに、冷たいビールを喉へ流す。
ここで店主は、サービスのたくあんを差し出してくれた。
爪楊枝に突き刺したソーセージをかじる。たくあんの歯ごたえにビールが進む。
今日は、お花見客から入る注文の配達で何かと忙しそうな店内。
でも店主は角打ち客との会話に参加してくださり、雰囲気は和やか。
やがて一本だけと決めていたはずのビールは、二本目となる。
ご常連さんとの会話に花が咲きはじめた頃、表は黄昏時。
そろそろ桜が恋しくなり、皆様に別れを告げ外に出る。酒店を後に桜並木へ足を向ける。
花たちは咲き誇っている。幾重にも重なりあい、身を寄せ合うようにして。
灯りに照らされた花を見上げ、うっとりとしてしまう。
花を愛で、酒を飲む人々で賑わいを見せる播磨坂。
花見の時は、誰もがソトノミストなのだ。