ソトノミスト「江東・辰巳」をゆく。


 

 

 

 

 本日のソトノミストは東京メトロ「辰巳駅」を降りた。
 ここ辰巳へは、中学3年になる息子に連れて来てもらった。「連れて来てもらった」といっても別に手を引いてもらって来たということではなく、息子の参加する水泳大会があってやって来たのだった。
 これまでも何度か足を運んでは息子の泳ぎを見に来たここ辰巳の大会であったが、これが最後になるかも知れない。
 息子は水泳を辞めたいと言っているのだ。記録の伸び悩む水泳を続けるより、面白くなってきた書道に集中したいのだと言う。
 水泳も書道も小学校1年の頃からはじめて続けてきた習い事だった。まずは先生と遊びながら水に慣れることから始まった水泳教室だった。小児ぜんそくのあった息子の症状は次第に軽くなっていった。何度も送り迎えをするうちに泳ぎは様になってきた。やがて四泳法を覚えた息子を、運動はからっきしなソトノミストは頼もしく、誇らしく思った。
 2時間近く姿勢を正して、集中して書に向かっていられるのは体幹が鍛えられているからですね。と、書道の先生は仰る。そう言われると水泳あっての書道だったのかなとも思う。

 

 

 

 

 まだ息子の出番までかなり時間がある。辰巳駅周辺の散策といこう。

 辰巳駅1番出口から目の前に広がる「都営辰巳一丁目団地」は、1号棟から104号棟まである江東区で最大規模の団地である。3300戸を擁するこのマンモス団地に建てられているその殆どは、昭和42年から44年に建てられた5階建て中層棟。現在は建て替え対象団地となっており、一部区画は取り壊しが進められている。

 

 

 団地を歩けば、ふと懐かしい気分になり子どもの頃を思い出す。近所の団地の友だちを呼びに5階まで駆け上がった。そう、エレベーターなどなかったから。それから敷地の中の広場で一緒に遊んだんだ。

 

 

 

 

 そんな事を思い出しながら、迷路のような建物たちの間をくねくねと進んでいると、ご年配の方が庭仕事をされている姿に見入ってしまう。団地内でガーデニング、菜園を楽しまれている方が多いらしく、かなり思い切ったスペースまで開拓されている事に気づく。

 

 

 

 

 そんな辰巳一丁目団地の49号棟と51号棟の一階部分には店舗が並んでいて、郵便局もある。
 ここは「たつみ商店街」と呼ばれていて、八百屋、肉屋、薬局、文房具屋、洋服屋、飲食店もある。その中にある酒屋さん、沼田商店で缶チューハイを購入しておこう。

 お蕎麦屋さんの前にワンちゃんがいる。リードも付けずにシルバーカーの上で大人しくしていて、ソトノミストが近づいてもあまり動かない。

 

 

 「えらいなー、誰待ってんの」なんて言っていると、お蕎麦屋さんからご主人が現れた。それでちょっとお話をさせていただくと、ワンちゃんは12歳で歯が悪いのだそうで、ご主人は柔らかいおやつを取り出してあげていた。お仲間とよくここで食事をされるとのことで、店内を見るとテーブルを囲んで肩を寄せ合うように談笑されている方々がおられた。

 

 

 取り壊しされている区画を見て思う、40年を経た建物たちの記憶。建物はさまざまなモノ、出来事、思い出を引っ提げてお役御免と解体される。
 止められぬ老朽化、地震による配管の断裂、地盤沈下。住民の高齢化、高齢者の孤独死。ここで生まれ育った人びと。団地に住んでこられた一人ひとりの思い。数えきれない出会いと別れ。新規の入居者、外国人の居住。

 

 

 

 

 人影疎らな辰巳の森公園を歩いてみる。遊具で遊ぶ子どもはおらず、犬を散歩する人や、ウォーキングする人を見かけた。ベンチに腰掛けて、さっきの酒屋さんで買ったチューハイをソトノミする。

 

 

 チーカマをチューハイで流しながら、運河の向こう側に目をやる。あちら側、東雲(しののめ)には空を貫くようにタワーマンション群がそびえる。ソトノミストは2017年に来日するブリューゲルの「バベルの塔」を思い出す。
 「上野に観に行くかなぁ……」
 公園に設置された時計に目をやる。ぼちぼち出走いや、出泳(?)時刻だ。水泳場へと歩き出す。

 のんびり歩いて10分ほどで到着。東京辰巳国際水泳場だ。ここは国際大会や日本選手権など、さまざまな大会が開催される。
 各クラブチーム、各学校ごとの大きな声援が、大きな水泳場にこだましている。1人でやって来たアラフォーのオジサンは、若きエネルギー溢れるスイマー達の隙間をかいくぐり、男子競技レーンの見やすい場所を探す。もうじき息子の出番だ。

 「試合はいつも苦しいケド、今日は限界までガンバる!」とか言って出かけて行ったリョータが、プールサイドに姿を現した。いつもの通り緊張の面持ち。他の選手たちもそうしているように、リョータも自分の腕や足を平手でビシバシと叩いている。でも最初の頃はそんなことをする余裕もなくて水面をボーと眺めていたっけ。
 スタート台に立った。「ヨーイ……」一瞬周囲のざわめきが途切れたような瞬間、ブザーが鳴り一斉に飛び込んだ。「いけー!リョーターーー!!」1人のオジサンは拳を握り心の中で叫んでいた。

 長くて短い1分ちょっとのレースだった。短水路100m自由形15才以上の部。彼は自己ベストを出した。

 

 


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