ソトノミスト「ファーブル昆虫館」をゆく。


 テレビのチャンネルを回すと、香川照之がカマキリになっていた。
 えっ?! 大俳優がカマキリの着ぐるみを着て草むらを駆け回っている?
 香川照之といえば日本アカデミー賞最優秀助演男優賞など幾多の賞に輝く俳優で、歌舞伎役者でもある。また熱狂的なボクシングファンであって解説者でもある。
 そんな多方面で活躍の男が、カマキリになりきってバッタを捕ろうと大声を張り上げながら草むらを這いずり回っているッ!

 それは、NHK(Eテレ)の『香川照之の昆虫すごいぜ!』という番組だった。
 香川の熱い語り口に大笑いしたり、昆虫の生態に感心したりしながら終いまで番組を観たソトノミスト。さらにテレビで見逃したシーンはウェブサイトでしっかりチェック。
 香川照之が大の昆虫マニアだったとは!
 『昆虫すごいぜ!』の番組中、香川自ら監修したというカマキリのきぐるみを着て「カマキリ先生」を名乗り、昆虫への思いを語り、草むらを駆け回っての補虫。トノサマバッタの気持ちに近づくためにと、地上11メートルの高さへクレーンで引き上げられたりと、体を張った企画が盛りだくさん。
 実はこの番組、他局の番組に出演中の香川が「夢は、Eテレで昆虫番組をやること!」と訴えたところ、すぐさまNHKからのオファーが入って実現したものなのだそうだ。

 

 


 そんな、昆虫愛たっぷりの番組を観ながらソトノミストは少年時代を思い起こしていた。
 都内の自宅近所にカブトムシとかクワガタはいなかったけれど、バッタやチョウ、カマキリなんかはいた。セミの抜け殻を山ほど集めたり、ダンゴムシが丸くなるのを飽きずに眺めたりした。ジャムの瓶でアリを飼ってみた。軒下にアリジゴクの巣をみつけては、アリを放り込んでみた(ヒドイ)。そして、素手で捉えたときの虫たちの躍動から伝わってくる命の力強さを感じた。
 それから、懐かしの仮面ライダーを思い出した。
 仮面ライダー1号・2号は、トノサマバッタをモチーフに創られたのは有名な話。V3はトンボ。ストロンガーはカブトムシで、タックルはテントウムシ。空飛ぶスカイライダーはイナゴ。アマゾンは、マダラオオトカゲで昆虫系じゃないライダーもいるけれど、ヒーローになってしまうほど昆虫は子どもたちのハートをキャッチする。
 そういえば昭和シリーズには無かったクワガワ系ライダーは、平成シリーズになってから登場している。オダギリジョー扮する2000年放映の『仮面ライダークウガ』は、クワガタ系ライダーなのだ。

 よし、今回は虫とソトノミしよう!
 というわけで、JR山手線・京浜東北線「田端駅」を降りてやって来たのは、文京区千駄木にある「虫の詩人の館・ファーブル昆虫館」。

 

 

 

 

 NPO法人の日本アンリ・ファーブル会が運営するこの施設は入館無料で、世界の様々な昆虫の標本や生きた昆虫、昆虫に関する様々な展示が見られる。また、ファーブルと名のつく施設にふさわしく、地下にはファーブルが生まれた南仏サン=レオン村の民家が再現されている。
 ギリシャ語やラテン語の詩を愛し、若い頃には数学と物理を学んでいたファーブル。かの「進化論」のダーウィンに、「たぐい稀な観察者」と言わしめたファーブルは、自分の目で確かめたことしか記述しない実証主義者だったのだという。

 

 

 

 

 南仏サン=レオン村の民家を見たソトノミストの気持ちは、唐突に羽化してファーブルの生きた南仏の美しい自然の中へと飛んで行ってしまった……。まあ、でも、すぐに東京へと戻ってきた。南仏などへは行ったことがないので想像がつかなかっただけなのだ。

 ここファーブル昆虫館の館長で、仏文学者の奥本大三郎さんは『完訳ファーブル昆虫記』(集英社、全10巻・20冊)を完結し終えたばかり。1987年から30年をかけた膨大な本文と訳注は、原稿用紙1万4000枚を超えたという。さらに「昆虫記」の個人完訳は世界初。
 この大仕事を終えたばかりの奥本大三郎さん。「昆虫記」の翻訳を思い立ったのは、小学校6年生の頃だったというから驚きだ。
 「先人の訳したのを読んでいて違和感がありました。おや、この人は虫に詳しくないようだな。少なくとも虫屋じゃないなという」
 「虫屋」とは、虫好きの人という意味なのだそうで、奥本さんは特に虫屋の中でも「蝶屋」に属する方。他にもトンボ屋、バッタ屋の方もいらっしゃるそうだ。そうすると香川照之はカマキリ屋なのだろうな。

 

 

 

 

 

 

 ともかく今年、新しい日本のファーブル昆虫記が完結されたのだ。虫に詳しくないひとの欧文直訳体ではない、虫に関する用語や表現で違和感がなく、虫が好きではない人にも読めるファーブル昆虫記が。

 昆虫館の入り口脇にある「蟲塚(むしづか)」。
 ここで、生命の不思議を教えてくれた虫たちに合掌してから「ファーブル昆虫館」を後にする。

 

 

 でも、虫の供養塚があるとは知らなかった。いや、調べてみたら実に様々な供養塚が見つかるのだ。「首塚」はヒトを祀っているものだが、生き物を弔う「猫塚」「鳥塚」「魚塚」などもある。「筆塚」「針塚」「眼鏡塚」など、使い終えたモノに感謝し供養するものもある。また、「鯨塚」は全国各地にある。海岸に打ち上げられたり、捕鯨により命を失った鯨に戒名をつけたり、墓を建てたりしている鯨寺もあるようだ。
 岡山にある「鼻ぐり塚」はショックだった。
 鼻ぐりとは、牛を綱で結ぶために、牛の鼻に取り付ける輪っかのこと。これを付けて引っ張れば牛は人の言うことを聞く。仔牛の時に取り付けられた鼻ぐりは、きっと、とても痛いのだろう。
 そこでは、食肉となった一頭一頭の牛たちが残していった形見とでも言うべきそれを700万個も供養しているという。さらに日々送られてくる鼻ぐりは年に数万個のペースで増えている。
 うず高く積み上げられ、大きな山となっている「鼻ぐり塚」の周りをぐるっと一周する動画を見てみる。色とりどりの輪っかが、おびただしい数で塚を形作っているのに圧倒されてしまう。そしてこれからも増え続ける鼻ぐり。
 忘れていた。命を捧げてくれるものがあって自分が生かされていることを。

 実はさっき、館内にあったガチャガチャで「はらぺこあおむし」のストラップをゲットした。カラフルで楽しいストラップだ。

 

 

 

 

 「はらぺこあおむし」は、世界中で3,000万部を販売する大ベストセラーとなった絵本だ。
 鮮やかな色使い、判りやすくて大胆な構図、楽しい仕掛けと胸の高鳴るラストページ。読む者みんなの目を輝かせてくれるエリック・カールのこの絵本は海を越え、世代を超えて愛されている。
 今年は日本で「エリック・カール展」も開催され大きな話題となっている。
 1929年ニューヨーク生まれ。6歳の時にドイツ人の両親と共にドイツに移住し、多感な時期を第二次世界大戦下で過ごしたエリック。当時のナチス政権によって建物の色、衣類の色などは目立たないものに統制されており、少年エリックは「色のない時代」を過ごしていた。
 絵を描くことが大好きだったエリックの才能を見出した小学校の美術教師は、ドイツ社会にとって有害な「廃退芸術」として批判されていたピカソ、クレー、マティス、カンデンスキーなどの複製画を彼に見せた。それら豊かな色彩の複製画は、モノクロだったエリックの目を開かせ鮮やかにカラー化してくれた。
 またエリックの父親は、彼を連れて森を散策して、昆虫など小さな命の存在を教えてくれたのだった。
 やがて大人になった彼は米国へ戻り、絵本作家のレオ・レオニの紹介で働いたニューヨーク・タイムズのグラフィックデザイナー時代を経て、「色の魔術師」と呼ばれる絵本作家となる。

 

 

 今回のテーマは虫とソトノミ。というわけで今回持ってきたのは蜂蜜酒。
 今日は真夏日でとても暑いので、ロックにしていただいてみよう。
 ロックアイスに、黄金色の蜂蜜酒を注いで、ひとくち。
 冷たい液体が喉をすーっと流れる。ハチミツ本来のやさしい甘さで、ふんわり爽やかな香りがあってとっても飲みやすい。これは美味しい。

 蜂蜜酒はミードとかハニーワインとも呼ばれ人類最古の酒なのだといわれている。
 水と蜂蜜を混ぜておけば自然にアルコールになることから、人類がホップやブドウと出会うずっと前から飲まれていたらしい。
 でもどんな食べ物でも飲み物でもそうなのだけれど、それを人類で初めて口にしたヒトのことを想うと頭が下がる。特に見てくれの悪いもの、たとえばナマコとか蜂の子とか、カタツムリなんかを最初に食べた人は真の勇者だと思う。
 だって、もしかしたらひどく腹をこわすかも知れないし、ヘタをすれば死んでしまうかも知れないのだから。
 とか言いながら、苦手な人も多いホルモン系は大好きなソトノミストなのであった。

 南米原産の危険外来種「ヒアリ」が、今年6月に兵庫県を始まりとして各地で相次いで見つかっている。環境省のホームページには、「小型アリにもかかわらず刺されると火傷のような激しい痛み」とある。
 各地のドラッグストアでは、アリに効く殺虫剤コーナーが展開され、売上が5倍になったという店舗があったり、殺虫剤や園芸用品のフマキラーの株価が急騰したりと、ヒアリ騒動が続いている。
 しかし在来アリが、ヒアリを倒してくれる場合もあるらしいので、アリを見たらなんでもかんでも駆除してしまおうというのはマズい。「ガンバレ! ニッポンのアリ」という姿勢が大切なのだそうだ。

 

 

 真夏の日差しの中、大音量で響くセミの声にめまいがしそうになる。足元を並んで歩いている小さなアリたちを見つめながら、もしも昆虫たちが巨大だったら世界は確実に彼らのものだったんだろうなと思う。
 甲虫の体は銃弾を跳ね返し、果てしのない群れとなって飛び回り、走り続ける。中には毒を持つ種もあって、脱皮した抜け殻は山になって。
 ああ、きっとあの映画みたいな世界なんだ、宮崎駿監督の……。


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