ソトノミスト「美幾女の墓」


 マンガの神様は膨大な作品を私たちに残してくれた。

 手塚治虫は生涯に15万枚もの漫画原稿を描いたとされ、そのタイトル数は700を超えるのだという。
 手塚漫画の代表作は何かと問われたら、『ブラック・ジャック』と答える方は多いだろう。無免許医でありながら天才的な外科手術を施す主人公ブラック・ジャックが患者の命を救っては高額な手術代を請求する。その物語は「医療と生命」を描いた傑作である。
 ソトノミストも10年前くらいに突然読み返したくなって、文庫版をコツコツと買いためて数年前に文庫版で全17巻を揃えた。

 医師でありながら小説を書く人や、医学部卒の作家は思いのほかたくさんいる。手塚治虫も医師免許を取得しているし、陸軍軍医であった森鴎外や、精神科医だった北杜夫、最近105歳で亡くなった日野原重明も生涯医師でありながら多くの著書を残している。
 渡辺淳一もそんな医師作家の1人だ。『失楽園』など恋愛ものが多いイメージだが、医療をテーマとした作品もあり特に初期には多く出版されている。
 小説『白き旅立ち』(1975年)は、日本で初めての献体者とされる美幾(みき)の生涯を描いた作品だ。美幾は江戸の遊女であったが、病死を予期し、医師に献体を申し出たのだとされる。彼女は明治2(1869)年8月12日に34歳で没した。その翌日、下谷和泉町の医学校の仮小屋で行われたのが、日本初の病死体解剖であった。

 

 

 

 

 

 

 ソトノミストは都営三田線の白山駅を降りて小石川方面へと歩いていた。
 白山下の交差点を西へ白山通りを横切って蓮華寺坂を上ると白山御殿町と呼ばれた小高い丘の上に着く。
 すると今度は下り坂となる。右手に「小石川植物園」を見ながら御殿坂を下りていく。小石川植物園は東大の付属施設で、植物に関する様々な研究が行われている。一般にも開放されているから入園料を払えば誰でも見学できる。

 ここ小石川植物園は江戸の頃は「小石川養成所」と呼ばれる医療施設だった。小石川養成所を舞台とした黒沢映画『赤ひげ』でご存知の方も多いことだろう。
 今日、この白山エリアに来たのには理由がある。『白き旅立ち』を読んで、ずっと美幾女のことが気になっていたのだ。
 小石川植物園から歩いてすぐのところにある「念速寺」というお寺にやってきた。この寺に『美幾女の墓』があるのだ。

 

 

 檀家でもないのに勝手に墓地に立入るわけにもいかず、本堂の右手の大銀杏の奥にある家屋を訪ねてみる。引き戸を開けるとお香の香りが漂う玄関に入る。

「ごめんください」と呼びかけると奥ではいと声がして、それから作務衣を着た若い女性が出てこられた。
「美幾さんのお墓参りがしたくて伺ったのですが」と伝えると、
「ええ、どうぞ」と柔らかな笑顔が返ってきた。

 線香を求め、玄関脇に据え付けられた着火器で線香に火が付くまでのしばらくの間、美幾の生涯を描いた渡辺淳一の小説の話をした。
「美幾さん、小石川養成所で養生されていたんでしょうか?」
「はっきりしたことはもう……」
「昔のことですものね」
「ええ、空襲の時にこの寺も焼けてしまって」
「そうだったのですか。それまでは書物があったのかも知れないのですね」
「この辺り、お寺が多いでしょう」

 ソトノミストはここへ来る前に見た地図を思い出す。そういえば寺院のマークが多いのに驚いたのだった。
「はい、地図で見ただけでも20くらいはありましたね」
「その中でなぜうちが候補になったのかも判ら分からないんですから、ところで小説に登場していた住職は私の父なんですよ」
「ああ、あの方が! そうでしたか」
 東京大空襲でこの一帯も焼け野原になったのだそうだ。残念ながら美幾女に関する書物は残っていないとのことだった。

 

 

 煙立つ線香を受け取って、本堂の脇を抜け墓地へ向かう。
 すぐに美幾女の墓は見つかった。言われたとおり透明なアクリルのケースに覆われていた。
 線香を供えて手を合わせ、首を垂れるソトノミスト。
 この墓石の背面を見ることはできなかったが、「わが国病屍解剖の始めその志を嘉賞する」と、美幾女の解剖に当たった当時の医学校教官の銘が刻まれているそうだ。
 近代医学の発展の大きな一歩となった日本で最初の献体者(特志解剖)が眠る墓碑は部分的に朽ちて、どこか現代の時の流れの速さにくたびれているように見えた。

 参拝を終え、念速寺を後に歩き出すソトノミスト。
 さあ、今日はどこでソトノミをしようか。

 

 

 いま後楽園に向けて歩いているのは千川通りで、念速寺はこの通り沿いにある。小石川台地と白山台地の谷間のこの通りにかつては川が流れていたが、今は暗きょとなっていて下水道幹線となっている。
 通りは駅に近づくにつれて店は増え、商店街も見えてくる。
 おや? ひときわ賑やかに人が集まっているところがある。近づくとグリーンの文字で『MARCHE DE KOISHIKAWA』という横断幕を掲げてある。

 

 

 

 

 聞けば「小石川マルシェ」という地元密着型イベントなのだそうで、さまざまな露店が出ていてなんとも楽しげな雰囲気と活気が伝わってくる。
 これはなんといいタイミングで現れてくれたイベントなのだろう! いろいろな露店のある中からすぐに酒の匂いを嗅ぎ当てるソトノミスト。

 まずは白ワインを一杯もらって、それから「マスカルポーネのグリッシーニ」なるおつまみを購入。何だか分からなかったのでお店の方に聞いてみると、グリッシーニという棒状のクラッカーにマスカルポーネチーズをつけて(ディップしてお召し上がりください、と言っていた)食べるものらしい。
 さっそく空席を見つけて座ってみると、イスは「段ボール」を組み立てたもので、テーブルには物流で荷物を載せて運ぶための「パレット」が使われている。おおー、これは気分が上がる。仕事柄、毎日扱っているものがこんな風に使われていることに妙に感心してしまうソトノミスト。さらに設置してあるゴミ箱だって段ボール製だ!

 

 

 棒状のグリッシーニにペースト状のマスカルポーネチーズをつけていただいてみる……。サクサクッと食べやすくてマスカルポーネチーズのさわやかな風味が口にひろがる。これはアウトドア向きなおつまみだ。よくみるとチーズに細かく刻んだハムが混ぜ込んであって食感にアクセントをつけてくれている。うんうん、これはワインと合う。
 白ワインの香りを喉に流しながらソトノミストは自分の少年時代を思い起こす。初めてカエルの解剖をした夏を。

 中学2年の夏。
 エアコンのない蒸し風呂みたいな教室で下敷きをパタパタうちわにして暑さをしのいでいた。
 もうすぐ始まる夏休みに浮かれ気分。そんなとき友人Zから課外授業に参加しないかと誘われた。
「なあ、夏休みに自由参加の課外授業があるだろ」
「ああ、工作とかプラネタリウムとか音楽鑑賞とか、いろいろあるやつな」
「そうそう、あれそれぞれ各学校から2名ずつの参加なんだよ、一緒にやんないか?」
「いいけど、何やんの?」
「カエルの解剖!」
「えっ?! 解剖?」
 Zに呼びかけられた夏休みの課外授業は「カエルの解剖」だった。
 生物の授業は好きだったし、特別な予定もなかったし、話しているうちに生命の神秘を見てやろうかというような気持ちになったから二つ返事でその誘いに応じた。

 夏休みも中盤。他校の生徒と合同で行われる課外授業当日。
 受付を済ませた生徒たちが理科室に入って席に着く。実験台には一人につきひと揃いの、ナイフ、はさみ、針、ピンセットがていねいに並べられていた。

 すっかり日焼けした生徒ばかりの中、ソトノミストの前に座っていたのは、指でトンと軽く突いたらフワッと倒れてしましそうな感じの、色白で痩せた女子生徒だった。となりの席にいたZがヒソヒソ声で話しかけてきた。
「おい、あの子大丈夫かな? カエル見たら卒倒しちゃうんじゃないかな」
「うん、おれも今そう思ってた」
 そうこうしているうちに授業は始まった。
 解剖をやってみたい希望者たちが参加している授業だから、カエルが運ばれてきても、実際に解剖が始まっても、多少ざわつく瞬間があったとしてもキャーとかワーとか騒ぐ生徒はいなかった。

 向かいの白い女子生徒も真剣なまなざしで手順通りに実技をこなしていた。見た目より芯の強い女性なのだろう。またZが話しかけてくる。
「おどろいたな、あの子全部きれいに開いてるぜ」
「ああ、手先が器用なんだな、親が医者なんじゃないかな」
 やがてすべての授業が修了し解散となった。それぞれ同じ学校の生徒どうしで今日の授業のことを興奮気味に話し合いながら帰っていく。ソトノミストはなんとなくさっきの白い子を目で追っていた。
「じゃあな」
「またな、次は始業式かな」
「宿題ちゃんとやれよー」
「あー、いやなこと思い出させんなー、Zの写させてくれよ!」

 あれから30年が経過したわけだが、Zはしっかりと医学の道へと進み現在は外傷整形外科を専門に北九州にある産業医科大学病院で活躍している。

 

 

 白ワインを片手にマスカルポーネチーズをつけたグリッシーニをかじる。
 刑死者の腑分け(解剖)が許されていた時代、初めて医学のために己の身を捧げた彼女の覚悟はいかばかりだったろう。
 そんなことを考えながら青く晴れた空に白いワインを透かしても、彼女の覚悟は見えてこなかった。


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