神の悪魔と鉱山夫


tabinozakki_003_001 町の小さな商店に立ち寄ったガイドのフリオが、1本の白い筒と乾燥した葉っぱが詰まったビニール袋を手に店の外へ出てきた。
 表で待つ鉱山ツアーの参加者たちが彼を取り囲むと、フリオは得意気に両手を広げて見せる。

「……こいつが何だか分かるか?」
 僕ら5人は彼の手元を覗き込んだ。

「これは知ってるだろ? コカの葉。こっちの白いのは、ダイナマイトさ。コカの葉は鉱夫達への手土産に、ダイナマイトは俺らの実験用に……。さぁ、あとは飲み物を買って出発だ」

 
 準備が整い、近くに停めてあったバンに乗り込むと、車は鉱山へと向かって走り出した。ここは南米ボリビアのポトシという町。標高が4000m以上あるこの土地では、寒さが体をこわばらせる……。

 ほどなくして着いた鉱山の入口で、僕らはフリオから簡単にツアーの説明を受け、ヘッドライトを点けて暗い穴の中へと足を踏み入れた。中に入ると寒さが和らぎ、独特の埃っぽい臭いが体を包む。奥へと進むにつれて暖かくなり、ある地点を過ぎると急激に温度が上がって暑さと息苦しさを感じるまでになった。

 さらに足を進めると、奥の方から男達の声とゴロゴロッという低い音が響いてきた。
「トロッコが来るぞ!両脇の壁に寄って退避しろ」
 フリオがとっさに僕らに声をかけた。目の前に走る古くなってよじれたレールに目をやりながら、洞窟の奥の方から近づく音に耳を澄ませる……。

 間もなく息を荒げた男達が無骨なトロッコを力いっぱいに押しながら姿を現した。横を通り抜ける瞬間、フリオがコカの葉の入った袋とジュースのボトルをトロッコに投げ入れる。すると男達は当然というような様子で、軽く目くばせをしてそれらを受け取った。

 彼らが去ると、フリオは僕らに向かって口を開いた。
「鉱山の中の仕事は色々あるが、トロッコ押しが一番きつい仕事なんだ。掘り出した鉱物の量にもよるが、米ドルにしたら日に30ドルもの稼ぎになるんだぜ」

1ドルちょっとあれば食堂で食事ができるのだから、それは十分な給料だろう。僕らが注目するなか、フリオは説明を続ける。

「ただ、鉱山に入ると、ほとんどのやつは10年もすると体にガタがくるんだ。こんな環境の中で体を酷使して、おまけに粉塵をまともに吸い込みながら仕事してるんだから当然だよな。俺も昔は鉱山に入って働いてたけど、今はこうしてツアーガイドさ」

 息を飲みながらそれを聞いた僕らは、フリオに先導され再び足を進め始めた。少し行ったところで、おばけのような顔つきをした茶色い像が現れ、そこで足をとめた。

「こいつはティオって呼ばれてる悪魔の像さ」

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「パチャ・ママって聞いた事あるか? パチャ・ママってのは、『母なる大地』を意味する女神の事なんだ。男の悪魔ティオを崇める事で、女神パチャ・ママが銀を生み出すっていう言い伝えがあって、鉱夫達はそれに願懸けをしてるのさ」

「……そうそう、ティオは煙草が好きなんだぜ」
フリオは自分の煙草に火をつけると、ひとふかししてティオの口の中へとそれを押し込んだ。

 そして、また移動を始めて奥へ進む。すると横穴があり、そこには険しい顔つきで採掘作業をする男達の姿があった。

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 彼らは横倒しにしたトロッコに掘り出した石や岩を投げ入れ、少し溜まると数人でそれを起こし、さらに山積みしていく。十分な量になると、力を振り絞りレールに乗せたトロッコを転がしながら外へと出て行く。
 
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tabinozakki_003_005 ……しばらくその様子を見学すると、フリオに促され来た道を戻り始めた。ぬかるむ足元と、ときおり頭をぶつける低い天井に身をかがめながら表を目指す。

 
 鉱山に入ってから2時間弱、外に出ると再び寒さが戻った。

「さぁ、ここでツアーの締めくくり。 鉱夫の採掘アイテム、ダイナマイトの登場だ。洞窟の中でこれを爆破して掘り進めて行くんだぜ」

「ほら。記念撮影してやるから、持ってみろよ」
 点火する前の長い導火線が伸びるダイナマイトを手渡され、カメラで写真を撮られる。

「よし。 じゃあ、俺が向こうで爆破実験の準備をするからここで待ってろよ」
 参加者たちが見守るなか、遠くに離れたフリオは導火線に火を点けダイナマイトを地面に置いた。

 ふざけて、その横で腕立て伏せをやったり寝転がったりしながらおどけた様子を見せる……。
 タイミングを見計らってこちらに戻ってくると、「ドン!!」という爆音が山に響き、その瞬間に白い煙が地面から立ち昇った。

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