露店の会話
エクアドルの田舎町で開かれている、小さな定期市を訪ねた時の事でした。
「これいくら?」
「それは25センタボス」
「これとこれで?」
「60」
「こっちのは?」
「3つで50センタボスよ」
……目の前の露店に次々と訪れる買い物客と、売り手のミリアン。
彼女はまわりに広げられた品物を前に、こんなやりとりを延々と繰り返しています。
慣れた様子で手際よく注文を裁く彼女ですが、見ていた僕は少しもどかしくなり横から声をかけました。
「なぁ、ミリアン。なんで値札を付けておかないんだ?」
「そんな事しないわよ。わざわざ私に値段を訊いてもらいたいんだから」
「通りすがりでいくらか分かっちゃうんじゃ、それだけで判断されちゃうわ」
「まずは話す事なのよ。せっかくのチャンスを逃さないようにね」
僕は納得したという表情を彼女に見せ、またしばらくその様子を眺めてみる事にしました。
木工職人
エクアドル北部の町を散歩しながら、坂道をのぼってきたところです。通り沿いには木工職人たちの工房や、彼らの作品を並べる店があちこちで扉を開けています。どうやらこの町では主に家具や木彫りの像などが盛んにつくられているようです。
ある工房の前で立ち止まり中を覗くと、ノミを持った一人の男性の姿が見えました。話しかけて中に入ると、そこには教会で見るような聖像が台の上に横たわっています。彼は荒削りが終わった像と向き合うように作業台の横に立ち、ノミで胴体部分を削っているところでした。後ろの窓から入った光が彼らを照らし、柔らかな陰影のついた姿が浮かび上がります。その様子を静かに見つめながらシャッターを何枚か切らせてもらい、お礼を言って僕は工房をあとにしました。
さらに坂をのぼったところに、またひとつ工房がありました。一度通り過ぎたのですが、気になって後戻りをして訪ねてみると、中では無造作に山になった資材と職人の姿が目に映りました。
「日本から来たのか? ちょっと、見ていかないか」と言う彼。
横には仕事仲間の男性がいて、談笑をしながら作業台の上の木材に装飾模様を刻んでいきます。僕が木工が好きな事を伝えると、彼は少し笑みを浮かべながらコンコンっとノミを叩きました。
……少し、長く滞在しました。帰り際に彼は「こいつはお前へのプレゼントだ」と、二枚貝のような形の丸い小箱を僕の目の前に差し出しました。
彼の手から僕に渡った箱の裏には、さっとノミの先で削ってくれた、この町の名前が刻んであります。